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こだわり人NEW[2018.09.14]

"モノづくりスミダ"の象徴。世界でただ一社、如雨露へのこだわり / 根岸産業(東京・墨田区)

日本人はどこに行くのだろうか。歴史・文化を永らえていく伝統の技術と時代の先を夢見る最先端の技術。この国はこれからも両技術のあくなきこだわりを抱きながら進化、発展していくのだろう。これまでクローズアップしてきたこの項『こだわり人』がそのことを如実に物語っている。勢い、海外の人々が日本の産業、芸術、文化、スポーツ、生活スタイル...等等に熱い視線を注がれるのはわかる気がする。ここにきて町を歩けば、この国を訪ねる外国の方々が本当に増え続けている。

ところでここに来て、日本の『盆栽文化』に新たな視点、新たな存在感をみせていることをご存知だろうか。日本の伝統的なこだわり文化の一つとして、その存在、その行為、その精神に長い歴史を刻んできたが、地球温暖化、地球環境といった問題から盆栽の役割に目が離せないというのだ。すでに「BONSAI」という言葉が国際用語になっているということで納得できるが、自然の風景を模して造形化する盆栽文化が“人間の国、日本”のたくましき息づかいの象徴になっているのだ。昨今の異常気象などによって少し浮足立った世界が、日本の盆栽に未来を託すなんて痛快ではないか。

今回のこだわり人はそんな盆栽に着目し、盆栽の生命元の一つと言われる如雨露にこだわる、根岸産業という企業にスポットライトを当てさせていただいた。創業したのは1944年、今やわが国に唯一残る如雨露の専門会社として著名である。場所は東京都の墨田区。世にいう“モノづくりスミダ”と呼ばれる町工場の象徴として、その独自の技術を世界に向かって発信しているなんて、まさに痛快、痛快である。

こだわり人 ファイル073

“モノづくりスミダ”の象徴。世界でただ一社、如雨露 (じょうろ) へのこだわり

根岸産業(東京・墨田区)

●燃え滾る1300度の熱と、人との戦い

“ものづくりスミダ”の名にふさわしく、いつ行っても街を巡り散策したくなる墨田区だ。あの東京スカイツリーができてから、その想いは一段と高まって、にぎわう浅草から乗った東武スカイツリーラインが“さあ、今日の宝探しは何ですか?”と心を揺るがしてくる。

2つ目の駅、東向島駅を降りると何か人懐かしい風情のある街だ。駅員さんに聞けば、「このあたりも都会の洗礼を受けて、昔の面影は少なくなりましたよ」と言われたが、目に見え、耳に入ってくる音は何か懐かしく、心惹かれるものがある。あの町工場の街と言われる大田区とはまた一味違った風情があって、作業現場で働く職人さんたちの一挙手一投足が目に浮かんでくるのである。

すると、この町の守り神のようなお寺があって、あの整備された庭の盆栽はこれから訪ねる根岸産業の如雨露を使っておられるのだろうと、勝手なイメージをだいて行くと、ちょっと入り組んだ路地も快適で足が弾む。このような心が弾む昔懐かしい路地を数多く見て、散策してきたが、やっぱり心惹かれるものがある。後で聞いてわかったのだが、住まいと作業場が棟続きになった佇まいなどはこの界隈の特徴で、長い歴史を今に伝えている。

路地に面し開いたシャッターから一歩中に入ると、まさにこれが私たちの日常ですということだろう。飾り気なくありのまま。素朴な雰囲気がいい感じだ。何か懐かしい雰囲気に目を光らせていると、目に飛び込んできたのは部屋の中央に置かれたコンロの中で真っ赤に燃え滾るコークスである。聞けばその熱、1300度という。コテから離れたハンダはすぐに固まってしまうためコークスのこの熱が絶対必要だという。外は今年一番の暑さというではないか。冷房などもなく、ただただ火と向かい合って、黙々と如雨露のハンダ付けをする3代目の社長、洋一さんと母親の絹江さんだ。工場はそんなに明るくないので、燃え上がるコークスの明るさだけが妙に目に入ってくる。二人は正座して黙々と如雨露に向かい合って手を動かしているのだから、もうこれだけで、根岸産業のあくなきこだわりが見て取れるというものだ。別段気取ったこともなく、あの姿が毎日なのだろう。

2代目の父親の陽篠さんがおられた頃の写真も見せていただいたが、昔も今もこの作業スタイルは変わらないという。すると、何かお2人に後光のようなものを感じるではないか。まさに如雨露にかけたこの家族に拍手を送っていたね。外は相変わらずの今年1番熱いと言われる猛暑だ。エアコンなどもなく、ただひたすら如雨露と向かい合った溶接作業だから、もうこだわり以外にないということだ...。

●国内外から認められた下町工場のこだわりの技術

ある面では、お2人の姿にはほのぼのとしたものがある。誠実で実直なこだわりがこの家族の持ち味ということだろう。そこで3代目に、創業から今日に至る道のりをうかがってみた。手を休めてもらうのは悪いと思ったが。

「祖父は神社仏閣の屋根の職人として、トタンで園芸金物を作る会社として1944年にこの地で創業しました。その後、1966年に私の父が2代目になって素材の違う銅、真鍮、ステンレスの如雨露を提案しました。2006年には天皇陛下に製作を依頼されるなどして、『第2回伝統的工芸品チャレンジ大賞』を受賞しました。そして2008年には『墨田区伝統的手工業技術』保持者として、また、2010年には『すみだブランド“すみだモダン”』に認証されるようになりました。

 父が亡くなった後は、システムエンジニアとの兼業を辞めて、専業として事業を引き受け継ぎました。これまでの古い体質から脱却し、国内外の様々な方法で如雨露の魅力をPRし、2016年にはドイツ・フランクフルトで行われた展示会『アンビエンテ2016』で銅製の如雨露がトレンド2016に選出され、『金点設計奨“ゴールデン・ピン・デザインアワード”』でも認証されました。

 デジタルの世界からアナログの世界へ。ある面では私の人生の大転換でしたが、子供の頃から父の仕事を手伝っていましたので、抵抗はなく転換できました。父から学んだそれまでの伝統的な技術とITの技術を活かし、如雨露の価値観と可能性の拡大に努めています。産学官連携プロジェクトで若い大学生の声を取り入れたり、デザイナーとコラボレーションしたり、これまでの価値観を見直し、インテリア分野での如雨露の利用、拡大などに努めています。」

●地球環境に優しい盆栽事業の手足として

まさに企業に歴史あり、商品に歴史ありだ。そこで、現在作っている如雨露の種類を紹介いただいた。

「とにかく如雨露は正確に、気軽に水がやれるというのが第一です。そのため、機能、耐久性、デザイン、使い心地、価格などに満足いただけることを目的に、現在は3種類の素材の如雨露を提供させていただいています。昔ながらの銅製、ステンレス製、真鍮製の3つをラインアップしています。それぞれ一長一短がありますが、如雨露の素材や形や竿の長さ、中に入る水の量などによって自由に選べるようにしています。具体的には現物をご覧の通りで、2号、3号、4号、6号などのタイプがあります。根岸産業ではより良い如雨露を目指し、進化し続けるという先代からの教えもあり、私どものブランド名をつけておりません。」

では、このような多様なラインアップで世界中の専門の盆栽から、また、一般の盆栽愛好家から根岸産業の如雨露が支持されるのだろうか。まさに70年以上という実績と経験が集約されていることは周知の事実だが、3代目はその秘密を次のように語っておられるので、紹介していただこう。

「最も大きな特徴は竿長如雨露のイメージさせるフォルムで、軽量で初心者の方にも扱いやすく、雨つゆのような優しい水やりが特徴です。まさに如雨露は読んで字のごとく、雨のような優しい水を撒くことができます。また、その水はハス口を変えることによって水の量、範囲、圧力を簡単に調節できるのが特徴で、使うことで馴染みます。銅の如雨露は素材の特徴から使っている間に渋みや味が出てきて、その存在感が何か心をときめかせ、水やりそのものに手が自然と動いていくといわれていますからね。

 特徴としては1つ目に、銅製如雨露の胴の殺菌力により水を腐りにくくし、水に溶けだす銅イオンの効果によって盆上のコケなどの生育が良くなると言われています。2つ目の特徴は竿を長くしていることです。でそれによって水の圧力がコントロールでき、一定の安定した散水を可能にしています。3つ目の特徴は雨水をためた水がめなどから常温の水を酌む際、葉っぱやごみなど浮いていても、吸い込まないように給水口に「こし網」をつけていることです。さらに付け加えるなら、如雨露の先端に付けるハス口の付け替えが容易で、散水コントロールし、好みに応じた散水ができることです。」

