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王国のコラム

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こだわり人NEW[2019.04.24]

時代の先の先を行くのは技術です、その実感 / スガツネ工業株式会社(東京都・千代田区)

時代の元気な息づかいを肌身に実感できる総合展示会『日経メッセ 街づくり・店づくり総合展』が今年もやってきた。人口の減少と少子高齢化が進むこの日本で、これからの街づくり、店づくりを支える多くの製品、サービス、ソリューションを一堂に集めてということになれば、やはり見逃せないではないか。しかも、平成最後となれば、その製品や技術は新しい年号『令和』に期待を持って、バトンタッチされていく歴史的な一大エージェントいうものだ。

今や、この総合展の顔の一つとも言われる『建築・建材展』は、“今年もやってきました、スガツネ工業は”だ。住宅、店舗、ビルなどの各種建材をはじめ設備機器やソフトウェア、工法、関連サービスなどが紹介される中で、スガツネ工業もここにありということだ。主催者の日本経済新聞社が掲げた開催趣旨である“これからの住まい、オフィス、店舗、街づくりの最新情報を総合的に発信する”とくれば、まさにスガツネ工業の今日的な役割、使命を享受していただける絶好の機会なのだ。昨年の東京、大阪、名古屋で開催されたスガツネ工業のプライベートショー『スガツネ博』のあの熱気と活気を今一度お届けして、その多様なこだわりをできるだけ多くの方に実感していただいたということだ。

そこで、今回のこだわり人は先頃、東京ビッグサイトで行われた『建築・建材展』に照準を合わせ、多くの来場者から注目を浴びた大要を紹介させていただこう。“技術が技術を呼んで、時代の進歩、発展が紡がれていく今の世にあって、スガツネ工業のこだわりに時代の行く手を見ることができた”という声が数多く聞こえたものである。

こだわり人 ファイル079

『建築・建材展』のスガツネトピックス!
時代の先の先を行くのは技術です、その実感

スガツネ工業株式会社(東京都・千代田区)

ご存知の通りスガツネ工業の総合カタログには、たゆみのないモノづくりにこだわる30,000点を超える製品が紹介されている。その多様性は先のプライベートショーでもリアルに実感できたが、今回の『建築・建材展』でも同様に、数多くの製品がカタログから飛び出したということだろう。来場者の目を引付けた代表的なものを画像とともにダイジェストで紹介させていただこう。

●きら星のごとく。元気なこだわり技術が会場を包み込む
ラプコン搭載オリンピア スライド丁番360シリーズ

家具金物でお馴染みのスライド丁番だが、スガツネ工業からは5段階で扉の閉まる速度(ダンパー)が調節できるラプコン搭載オリンピア360シリーズが一挙に登場。外部展示会では初出展となる厚扉用、ガラス用をはじめとしたフルラインアップで来場者の注目を浴びていた。扉のサイズに捉われることなく好みの開閉フィーリングを手に入れることができる使い易さに加え、抜群の耐久性と、施工する方に嬉しい簡単調整に熱い視線が寄せられた。

上吊式引戸金物 FDシリーズ

扉の開閉方向それぞれにゆっくりと静かに引き込むデュアルソフトクロージング機構付の上吊式引戸シリーズ。住宅用に新たに開発された【FD30EX】は扉を開ける時の操作力を従来の7割に留め、“お子様やご高齢者でも軽く開けることのできる扉”を実現。またホテル・店舗・オフィス・施設向けには【FD35EV】。不特定多数の使用を想定した耐久試験でその安全性は実証済。こちらは扉高さ2,700mmのハイドアに対応し会場でもその扉の高さが注目の的となっていた。

移動間仕切金物FDPN40型フラットパーティション

住宅など、室内の間取りがいつでも簡単に変更できるスライディングパーティション金物。上吊ローラーで軽々、滑らかに操作でき、1本のレールで扉がフラットに納まる点にお客様の目が釘付け。縦列と並列の2種類の収納方法が選べることも喜ばれていた。

ガラス丁番各種

こと欠かない丁番の利用場所にガラス丁番はいかがだろうか。シャワーブースなどの水まわりで使用できるガラス丁番や、使用頻度の多い間仕切用のガラス丁番など、デザインは繊細かつ機能性も抜群。ソフトクロージンング機構、閉止速度調整付きのスムーズな操作でワンンランク上の空間が演出できることを体感することが出来た。