まさに至れり尽くせりの如雨露だ。では、多彩な根岸産業の如雨露はどのように作られているのだろうか。

「すべて、私ども職人の手作りというのが基本です。まず、銅板を型に合わせて切断するところから始まります。プレスという作業で、主に本体の底板と天板を型抜きします。 本体は巻締で、底板と天板の折り返しを絡ませて接合させます。竿部分は筒状の接合部を互いに折り合わせた後フットプレスで成形します。最後は、ハンダ付けで仕上げていきます。これで竿と本体を溶接、最も熟練を要する作業です。」

●至れり尽くせり。盆栽の今、そして。未来を担って夢は広がる

この流れるような工程を経て世界的な根岸産業の如雨露が誕生していくことに、改めて魅せられる。一日~4個ぐらいしか作れないという姿に納得だ。すると3代目は言われるのである。

「とにかく愛着がわく商品づくりです。このような商品は大量生産していくものではありませんね。地道な日常の積み重ねがすべてですね。最近では私たちの長年の働きかけの成果が生まれ、墨田区や東京都などが積極的に支援してくれるようになりました。単に販路の拡大ということではなく、長年の技術を永らえていこうという姿勢に感激です。

 欧米などで盆栽のイメージがどんどん広がり、国際的な文化やライフスタイルになりつつあります。盆栽名人という専門家のプロユースと盆栽になじむ愛好家が増え、盆栽のすそ野が広がっていくことに力を注ぎたいですね。あの世界のホンダが先ごろ手にした社の広報誌に私どもの如雨露の魅力を“1億円の盆栽家”と言われる世界の盆栽家、小林国雄氏と共に“東京下町の小さな工場で”と紹介されていたましたが、その存在感、盆栽文化に心が弾みましたね。盆栽を通じて人と人との繋がり、次代の行く手が描かれるのかと。これからも日本の文化、発展の一助に私どもの商品ありですよ。そのためにも私たちにとって重要なことは国内外を問わず、なによりも人に愛される商品を提供していくことですよね。結局、お客様の評価がすべての商品の出発点ですね」

下町、墨田の力だろうか。この国の伝統技術へのこだわりと最先端技術へのこだわりはたくましく、揺るぐことなく、面々と息づいている。

文 : 坂口 利彦 氏

こだわり人[2018.08.01]

"用の美"、民芸家具へのあくなきこだわり / 工芸花森(東京・目黒区)

いささか旧聞になるが、昨年の秋に、“日本人が愛した英国の椅子”という『ウインザーチェア展』を見に行った。ボクのぶら~り博物館巡りの一つになっている井の頭線の駒場にある『日本民藝館』である。趣ある佇まいは相変わらずで、日本の伝統的な民芸品にいつも心がそばだてられる。かつてここは知識で見るのではなく、直感で見ることが大事だと教わったが、ウィンザーチェアなどはまさにその通りで、すべての部材に木を使い、座板に脚や背もたれが直接差し込まれた自然で素朴な加工に堪能させられた。まさにこの『日本民藝館』の設立者、柳宗悦氏、ここにありということだ。素材の魅力を活かした確かな加工技術と、伝統に根差した造形美には時間が経つのも何のそのと見とれてしまう。

ところで、今回のこだわり人は、そんな柳氏の民芸品への想いを胸に、松本民芸家具の提供にこだわる『工芸花森 目黒店』の会長、花森良郎さんである。目黒駅からインテリアショップが建ち並ぶ通称“インテリア通り”を西へ行き、山手通りと交差するところから北に向かった所に、その独特の構えの店舗が見えてくる。テレビや雑誌などで松本民芸家具に対する深い識見とその利用を通じて毎日の暮らしを快適で豊かに過ごしてほしいという人間味のある想いに魅せられてきたが、店舗の前に立つと、改めてその想いに身が引き締まるというものだ。

こだわり人 ファイル072

“用の美”、民芸家具へのあくなきこだわり

工芸花森(東京・目黒区)

●民芸の生みの親、柳宗悦の志に魅せられて

民芸の生みの親、柳宗悦という名を知ったのは高校の時だった。工芸家や芸術家などの名のある専門家が作ったものではなく、民衆によって作られた機能的で日常的な美しさにこそ本物の美『用の美』があることを説かれたのだ。だからだろうか、民芸喫茶とか民芸家具、民芸玩具、民芸衣装、民芸品、民芸雑誌といった“民芸”という言葉を見聞きすると、一般の庶民でも肩ひじ張らずとも身近に接することができる、手に入れることができるということで、妙に親しみを感じたものである。

柳氏は、まさにその先頭に立って民芸運動の発展と普及に尽力を注ぎ、浜田庄司氏、河井寛次郎氏、さらにはバーナード・リーチ氏らとともに一大文化啓蒙運動の支柱として、その理念を不動のものにされたのである。その後、民芸調とか民芸趣味といったブームの盛り上がりや低迷などの紆余曲折があったが、終始一貫、民芸運動にこだわって、あの『日本民藝館』(1936年開設)を残されたのだからその功績は推して知るべしだろう。生粋の民芸こだわり人だ。

その民芸運動に共鳴された花森さんは、静岡県静岡市の、小大工と呼ばれた家具づくりの店に生まれたので、『松本民芸家具』に当然のごとく魅せられた。地元の木材を使って地元の職人が腕を振るって作る独創的な家具に心奪われ、伝統的で土地の香りのする松本民芸家具の保存、継続、普及等に猛進してこられたのだ。御年、74才。その情熱は今なお衰えることなく、元気に店に立って松本民芸家具の魅力を熱く説かれている。

その説得力あるこだわりをお店に来られたお客様とのやり取りで垣間見たが、さすがに長年の経験から生まれた松本民芸家具の魅力を語る物腰はどこまでも優しく、時間をかけてじっくりということであれば、時を重ねるほどに価値を増す松本民芸家具同様の趣があるではないか。「とにかくこの椅子の良さは自分で座っていただいたところ、身体で感じるところから始まるんですよ」と進めておられたが、背中が自然とまっすぐ伸びる座り心地から始まる松本民芸家具の魅力にただただ引き込まれて行くばかり。お客様の心の襞もどんどん緩んでいっているのである。

●魅力は、土地が生んだ本物の家具に対するこだわり

まさに商品を知り尽くした本物の売り職人さんという感じだ。ともすれば、派手な広告で人を集め、商品のデザインや機能ばかりに“ああだ、こうだ”と御託を並べる家具専門店が多いが、花森さんは違う。そこで伺ってみた。松本民芸家具のいったいどこに魅せられるのですか、と。

「現在、花森の店舗はここ東京・目黒店と、他に静岡の沼津店、静岡店、両替町店、浜松店を設けて、私自ら先頭に立って御客様と接していますが、“松本の職人さんが作る民芸家具には間違いない、本物だ”という信念が私をして“松本民芸家具へ、松本民芸家具へ”と引っ張るんですよ。具体的に言えば家具の街という伝統と材料になる木に恵まれている土地柄と、その上に立って本物の職人さんが鍛え抜かれた本物の腕を振るっているということですよ」

なるほど。伝統ある土地とそこで育った地元の木。その上に立って腕を振る職人さんの家具に対するこだわり。すると、花森さんは言葉を添えてこうだ。

「“家具の街”と言われる松本という土地は城下町として発展してきた匠の街です。木材が豊富で良質な上に、この地方は空気が乾燥し風通しがいいので、木材の乾燥に適しているんです。勢い、家具づくりに最適な土地ということですよ。歴史的に見ても、恵まれた自然環境の中から生まれた家具は安土桃山時代から作られてきていますから、伝統的な家具として存在感もあり、昭和51年には家具業界で初めて通産大臣から伝統的工芸品と認定されています。

一方、松本民芸家具に使われる材料の木について言えば、木は地元のミズメサクラです。固く粘り強いので、家具の材料としては大変適しています。しかし、その木質ゆえ、加工には機械を寄せ付けず、職人の手によって加工するしかなかったんです。ですから、あの温もりのある手触り感は欠点から生まれたありがたい恵みということです。手作りで仕上げているんですからね。

美しく堅牢。松本民芸家具が生涯の友とか一生モノと言われるのは、まさにここにありということなんですよ」

●時代を越えて受け継がれる民芸の理念
店内内装

松本民芸家具に対する深い愛情が花森さんの言葉の節々に溢れている。感激だ。そこで、お店の理念ということで、花森さんは民芸運動にかかわられた池田三四郎氏の言葉を引用されているのでその大要を紹介させていただこう。

近頃、多様化などという薄っぺらな、見かけだけの、ちょっとした思い付きで、役に立たず、いずれは使い捨てになるような品物が氾濫しているうえ、見識上考えなければならないような、国を代表する大企業までが同調している始末を、嘆かないわけにはゆかない。多様化、などという体裁のよい言葉でいったところで、そのような無責任な商品の濫造は、流行に流れやすい一般消費者に無駄を強いるだけである。しかし考えてみれば、このような混乱が永久に続くはずもなく、また無駄を続けられる時代がこのままであるわけにはいかなくなるようにも考えられる。いつかはまともな人たちによってまともなことが復活してきて、自然に収束されるのが歴史の推移というものであろう。あらゆる地道なものが見直される時代が来るということである。

少し長文だが、池田三四郎氏の著『原点民藝』に記された前書きである。花森さんはこの文章に工芸花森の理念が込められていると言われ、その後に次のように綴られている。

重厚であること。本質に根ざすこと。有益であること。愛用に耐える堅牢性など。使ってこそ輝く『用の美』の追求、歳月と共に深まる本物の味わい。材料となる木材資源を有効に活かし、長く使ってゴミ化しないという、今最も新しいエコロジーの思想にも通じています。これは庶民の生活にある実用性を尊び、素朴な美しさを愛する日本民芸運動の一つの確かな実践です。ヨーロッパの優れた家具を手本としながら、松本民芸家具は輸入家具やアンティーク家具とは明らかに違います。それは日本の生活文化や食文化をしっかり見つめ、日本の気候風土や日本人の体格に合わせてつくられているからです。

これもまた『用の美』の基本と呼び掛けておられるのだ。

●多様な品数に、見えないところに込められた技と心
テーブル

改めて、花森さんの松本家具に対する熱い想いに教えられる。いや、魅せられる。商品に対する信頼があるからこそ、自信を持ってお客様に熱く語られるのだろう。では現在、どのような家具を扱っておられるのだろうか。その大要を写真で紹介させていただいておこう。あの伝統的なデザインの美しさを持つウィンザーチェアを筆頭にロッキングチェア、羽付きベンチ、食卓、食器棚、サイドボード、茶箪笥、和タンス、鏡台、書棚、袖机などなど、個性的で確かな存在感はさすがだ。

椅子

ところで、お店に並べられたこのような松本民芸家具はどんな特徴持っているのだろうか。

「やはり、きめ細かな手作りというのが一番大きな特徴です。松本民芸家具は基本的に職人たち一人ひとりが一つの品物を受け持ち、仕上げていくという責任を負っています。何人かが分業で流れ作業でということはありません。それぞれがそれぞれに異なる無垢材の癖を読み、木と語り合いながら時間と手間をかけて、手製のノミやカンナで削り、磨き、組み立てていきます。まさに品物ごとの職人による手仕事ということです。」

では、個々の職人たちはその加工工程において、どんなところにこだわっているのだろうか。

「そのこだわりをあげれば紙面は尽きませんが、基本的なところでいえば、鉋(カンナ)かけ、木組み、塗装、轆轤(ろくろ)の4つです。
まず鉋かけとは、職人たちは自分の仕事に合わせて手作りした大小何十個ものカンナを使い分けて、手のひらでその出来上がりを何度も確認しながら、椅子の座板などを仕上げています。
2つ目の木組みは丈夫で堅牢な松本民芸家具は日本古来の伝統的な技術を活かして組み立てていることです。最終的には見えなくなってしまう接合部にも徹底的にこだわっています。
3つ目は木肌に優しく浸透する塗装です。使い込めば使い込むほど、深い味わいが生まれるポイントなので徹底的にこだわっています。よくしぼったぞうきんで水抜きするだけでOK。メラミン塗装のように表面が剥離するということがないようにしています。
4つ目は轆轤。家具の強度を支え、美しいフォルムを作る袖や脚は入念な轆轤の作業から始まっているということです。また、椅子などの微妙なカーブと陰影を持つデザインは欧米の優れたアンィークチェアなどを手本にしています」

●インテリア家具で生活を豊かにエンジョイ

毎日の生活に実際に使われることを目的に製作された実用性、作る人も使う人も一般の民衆であるという民衆性、機械による大量生産品ではない手仕事性、日本の土地から生まれた地域性などなど、松本民芸家具の魅力は尽きない。だが今日では、昔ながらの材料の入手困難や職人不足などによって伝統な手法を継続することは難しくなってきているが、松本民芸家具ならでは独自性、特異性は維持、発展していくということだろう。

その時、僕は思ったものである。例えば、松本民芸家具の魅力の一つである木組みの美しは、その木組みと一体化された鑄物の帯金具や鋲などの機能性や伝統的な美粧性、さらには耐久性であると。そのため、多様な家具金物を提供するスガツネ工業もまた、そのようなニーズに応えていかなければならないのだ。ある面では松本民芸家具は、木材芸術と金属芸術のコラボした最高の職人技の象徴なのだ。

やっぱり工芸花森には独特の空気感があった。あの『日本民芸館』とはまた一味も二味も違う光景を見せてくれた。時間的な歴史の流れを学ぶ博物館も味わいがあるが、いまこうして店に並べられ、これらに触れながら購入しいくお客様の姿を見るのもよいということである。

そこで、もう一つ欲張って、せっかくの機会だ。インテリアショップが居並ぶ“インテリア通り”を散策した。店内の雰囲気は工芸花森と随分違うが、やっぱりいいものだ。ここにきて目黒は駅前開発も進み、自然とビジネスと住まいと文化のバランスもよく、住みたい街ランキングのベスト10に連ねているが、インテリア通りの賑わいは何かわかるような気がした。

おしゃれでファッション性の高い店あり、民芸花森のようなクラシックの店あり、お客さんの家具選択の楽しさを一段とかきあげているのだ。すると、花森さんも言われていた。「選ぶのはご本人だ。ただ、本物を選んで毎日の生活を楽しんでいただきたい」と。

文 : 坂口 利彦 氏

こだわり人[2018.07.04]

それぞれの製品に、それぞれのドラマあり / スイッチ・コンセントプレートPXP型

5月病といういやな言葉がある。僕自身、どうもなじめない言葉だが、今年もまた、若い新入社員や学生たちが明るく元気に街を飛び回っている。この国のこれから先は彼らの手にゆだねられているのだと思うと“たくましく育ってよ”と声をかけたくなる。

先頃も、わがショールームで目にしたのだが、若い男女のグループが「勉強のために企業のショールームやPR施設を見学しています。それぞれの企業の技術には改めて教えられることばかりです。日常的な身近な製品もあれば,陰に隠れてなかなか目に触れない製品もあります。だが、どちらの製品もその製品が生まれた舞台裏や技術者の思い入れを目にすると、感激することばかりです。ぼくたちもその流れに乗って、しっかりやろうと思いますよ」なんて言うものだから、こちらもその言葉に感激だ。そして、スマホで写真に収めたり、カタログをカバンに入れたり。「こんな製品を見るのは初めてだ。住宅や店舗などのこだわり製品として“いいね!”ですね。個性的でスタリッシュで確かな仕上がりに惚れ惚れしますよ」だ。

嬉しいね。若い人たちのこんな声に大感激だ。思わず聞いたね。「君たちは建築系?インテリア系?」なんてね。次代を背負った若い人たちが、先輩たちが作った製品に目を光らせてくれるのは本当に頼もしいことではないか。

ということで、今回は2020年のオリンピックなどを間近に控え、街の公共施設や商業施設、さらには住宅の新設、改装が進む中、私たちスガツネ工業のこだわりのブランド品『スイッチ・コンセントプレート、照明プレート』にスポットライトを当てさせていただいた。すでにWEBサイトでも『スイッチ・コンセントプレート王国』として紹介させていただいているが、その多様なラインアップの中のスタイリッシュな存在感に注目が集まっている。

こだわり人 ファイル071

それぞれの製品に、それぞれのドラマあり

スイッチ・コンセントプレートPXP型

●製品一点一点に込めた存在感

建築金物、家具金物でおなじみのスガツネ工業がスイッチ・コンセントプレートといった世界に着目。すでに、その独創的なこだわり品が毎日の生活を豊かに、華やかにしていることをご存知だろうか。製品デザイン、素材、機能、加工、品揃え...すべてにこだわった本物の持ち味が多様な住環境、商環境にフレッシュな風を吹き込んでいる。その存在感は、とにもかくにも全国にあるスガツネ工業のショールームや各地で行われる展示会、さらには販売店や工事会社などで現物をご覧いただくのが早いのだが、ここではこれらの製品に対するスガツネ工業のこだわりを紹介させていただこう。