自立ガラスフェンス金物 Q-railingバラストレイドシリーズ

施工性が高く、デザイン性にも優れたQ-railing社の自立ガラスフェンス用の金物。施工時間の大幅短縮を実現した新製品を見ることが出来た。会場では実際にWEBツール紹介コーナーとの間仕切として機能し、そのデザイン性も高評価を得ていた。

家具用コンセントカバー

今やIT機器の利用は場所を選ばない。LAN、USB、双方のコネクタ対応の配線マルチタップはホテルや飲食店や空港のカウンターテーブルなどに不可欠だ。家具用コンセントカバー・プレートは業界でも圧倒的なラインアップを誇り、金属製、樹脂製、鍵付、フタ付など使用用途に合わせて選べる点が来場者に好評だった。

ショーケース用金物

店舗などにおけるショーケースの需要は広がる一方だ。機能性、操作性、耐久性、安全性という面からショーケースに特化した金物をラインアップしているが、丁番と錠前のデザインを統一した『GS-Gシリーズ』、非接触式電子錠システム『エクセロック』には“魅せられた、目が離せない”と、スガツネ工業ならではの斬新性にも話題が集中した。

屑入投入口

角型に丸型。ふた付にふた無。不快な音や衝撃を和らげるダンバー付きに扉が左右に連動するタイプ。さらに、分別に便利なペットボトルを入れることができない細長タイプ、テロ対策仕様の鍵付タイプなど、まさに場所や利用目的に合わせた豊富な品揃えだ。スガツネ工業の現場に浸透した微に入り、細に入りの技術力には改めて共感を得た。

リフトアシストダンバーLAD型

オリジナルメカニズムのラプコンによってカウンター天板の開閉をソフトでスムーズにコントロールする2014年のグッドデザイン賞の受賞品。天板の閉まり際で手を放してもダンパーが効くのでゆっくりと締まる安全性を再確認。また、リフトアシスト機能による省力化など、尽きることのない技術革新を自らの手に収めることができた。

スイッチ・コンセントプレート王国

壁紙にデザインを選ぶようにインテリアに合わせてスイッチやコンセントのカバーを選びたい、こんなお客様の選択ニーズに応えて多様なラインアップを用意。その数250種以上。新たに加わった2連、3連、ワイドタイプやトグルスイッチを見て、自分好みの空間を気軽に構成、演出できることを体感することができた。

バスルームアクセサリー王国

リラックスと憩いのひと時。バスルームをもっとおしゃれに意心地の良い空間にしたいというニーズに応えて、バスルーム用のこだわりアクセサリーをラインアップ。機能性はもとより、素材、デザイン性にこだわった納得感から、お客様好みのヒューマンタッチのバスルームが生まれることを約束した。

フック王国

それぞれのところで、それぞれのフック。細部に至るまでこだわったデザイン性の高いタイプやプロに選ばれ続けてきたサイズ豊富なステンレス製タイプなど、多彩で高品質なフックを紹介。中にはタオル掛けやつまみなど同じデザインや素材でトータルコーディネートもできるシリーズを展開しており、至れり尽くせりのスガツネ工業の多彩さに好評価を得ていた。

●時代への鮮明な道筋を描く

...などなど、多彩なスガツネラインアップを『建築・建材展』でご覧になった方もおられるだろう。たまたま会場で著名な建築設計家の方にお会いしたので「今回のスガツネ工業はいかがですか」と伺ってみた。すると、間髪入れず、「改めて、スガツネ工業の多様なこだわり技術に魅せられました」だ。

うれしいね。すると、「世の中の進歩をさせた技術にも満足せず、新しい時代の空気を察知してさらなるワンランク上を目指す、熱いものを感じます。建築金物や家具金物に期待される機能性、デザイン性、操作性、耐久性、安全性、そしてコストパフォーマンス性といったことを一段と強化し、その先を追求してほしいね。私たちの表現欲求はそこからさらに高まって、自分好みの空間が、シーンができていくのですから」と、応援メッセージをおくっていた。