現在、これらの製品に対するブランド名を『スイッチ・コンセントプレートPXP型』と名付けている。最初のPは高品質を意味するPremium(プレミアム)であり、後のPは満足感を表すPleasure(プレジャー)。そして二つを掛け合わせてPXPとしたのである。そこにあるのは、ともすれば淡白で何気なく選んでいるスイッチやコンセントプレートを室内におけるカーテンや壁紙などのデザインを選ぶように空間に合わせて選んでほしい、またそのような細やかな美意識を持って毎日の生活をエンジョイしてほしいという想いである。例えば、ホテルに宿泊する人は日常生活や仕事の疲れを癒して身も心もリフレッシュしたいということがあるだろう。その時、手にしたスイッチや目に入ったコンセントプレートにこれまでにない手触り感や空気感を感じてほしい。スガツネ工業流にいえば、そこに日常の中の非日常という付加価値を感受してほしいということである。

付加価値の感受。そのための徹底したこだわりが、スガツネ工業のスイッチやコンセントプレートの大きな特徴である。先の若い人たちもその多彩な特徴に魅せられたことを口々にしていたが、私どもの想いもそこに出発点を置いている。

  1. どんなスタイルの空間にもマッチできる豊富な品揃え。
  2. 伝統的な文様から現代的な絵柄まで魅せる製品デザイン。
  3. 選び抜かれた高品質の素材の選択と活用。
  4. 見て、触れて。納得のできる本物の仕上げ。
  5. 取り付け容易で、安心・安全利用。

まさに至れり尽くせりの製品へのこだわりだ。いや愛情だ。おそらくあの若い人たちは私どもの熱い想いを身近に受け止めてくれたのだと思うと嬉しくなるではないか。この種の製品に対するお客様のこだわりを思うと、私どももまたこだわりのある逸品を提供しなければだ。

●多彩な製品に込められた豊かな香り

では、そのような美意識から生まれた製品にどのようなものがあるのだろうか、現在、『スイッチ・コンセントプレートPXP型』にはスイッチ・コンセントプレートとドグル・パネルスイッチと照明プレートの3つのタイプを取り揃えているが、多様なお客様のニーズに応えるために、この分野の世界的ブランドメーカーであるスペインの『FEDE(フェデ)社』からは日本の仕様に生産委託されたシリーズとスガツネ工業のフラッグシップブランドの『Zwei L(ツヴァイル)シリーズ』、そしてスガツネ工業のメドインジャパンブランド『LAMPシリーズ』といった製品を取り揃えている。

FEDE社製は真鍮鋳物の重厚感にヨーロッパの優美なスタイリッシュなデザインが特徴で、手仕事の丹念な仕上げが好評である。唐草模様のレリーフが人気の『サン セバスチャンシリーズ』や製品の側面にもレリーフを施したきめ細かな仕上がりの『フィレンツェシリーズ』などがある。

Zwei Lシリーズ

2つ目のZwei Lシリーズはステンレス鋼の中でも特に優れた耐久性を誇るSUS316を使用し、澄んだ輝きの鏡面加工とシルクのようなヘアライン仕上げが特徴。ステンレス鋼の美しさを徹底追求している。これには同シリーズのドアハンドルなどと一体化して空間を構成していただきたい。空間全体に統一感のある美と趣が生まれ、豊かな気分に誘われるということだ。

ところで、3つ目のメドインジャパンとして親しまれるハイエンドでバラエテイにとんだスガツネのブランド品「LAMP」印だが、この種の製品に対するお客様のこだわりに私どももまた誠心誠意応えようとするものである。勢い、その品数は他メ-カーに見られないラインアップを誇っているが、それぞれの製品にはスガツネ工業独自のこだわりということで独特の風合いを持っている。その魅力のあれやこれやは展示会やショール―ムなどで見ていただくのが最も近道だが、ここでは特にお客様が興味、関心を示される3つのシリーズについてその大要を紹介させていただこう。

●見て、触れて、納得の製品へのこだわり
セセッションシリーズ

まずはアール・ヌーヴォの世界感をデザインモチーフにした『セセッションシリーズ』である。ご存知のようにアール・ヌーヴォは19世紀末から20世紀の初めに起こった新しい芸術と呼ばれた芸術様式である。花や植物などをモチーフにしたエレガントで装飾的なデザインが特徴で、その影響を受けた芸術家集団、セセッションの代表的な画家のグスタフ・クリムトの世界観をスイッチ・コンセントプレ-トに封じ込めている。その人気の秘密はクリムトの退廃感であり、心に響く独特の時代感がある。スガツネ工業はクリムトの世界観を最大限引き出すために徹底的に下地にもこだわった。金属にペイントを施す際に下地に白色を入れるときれいな発色になるため、通常は必ず白の下塗りを入れる。しかし本製品は、独特の退廃感を演出するために何種類もの白色の下地を用意しそこにペイントを行い、その中で最も世界観を表現できる色合いの白色を選定した。さらに、枠部分の金色は輝きを抑え深みのある金色に仕上げることで、クリムトの退廃感を引き立たせる演出をした。ワイド78㎜、高さ128㎜、手のひらよりも小さなサイズの中にある詩心。私どものこだわりの逸品である。

エイジドキャストシリーズ

2つ目は、『エイジドキャストシリーズ』と名付けた錆肌独特の荒い質感にこだわった製品である。本当に細かいところだが、プレートの表面に見える鋳肌の気泡は、わざと金型に凹凸を持たせ、荒い質感を再現している。また特殊な処理を施すことで、一つとして同じもののない真鍮の結晶を表面に写しだしたものもある。時を重ねた深みのある肌合いを製品コンセプトにして、侘、寂といった日本的な空気感をそのままストレートに伝わる体裁、仕様、機能が大きな特徴になっている。色を抑えた穏やかな風合いも落ち着いていて、まさに風月に耐えてきた重厚感が滲み出ているのだ。

3つ目は一転して、焼物の清潔感を形にした華やかな『ポタリーポーリッシュシリーズ』である。人気のポーランド食器を彩る伝統美、中欧に咲く花々をモチ―フにどこか懐かしいメルヘンチックな世界を美濃焼で再現している。表面的な絵柄はアーティスティックにするだけではなく、焼物の特性を活かすために取り付けの際のネジなどにも工夫を施して微に入り、細に入りこだわっている。焼物の特長である“焼くと縮む”性質は、正確な取付ピッチを求められるスイッチプレートでは再現が難しく、何度も試行錯誤を繰り返し正確なピッチを出すことに成功した。また、デコラティブな模様がネジに邪魔されないよう、ネジを取付ける部分を考慮した柄の配置、ネジの頭を白く塗装するなど、細心の配慮がなされている。

ポタリーポーリッシュシリーズ

「LAMP」印はさらに多彩で、しなやかで美しい光を離す金沢箔の『箔シリーズ』、蒔絵の壮麗な趣を持った『UV漆シリーズ』等がラインアップされているが品数にして250種類以上を取り揃えているから、選ぶ楽しさも満喫できるではないか。もちろん、今後も品数は増えていくが、多様なお客様のニーズに応えたユーザーオリエンテッドなこだわりは尽きない思いである。

●人気の展示会に、WEBサイト『スイッチ・コンセントプレート王国』

それにしても多彩なこだわりが集結されているということである。ショールームなどで、それらを身近に見ると圧巻で納得。取り付けイメージなどがどんどん広がっていくだろう。そこには、あくまでも多様なお客様のニーズにお応えしようという私どもスガツネ工業のお客様第一主義の、繰り返すがPremiumとPleasureがあるのだ。たかがスイッチ・コンセントプレートということなかれ、されどスイッチ・コンセントプレートだ。毎日の生活の中の美意識がこんな身近なところから育っていくというのは現代人にとって、ある意味では痛快ではないか。

繰り返すが、多様なスイッチ・コンセントプレートPXP型の質感、手触り感はやはり現物を目の前にされるのが一番だろう。それには、ショールームや展示会などに今すぐ立ち寄ってみることをお勧めしたい。

ちなみに、この5月末にはスガツネ工業のプライベートショーとして開催した『スガツネ博 2018 in 大阪』で多様なラインアップをご覧いただいたが、来る10月には東京は新宿で、また11月には名古屋で開催するので、是非、足を運んでいただきたいものだ。

スガツネ博 2018 in 東京
会期
2018年10月24日(水)~26日(金) 10:00 ~ 19:00
会場
ベルサール新宿グランド
スガツネ博 2018 in 名古屋
会期
2018年11月8日(木)~10日8(土) 10:00 ~ 19:00
会場
吹上ホール第1ファッション展示会場
スイッチ・コンセントプレート王国 着せ替えシミュレーション

さらに付け加えるなら、WEBサイトで『スイッチ・コンセントプレート王国』もご覧ください。素材や色を選ぶだけで、ご希望の製品を選ぶことができる検索機能が充実しているし、壁紙とプレートなどの着せ替えシミュレーション、さらには提案時の製品の画像のダウンロードなどをも容易だから、即戦略としてご利用できます。


それからあの若い新入社員の後日談だ。彼らは先輩を連れてショールームに再来場だ。そして、先輩にスイッチやコンセントプレートの魅力をひと講釈やっていた。うれしかったね。「今度のショッピングモールは、これらのスイッチで華やかに印象付けましょうよ」なんて。時代はいつも若い人から動いていくのだ。本物だけが持つ価値観を追いかけているのだ。夢が広がっていくばかりだ。

文 : 坂口 利彦 氏

こだわり人[2018.05.24]

三味線に対する父と息子のこだわり / 亀屋邦楽器(東京都・世田谷区)

おかげさまで、この「こだわり人」も70回を迎えさせていただいた。わが街、わが国のものづくりへのこだわりにはいつも魅せられることばかりだ。伝統的なものづくりから、ITなどの新しさへの夢追いかけ。両者のこだわりがこの国の歴史のエンジンだ。相も変わらぬ“モノづくり日本に学ぼう”という世界各国からの来訪日本は言わずもがなで、2020年の東京オリンピックを前に、その勢いはさらに弾みがつくという。まさに日本の底力は意気揚々ということなのだろう。

だがその一方で嘆かれているのは、伝統的な技術や文化に対する足かせである。ある面では歴史の必然であるが、人々のライフスタイルの変化、技術や技法の後継者不足、生産基盤の劣化、材料の不足などが揶揄されているが、このまま行けば“今は昔”ということで完全に干上がってしまうという懸念だ。

そんな折に世田谷区の方が、ちょっと気になるメール便を送ってくださった。読むと、日本の和の文化の一つ象徴である邦楽器の三味線の世界で、親子でこだわっている方が世田谷の豪徳寺におられるよというのである。そういえば、この親子のことは世田谷区の発する小冊子「ものつくるひと」で読んだことがある。前回の代田橋製作所からも近く、住宅地のイメージが強い世田谷で古式豊かな三味線づくりを事業の基軸しているとは面白い。しかもそれを親子で、“三味線の火は消さないで”というから、わが好奇心はいやがうえにもときめきはずむというものだ。

ということで、今回のこだわり人は小田急線の駅名にもなっている『豪徳寺』のそばで事業を展開する有限会社『亀屋邦楽器』の父・芝崎勇二(初代)、息子・勇生(2代目)に着目させていただいた。

こだわり人 ファイル070

三味線に対する父と息子のこだわり

亀屋邦楽器(東京都・世田谷区)

●名門『豪徳寺』のそばで三味線の音色

都心に勤める人やお住いの方やちょっと自分帰りしたい方にお勧めしたいのが『豪徳寺』だ。あの浅草などの賑わいはないが、寺の大屋根と木々の葉っぱの間をゆっくりと流れ動いていく雲や光の強弱を見ていると、ついつい自分帰りなどしてしまう。喧騒とした都会の音が消え、葉っぱの光と影だけが何かもの言いたげで、明るい明日を語りかけてくるのだ。思わず、そこにこれから訪ねる三味線の音色なんて飛び込んでくると、また絵になるだろうと思ってしまうのだ。

三味線の店など、このような機会でもないと中に入ることはないだろうと思うと、早くも入り口を開ける手に力が入り、迎えてくださった父と子の笑顔に微笑み返しだ。お二人に加え、私を包み込むように飾られた大小さまざまな三味線や歴代都知事の名の入った賞状も印象的で、お二人のモノづくりへの熱い想いがなぜか伝わってくる。


すると、開口一番、初代の弾む挨拶だ。

「とにもかくにも、挨拶代わりに三味線のことについて前知識として頭に入れてください。諸説ありますが三味線は中国の『三弦』という楽器を起源とし、室町時代の末期に琉球を経て、大阪・堺から全国に広がっていきました。基本的には四角上の扁平な木製の胴の両面に猫や犬の皮を張り、胴を貫通して伸びる棹に張られた弦を、イチョウ型のバチで弾き演奏する撥弦楽器です。
江戸時代に入ると、琵琶法師などによって三味線は歌いもの文化、語り物文化として親しまれ近世の邦楽をリードする邦楽器として定着していきました。しかし、明治、大正、昭和、平成という時代の流れは容赦なく、三味線などの邦楽器の需要に陰りをもたらしてきたのです。邦楽ブームとか民謡ブームといった一時的に伸長する時代もありましたが、ブレーキはかからず、深刻化していくばかりの今日です。
だが、日本人の生活になじんだ音楽は決して消えるものではありません。伝統的な文化や趣向を愛する気持は途絶えることなく永遠です。そのためにも私たちの役割は極めて大きいと思っています」

●時代を越えて、江戸伝統工芸士の血筋を

初代の三味線への想いに改めて教えられる。確かに大きな狭路にある。応援しなければとわがことのように思える。すると、2代目はこうだ。

「三味線を取り巻く環境はまさに初代が言う通りなのです。ですから、学校を卒業して初代の言う音の世界を子供の頃から身近に見てきたので、この音色をこの国から奪い去ってはダメだ、消してはならないということですよ。親元を離れて10年間、他人の店で三味線修行をし、40才の時に父の店を引き継ぎました。父は三味線一筋65年、東京都が認定する東京三味線の伝統工芸士の大ベテランですが、父の血筋を受け継いだ私も微力ながら三味線のためにという想いは尽きることがないということです」

何かわかるような気がする。2代目ならではの三味線への深い愛情が言葉にも、表情にもはっきりと表れている。ともすれば、父親の仕事などから遠ざかりたいという時代の風潮だ。だが2代目にとっては、格別なものがあるのだろう。そこで伺ってみた。三味線のどこにそんなに魅せられるんですかと。
すると、2代目は飾られたガラスケースからいくつかの三味線を取り出し、こうだ。

「基本的に三味線は100を越える工程を経て作られますが、その名の通り基本的には三味線は3つの部分から構成されています。『天神』、『棹』、『胴』の3つのパーツです。さらに『棹』は“三つ折れ”と言って、「上棹」、「中棹」、「下棹」の3つに分割して作るのが一般的です。持ち運びの便利さや棹に狂いを生じさせないようにするためです。
三味線づくりは、最初に『棹』の部分を作るところからがスタートです。材料は三味線などに適した紅木、紫檀、花林などを使います。それを鋸で「上棹」、「中棹」、「下棹」と3切断し、丁斧(ちょうな)で荒けずりをし、鉋で削ります。その後、繋ぎ手を作って棹を一本につなぎ合わせ磨き、椿油で艶出しをします。まさに細かい神経の連続ですが、次に行うのは『胴』づくりです。材料には花林を使い、4枚の板を合わせ外側を削って磨きをかけます。高級品は内側に綾杉彫りという特殊な刻を入れ、音響効果を高めます。最後にニカワで4枚を張り合わせ『胴』を完成させます」

●三味線の音の命は皮張り

「『胴』が出来上がると、三味線の生命ともいわれる『胴』への皮張りです。皮はよく言われていますが猫の皮が一番です。三味線が良い音を出すためには胴の範囲内で厚みのあるものを選ぶことが大切ですし、皮張りによって音色の80%は決まるので全身全霊、魂を込めて打ち込みます、まさに私ども職人の腕の見せ所です」

音色にはこれが正解というものがないそうだ。弾き手の技量はもとよりその人の体格や性格などによっても音色は変わる。もちろん皮の微妙な厚さや材質でも音は異なる。それをいい音に導くには長年の経験と勘、鍛えられた耳しかない。指で皮を張り上げながら納得できる音色を探していくしかないそうだ。確かに根気のいる作業だ、一枚の皮でも熱いところと薄いところがあったり、皮に小さな傷跡があったりすることもあるので、その張り方は尋常ではないはずだ。

この張り方は三味線ならではの独特の世界なので簡単に紹介してもらった。まず、皮を湿った布に包んで柔らかくし、胴に合わせて切る。これに『木栓』という洗濯ばさみのようなものをつけ、新米の粉で練ったノリでつなぎ、張り縄をかけて皮を引っ張り、皮の張り具合を確認して完成させる。この皮の張り具合が三味線の生命であり、ここのこだわりこそ、他に類を見ないそうだ。

そして最後に、出来上がった『胴』と先ほどの『棹』をつなぎ合わせた『天神』といわれる部分の『サワリ』の作業に入るのだ。『サワリ付け』というのも三味線ならではの工程なので、紹介していただきましょう。

「3本の糸と「さわり」という仕組みでできています。棹の上部にさわりの山とさわりの谷という凸凹の部分があり、一の糸、二の糸、三の糸という3本の糸のうち、二の糸と三の糸は上駒に載せますが、一の糸は上駒に載せず棹に直接触れるようにします。これによって、一の糸を弾くとひくとさわりの山に触れて振動し、余韻のある音が出ます。そしてその振動音は二の糸、三の糸に伝わって共鳴し、三味線独特の深みのある音色を奏でていくのです」

●あの音色で楽しさも、悲しさも、いいねぇ

三味線の出来上がるまでを紹介していただくと、改めて三味線の奥深さに感心した。たった3本の糸で季節の移り変わりや人の喜怒哀楽を自在に表現するなんて、なんと凄い楽器だ。現在、三味線のあれやこれやをつくる作業は基本的に分業化されているそうだが、亀屋では親子に加え、2人の職人さんがトータルコーディネーターとして、一手にやっておられるそうだ。

聞けば、三味線は時代から取り残されつつあるといわれるが、とんでもない。この店における三味線の存在感はさすがだ。こうして親子と向かい合っているところに、それらしい粋な姉さんが三味線片手に、「来月のゴールデンウイークに舞台がありますので、見てください」だ。

芝崎親子の元へは、プロから愛好家、学生、遠く外国からも来られるそうだ。とにかく来られる方皆々受け入れて、三味線の根を絶やさず、この『豪徳寺』から世界に三味線文化を永らえていくそうだ。うれしいね、この親子。帰りに豪徳寺の名物、いや招き猫の発祥地になっている『豪徳寺』の境内に再び足を運び、可愛い招き猫に手を合わさせていただいて、“頼みますよ、亀屋さんの後に私たちも続きますからね”だ。

そういえば先に読んだ女性エッセイストの群ようこさんの『三味線ざんまい』というユーモア小説が何度も何度も頭に戻ってきたので、“ぼくも三味線ざんまいになろうかね”なんて思ったね。

楽しさも、悲しさも、熟練によって生まれた音が演奏者を介して聞き手の心に響いてくるなんて、三味線文化はいいねぇ。

文 : 坂口 利彦 氏

こだわり人[2018.04.10]

ディスプレイ装飾へのあくなきこだわり / 代田橋製作所(東京都・世田谷区)

東京に住んで約半世紀。やはり、東京の行く末はどうなるのだろうか、は非常に気になるところだ。行政は、経済は、環境は、教育は、老後は...。人生100年時代なんて言葉を聞くと、その想いは一層募る。幸いなことに、東京都の発信する広報業務などに携わることがあるものだから、この問題に対する関心は尽きることなく、東京の未来に夢ばかり描いてしまう。

そんな中で、大切しているのが東京都の産業労働局がWEBなどで発信されている『輝く技術、光る企業』だ。別名,“中小企業しごと魅力発信プロジェクト_東京カイシャハッケン伝”と記されているが、この東京から世界に広がっていくTOKYOファーストの底力にワクワクするばかりだ。ともすれば悲観的な情報が飛びかう現代社会にあって、“とんでもない、巷の企業では元気一杯、成長因子に満ち溢れている”と声高に叫びたくなるのだ。

今回、この『こだわり人』でクローズアップしたのは、その魅力発信プロジェクトの中で紹介されていた世田谷区の代田橋製作所という企業である。社名の名の通り京王線の代田橋駅から徒歩で5分。展示や空間構成のディスプレイ装飾物を企画・制作するところだ。広告や展示装飾に関わる我が仕事柄ディスプレイ装飾業界は身近に見てきているが、コミュニケ―ションメデイアの多様化や費用対効果などによって、競争の厳しい状況下にある業界だ。だが、代田橋製作所は創業70年の伝統と経験の上に立って、独自の事業展開をしているこだわりの企業だ。まさに輝く技術、光る企業として、ディスプレイ文化の行く手に明るい光を投げかけているのだ。

ということで、今回の『こだわり人』は代田橋製作所の代表、佐藤 りょうさんに着目させていただいた。

こだわり人 ファイル069

ディスプレイ装飾へのあくなきこだわり

代田橋製作所(東京・世田谷区)

●激戦区で勝ち残ってきた70年の重み

人の流れが絶えない新宿や渋谷から一転。物静かな住宅街の一角にある代田橋製作所。周りの雰囲気に溶け込んだ落ち着いた佇まい。都会の喧騒感はなく、これから生まれ出てくる元気なディスプレイ装飾物に大きな夢を託して静かに熟成させている雰囲気だ。近くには都会のオアシスを思わせる緑豊かな羽根木公園もあり、まさに舞台を盛り上げる脇役たちが今か今かと、その誕生を待ち焦がれているという物語の始まり感がある。

そそこに現れた佐藤さんもまた、穏やかで、この地の空気感をすっかり写し取ったようで、趣がある。好きなディスプレイ装飾の世界で明け暮れしているということだろうか、ディスプレイについては、好きこそすべてという想いが身体全体に溢れている。そばにいた若い社員たちもそんな佐藤さんに魅せられているのだろう、一人一人の動きも元気いっぱいで淀みがない。おそらくそんな行動心が競争の激しい業界の中で、また常に新しさが求められる業界の中で生き延び、創業70年を迎えたのかと、ついつい思ってしまう。

すると、佐藤さん、壁に貼った実績写真などを指し示しながら、「ディスプレイ装飾はコミュニケーション事業の舞台裏を支える私たちの誇りですね。ご存知のように現代のコミュニケーション事業には大きく分けて、新聞や雑誌などのペーパーコミュニケーションとテレビやスマホなどの映像コミュケーション、そして、展示会やショールームなどのディスプレイコミュニケーションなどがありますが、私どもはデイィスプレイコミュニケーションに軸足を置いて、クライアントニーズと来場者や見学者ニーズの融合、発展という観点から心と心の通い合う場面や時間を追い求めているということですね」だ。

「そのため重要なことは、例えば、日本の自動車産業を国内外に示す『モーターショー』などでいうと、出展クライアントが示すメッセージをエンドユーザーの立場に立って、“メッセージの形態化”をはかるということです。具体的にはそれはモノであったり、映像であったり、光や音であったりということで、人間の全感覚をそば立てる構成や仕掛けの世界です」

確かに多くのクライアントがあの手この手で趣向を凝らすのだから、佐藤さんたちの役割の大きさは想像して余りある。まさに激戦区で勝ち名乗りを受けなければならないのだ。「しかも、自ら表舞台に立ってということではではなく、舞台裏の黒子として、ですね。」

●拠り所は『知』と『技術』の一体化

では、黒子に徹するという舞台にはどんな世界があるのだろう。佐藤さんたちが手掛けるディスプレイコミュニケーションの世界を少し紹介してもらおう。

「今や、私たち人間が生きている空間はすべてディスプレイコミュニケーションの世界だと思っています。無限です。住居空間から始まってオフイス空間、文化空間、教育空間、医療空間、運動空間、公共空間、エキジビット空間、商業空間、レジャー空間、人は常に空間の中で、毎日を過ごしているのですから私たちの手掛ける舞台は無限にあるということです」

となると、佐藤さんたちに求められるのは何だろうか。いや、そのような多様な空間づくりのために心がけているこだわりは何ですか、だ。すると佐藤さん、ちょっと照れながら「そのためにはあらゆる空間を、生命感あふれた息づかいのある空間にする構成力と展開力といった『知』の集積と、それを裏付ける具体的な『技術』を持ちあわせているということですね。先頃の冬季オリンピックの開会式なども世界中の人々に感動を与えたようですが、空間構成、進行プログラム、舞台装置の仕掛け、登場人物の動き、光や音楽や映像の演出、すべて、私たちの出番とするところです。ですから社内の若いスタッフたちも、自分でもやってみたいということで、テレビにかじりついていましたね。ある面ではあの開会式は私たちの仕事の生き写しであり、象徴ですよ」

日常的な空間からワールドワイドな空間へ。まさに昔も今も、いや、未来も人間が生きている限りディスプレイコミュニケーションは不変だ。そのために、いま何ができるかということが非常に重要なことだが、その前提となるのはさまざまなモノづくりに対応できる加工技術を備えているのかということだそうだ。

「幸い、私どもはここに着目して、1社で多様な加工技術に対応できる基盤を備えているのが特長です。まさに、こだわりですね」

HPでもそのことが強調されていたが、その現場に案内するというので、これはありがたいことだ。佐藤さんと向かい合っていたミーテイングルームから1階下の制作工房に案内されると、代田橋製作所のモノづくりイメージがさらに深まった。機械器具設備工事業という資格看板のもとに佐藤さんご自慢の加工技術の全容が一望できたのだ。

「ここが、代田橋製作所の原点ともいうべき制作工房です。素材の吟味からはじまって板金加工、木工加工、アクリル化加工、旋盤加工、樹脂加工、FRP加工など多様な加工が意のままです。さらには機器制御装置の制作やそれらを動かすプログラム制作もまかせてくださいということですよ。また、近年はドローンやロボットなども積極的に使ってという時代になってきているので、それらへの対応も意欲的です。制作工房にはもうこれでいいというはないのです。前向きに、新しさにも意欲的にドンドン取り組んでいく、勉強、勉強の世界ですよ。若いスタッフたちもこの工房に入ってくるたびに、ここで培われた自分たちの技術が世界の表舞台で活躍しているなんてと思うと、いつも身が締まると言っていますよ。また、それによって自分探しができるのでありがたいですって」

●モノづくりの根幹が時代を作っていく

こんな声を聞けば、クライアントの方も代田橋製作所なら安心して任せられるということだろう。「制作工房は未来感あふれるサイエンスパークですね」なんて言うと、佐藤さん再びにっこり。ここで作られたものがどんなところで活躍しているのかを、再び写真やパソコンの映像で見せていただいたので、列記しておこう。

私もよく知る科学館をはじめ博物館、企業ショールーム、商業施設、公共施設がある。また、学校の教育施設や研究所の実験装置や模型のきめ細かさはさすがだ。さらに、ホールや劇場の大道具や小道具もあるし、先のモーターショーでいえば、新車の実物と前後左右・上下の動き、回転。さらに車窓から見える風景の映像、照明、音響などが一体となってアグレッシブで、臨場感あふれる空間を構成、演出している。まさに、メッセージをイメージに載せて形態化しているのだ。

短い時間だったが、改めてディスプレイコミュニケーションの舞台裏に魅せられた。そこにあるのは作り手の『知』と『技術』に裏付けされた夢見る力だ。佐藤さんの言葉によると、“どんな斬新なアイディアも、形にならないと絵にかいた餅ですから、どんなニーズにも対応できる知識と、それを推進する技術を持つことがすべてですね”に納得だ。そのためには時代の空気や流れに敏感で、知や技術の研鑽、更新、修得に努め、絶対に立ち止まりは許されないそうだ。

ある面ではモノづくりの根幹はここにあるのだろう。世田谷区の冊子『ものつくりひと』の中に佐藤さんのこんな言葉が載っているので引用させていただこう。

「科学館や博物館のわくわくするような実験、体験装置。コンサートやイベントでお客さんをあっと言わせる仕掛け。ショッピングモールの夢のあるカラクリ時計......。代田橋製作所はそうした人の心をつかむ仕掛けを作る会社です。しかも、それは完全なオリジナル製品です。どこからの借り物ではなく誰もやったことのない、人々に「あっ」と言わせる装置や展示物です。嬉しいのは、そんな装置を見た時のお客さんのおどろきの表情です。私どもはこれからも人にまねのできないワクワクを届けていきますよ」

そういえば、帰りに代田橋の駅から新宿の高層ビルを見ると、西日を浴びたビル群が1枚の風景画のようになっていた。そのキャンバスに描かれた都会の裏側に佐藤さんの言うような『知恵』と『技術』がシッカリと根付いているかと思うと、我がワクワク感は高まっていくばかりではないか。すると、これからも時代の舞台裏で夢を絶やさないで、“輝く技術、光る企業”であり続けてくださいとう言葉が自然と口に出たものである。

文 : 坂口 利彦 氏

こだわり人[2018.02.28]

神楽坂で木工家具にこだわる次代への夢 / 家具工房 ACROGE FUNITURE(東京・新宿区)

上京して早半世紀近くなるが、神楽坂と神保町という“神”がつく街に相も変わらず引き寄せられる。“神”という文字がその街の香りといったことだろうか、そこに息づく優しいこだわりが、何か心地よいのである。親しい仲間は「神楽坂にうまい酒あり、神保町に好きな本屋が並ぶのだからさもありなん」とからかうが、何をおっしゃるうさぎさんだ。「神が宿られる街だぞ、罰当たり」と、相も変わらず足が向いてしまうのである。

そんなある日、地元の人が“裏神楽坂”という所のマンション2階に、『家具工房 ACROGE FUNITURE(アクロージュ ファニチャー)』というちょっと気になる看板がかかったというのである。なんだ、あそこは。ACROGEなんて初めて目にした言葉だ、人通りの多い神楽坂通りと比べてまさに裏通りだ。看板の下には【SHOP】【SCHOOL】【FACTORY】という切り文字があるが、いったいあそこに何がオープンするかということだ。近づいてみると、入口脇に産地から送られてきた天板が2~3メートルもある一枚板が無垢材のままで山積されているのである。質感も風合いもよく、無垢のよい香りだ。そして、ガラス越しに中を覗くと、おそらくこれらの無垢から生まれ変わるのだろう、おしゃれな食卓テーブルや椅子を中心に食卓グッズや玩具が並んでいるのである。

なるほど、ここは木製の家具などを作ったり、販売する木工の館なんだ。神楽坂という都心の真ん中で無垢材を山積みなんて、久しくこんな光景は見たことがない。一瞬、何でこのような場所でなんて思うと、この館のオーナーに無性のこだわりを感じるではないか。

ということで、今回は『家具工房 ACROGE FUNITURE』のオーナー、岸 邦明さんのこだわりに着目させていただいた。

こだわり人 ファイル068

神楽坂で木工家具にこだわる次代への夢

家具工房 ACROGE FUNITURE(東京・新宿区)

●営業人生を一転、28才の時に家具工房を立上げ

東西線の神楽坂駅から赤城神社の横の急な坂道を下りて『ACROGE FUNITURE』へ。もう通い馴れた道だが、相も変わらず身も心も和らぐ。というのはこの神社は出世祈願とか大願成就といったご利益があるというものだから、自然と頭が下がってくるのだ。しかも、この由緒ある神社から新しい空気が流れ始めているというから、その行く末についつい勝手な夢を描いてしまう。

それもそのはずだ、実はこの神社は現在、東京オリンピックの主会場になる新国立競技場の設計デザイナー、隈 研吾さんの監修によりリニュ-アルされ(2010年)、私たちの業界の大きな関心事であるグッドデザイン賞(2013年)に輝いているのだ。神社でグッドデザイン賞なんて面白いではないか。しかも、坂道を下りきった600メートルぐらい先には私がよく立ち寄る親しき友人の出版印刷などの老舗『三晃印刷』という会社があるので、「岸さん、よくぞ、赤城神社と三晃印刷の間に工房を設けられた」だ。妙な縁を感じるのである。

このご縁、“やっぱり赤城神社の贈り物か”と岸さんが自ら作られた無垢の椅子に座るといい感じだ。心地よく、早くも岸さんのこだわりが身体に入り込んでくる。思わず、岸さんの手の指を見やったが、指先も目も澄んで優しい。40才後半と言われたが、とてもそう思えない若やいだ夢見る少年の顔だ。訪れる前にホームページで、事業の内容などを拝見してきたが、木工家具に対するこだわりはその言葉や動作からもひしひしと伝わってくる。すると、やはり気になっていたことを最初に伺ってみた。

「...そうですか、大学の商学部を卒業したのに、どうして木工家具の作り手を始めたかということですね。実は卒業すると、家電などを扱う物販の会社を始めたんですが、3年ぐらい経つと、“製作にかかわらず、与えられた商品をただ売ってるだけ”の自分に満足できず、製作から販売まですべてを責任もって一気通貫でできる仕事をやりたくなったんです。そこで、28才の時に家具工房を生涯の生業にしようと決心し、29才から3年間、世界をモーターホーム(キャンピングカー)で巡り、各国の生活様式や文化財に触れ、これからどんな家具を作れば喜ばれるかという技術を学ぶと共に感性を磨いたんです。そして32才で都立の技術専門校の木工技術科に入学し1年間学んだ後、個人工房で2年間修業した上で、35才の時に埼玉県の新座市で『ACROGE FURNITURE』という木工工房を立ち上げたんです。3年後には所沢市に移転し、2016年46才の時に、もう少し事業を拡げよう、特に本格的な木工に興味を持つ人を増やすことに力を注ごうということで、この神楽坂に事務所を移転したんです」

●木工を通じて毎日に暮らしに彩りを添えたい

まさに、人に歴史ありだ。もうこれだけで、岸さんの木工家具に対する熱い想いに魅せられるばかりだ。名刺には一級家具製作技能士(家具手加工作業・家具機械作業)と記し、今では、「ただひたすら自分でしっかりしたものを作りたい、ひいては、木工人口のすそ野を広げたいということです。ですから、社名のACROGEというのはACROSSとGENERATIONの造語ですが、世代を越えて永らえる家具を提供していこうという想いを込めました」と言われると、岸さんのこだわりに恐れ入りましただ。

ところで、現在は入り口にも表示されていたが、【SHOP】【SCHOOL】【FACTORY】の事業の3本柱にされているが、この神楽坂移転の大きな目的になった【SCHOOL】、木工教室について独特の感性をお持ちなので、最初にその大要を紹介していただくことにした。

「自分たちで納得するものを作り、お届けするということはもちろんですが、木工の楽しさや奥の深さを伝え、仕事や生活を豊かにする一助になればという想いで開いたのが木工教室です。新座で始めて早10年。本格的な家具材を使用し、正しく家具を作る方法を修得していただくことを目的にしてきましたので、生徒の顔ぶれも多彩です。木工を生業にしている家具職人や大工さんをはじめ、木工のプロをめざす職業訓練校生、ものづくりに携わる設計士や加工技術者、木部を仕事に活かしたい革作家やタイル作家。さらには自分で家具を作りたい人、趣味やライフワークでモノづくり時間を持ちたい方もおられます。東京近郊だけでなく、山梨や長野など遠方から通ってこられる方もいるし、通って10年という方もおられるので本格的に木工に取り組んでみたい人は着実に広がっている想いです」

勢い、岸さんをはじめ、現在、6名おられる講師陣も一級家具製作技能士の国家資格を持つ職人さんで、生徒の多様なニーズに丁寧に向かい合っておられのだ。それはこの神楽坂で開校した当時は40名だった生徒がいまでは200名近くになっていると言われるのだから納得だ。また、「近年は20代から40代の女性が増えてきて、家具の木工教室では現在、日本一の規模ですよ」と言われると、岸さんの想いが着実に根づいているもんだと、大拍手だ。我がごとのように嬉しくなるというものだ。

となると、授業の内容が気になるではないか。すると、「カリキュラムとその特徴は下記の通りです」と言って、印刷物をいただいたので、そのまま掲載させていただこう。

カリキュラムの一例
箱物の制作

鑿・鋸等の道具を使って、基本的なほぞ加工を練習します。
ある程度加工が出来るようになった後、あられ組みを使用した箱物を製作します。

スツールの制作

立体的な造形物を作る課題として、スツールのデザインから製作までを行います。
鉋を多用し、一枚の板から立体的なスツールを削り出す楽しさや難しさも学びます。

自由製作

機械を使わない指物的な小物製作、デスクやテレビ台といった家具、椅子のような造形物、皆さんいろいろな物にチャレンジしています。

基本的な基礎練習

木工の仕事をしている方、プロを目指している方も通われています。「刃物の研ぎ」「道具の仕込みや調整」「加工精度の向上」などに専念し学んでいく方も歓迎します。

教室の特徴
使用する大工道具の整備

教室で使用する大工道具は人数分用意してあります。
手道具を持っていない方でも気軽に始められます。
ある程度手加工が出来るようになってきた段階で、希望する方は少しずつ手道具を購入していきます。
多くの手道具は正しく使えるように、しっかりと仕込む必要があります。
教室の中で仕込みや調整も学んでいきます。

木工機械・電動工具の使用

家具を製作するのを全て手加工だけで行うのは困難なのが現実です。
機械を使う必要も出てきますが、誤った使用をするととても危険です。
木の性質に慣れ、手加工がある程度できるようになってきた方から、安全な加工方法を学びつつ、少しずつ木工機械や電動工具も使用していきます。

●生徒も講師も、この国のモノづくり精神を共有だ

ところでこの教室は、右側の部屋が【FACTORY】と記された制作エリアで、左側が【SHOP】と記されたショールーム兼販売エリア。その中央にあるので、いい感じだ。生徒はここに来るたびに加工前の無垢材を見たり、出来上がった一枚板の天板をはじめ多彩な商品を目にすることができるので、木工家具に対するモチベーションは一段と高まるということだろう。こんなところにも岸さんならではの細やかなこだわりが見て取れるではないか。

そこで、居合わせた生徒に教室への想いを伺ってみた。すると一人の生徒は「一枚板を木工機械で切る音、玄翁で鑿を打つ音、無垢材を扱っているというリアル感がいいですね」と、また別の生徒は「一枚板なんか、サクラ、ナラ、クリなどが身近にあって、それが数週間後には食卓テーブルや椅子に変っていくのを目の当たりにしてるんですからね、最高の気分ですよ」だ。

講師もそんな生徒を見て、「ともすればゲームなどに目がいってしまう若い人が無垢材と向かい合い、鑿や鉋の正しい使い方をマスターして、自ら作っていくなんて気分がいいんでしょうね。出来上がった時のあの笑顔には私たちも感激ものですよ」である。

生徒も、講師も心が通いあう快適環境でいい汗を流しているんだ。岸さんの想いがまさに実を結んでいるのだ。ある面では日本の伝統的なモノづくりの世界、ここにありだ。

なんだろう、この空気感は。得も言われぬ次代へのフレッシュな空気を吸わせていたいた気分だ。これまでにも多くのこだわり人にお会いしてきたが、技術を追いかける人は人それぞれだ。でも共通しているのは、その技術の先に優しい人間の営みを夢みておられることだ。昨今の、データをごまかしてよく見せるなんてとんでもない。大看板を掲げて最先端の技術を声高に誇るのもいいが、ある面ではこのような伝統的なアナログの世界に次代への夢を描くなんて、岸さんに大拍手だ。

●技術の先に人あり、人の先に毎日の暮しあり

すると、岸さんは「私どもの事業の3本柱である家具の制作エリア【FACTORY】と【SHOP】エリアを紹介させて下さい」と言って、教室の左右の部屋に案内されたので、最後にそちらの様子を紹介させていただこう。

【FACTORY】にはやはり独特の趣きと香りがある。大きな無垢材が鋸で切られていく姿をこんなに身近に見るのも久しぶりで、ついつい見入ってしまう。近づくと、主婦の一人が講師に教えられながら慣れない手つきで無垢材と向かい合っている。それでも、「子供のために玩具を作ろうと思っているんです」と言われると微笑えましくなってくる。出来上がった玩具を手にした子供の姿を想像すると、「がんばってください」だ。

「ここでは、お客様にご注文いただいたオリジナルの家具を作ったり、時にはお客様と一緒になって無垢材と向かい合っているんです。そして、ここで作ったものは、あちらの【SHOP】で陳列したりしているんです」

一方、【SHOP】にも独特の趣きと香りがある。やっぱりここにも岸マインドが染み渡り、いい感じだ。ガラス越しに見ていた雰囲気とはまったく違う。あれもいい、これもいいとついつい手が伸びていく。すべてが優しく生きている。すると、岸さんは言われたのである。

「家具の作り手はいつもお客様の心に響くものを届けるのが使命ですね。その一つの代表が音楽界の充填の石田善之さんとコラボしたものです。今、曲を流しますから、その音の拡がりや奥行きに納得していただけると思います」

やっぱり音の感触が違う。上質な音だ。岸さんによると無垢の木ならではの無垢効果だそうだ。「木の素材の良さを改めて実感しましたよ。このようなお客様の心に響いていくものをこれからもお届けしていきたいですね」

そして「この10年間多くの人に出会い、私自身も“皆さんが必要とする木工をわかりやすく伝える姿”を学びました。やめられませんね。木工文化は奥が深すぎますよ。教室の生徒なんか、年齢も、男女もなく、技術の優劣もなく、木工談議に花を咲かせるなんて本当にいい姿ですよ」

そこで、帰り際にそんな言葉を言わせるのも赤城神社のせいなんでしょうねと言ったら「そうですね」だ。すると、岸さんのそばにおられた奥様、「何気なく過ごしている日常的な生活空間が、木工家具などによって一段と心地よくなるなんていいわね。もっとお手伝いしなければ」だ。

確かに。これからも、この国の木工文化にこだわっていただきたいものだ。岸さんの信条である“技術の先に人あり、人の先に毎日の暮しがあり、社会がある”という想いを今一度思い出しながら、再び帰りの赤城神社に手を合わせていた。

文 : 坂口 利彦 氏

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