ある面では時代は技術で先導されていく時代だ。これからの先行きに具体的な展望を描き、その勢いを成果に結びつけていく時代だということだろう。先のプライベートショーに引き継ぐものが本展示会でも改めて体感させられた。これからの街づくり、店づくりの一助になればと思うばかりだ。

年号も変わり、新しい時代が始まっていくのだ。モノづくり事業の先にゴールはない。お客様のニーズとスガツネ独自のニーズの融合の中から、次代への道筋が鮮明に浮かび上がってくるのだ。

文 : 坂口 利彦 氏

こだわり人[2019.04.03]

今日も、世界のこだわりの木製玩具を届けて / 『アトリエ ニキティキ』西川敏子(東京都・武蔵野市)

明るい春の始めの光が身体に心地よい。雀の親子が窓越しにこちらをうかがっている。思わず“元気だな”と声をかけたくなる。その時、机の上の一冊の本が、ボクを子供に戻した。その名は『玩具とデザイン アトリエ ニキティキとトイメーカーの歴史』、編者は上條桂子さんという。

行きつけの近所の図書館で初めて出会ったのだが、表紙から非常に印象的だったので今しがた借りてきたものだ。表紙は玩具のパーツだろうか。明るくカラフルなグラフィックがリズミカルで、さまざまなイメージを描かせる。正直言って、上條桂子さんって初めて知る名前だ。ページをパラパラとめくると、西川敏子さんという方が1971年に創業された『アトリエ ニキティキ』の玩具に対する熱い思いと、ヨーロッパの名代の玩具メーカーの奥行のある商品が写真入りで丁寧に紹介されているのである。いくつかは見たこともあるが、ほとんど見たことのないもので、その温かみのある、しかも木製の玩具に引き込まれていくばかりだ。これは面白い。安価なコマーシャリズムに毒されず、健全で優しい心。子供たちの知的好奇心をかきたてる玩具で満ち溢れている。これはじっくり読んでみたいということだ。早速、図書館で借りて中を見ると、『アトリエ ニキティキ』の店舗は我が街の隣、住みたい街のトップで人気の吉祥寺の商店街にあるというではないか。情けない。そんな店があることに気が付かなかったことを恥じると共に、今すぐその店に行ってみたい。西川敏子さんの勧める木製の玩具のテイストに触れてみたいと思ったのだ。

ということで今回のこだわり人は、木製玩具にこだわる『アトリエ 二キティキ』の代表,西川敏子さんに着目させていただいた。子供のみならず、大人にも優しい木製玩具を届けて約50年なんて心はほっこり、何か無性にワクワクさせられるのである。

こだわり人 ファイル078

今日も、世界のこだわりの木製玩具を届けて

『アトリエ 二キティキ』西川敏子(東京・武蔵野市

●西欧の木製玩具に魅せられた、“おもちゃ愛”

行きなれた吉祥寺だ。お会いする前に西川さんのプロフィールが『玩具とデザイン』で紹介されていたので、その大要を最初に紹介させていただこう。西川さんは女子美術大学を卒業すると、日本のグラフィックデザインの黎明期の第一人者で、女子美術大学の教壇に立ち、愛知県立芸術大学の学長になられた河野鷹思氏の事務所『デスカ』に学生時代にインターンとして通っていたのだ。河野先生と言えば、あの大阪万博で日本政府館などを担当された著名な方で、ボク自身も、事務所の門下生たちと付き合ったこともあるので河野先生の名を知ると何か縁のようなものを感じたのである。

その事務所時代にデンマークやスイスなどの玩具と出会い、その世界観に魅せられドイツの国立美術大学に留学したというから、玩具に対する西川さんの思いは、察して余りある。その後、ドイツや周辺諸国の幼稚園や玩具店や見本市などを見て回って木製の玩具に魅せられ、いずれ、日本の子供たちにもこれらの玩具で遊ばせてあげたいと思ったというのだから、西川さんの玩具に対するこだわりはボクの想像をはるかに越えるものがあったということなんだろう。その時、日本はプラスチック玩具がブームだったそうだ。

だが、幼児教育や美術に関心のある西川さんは西欧の玩具の世界に共感。1970年、日本に帰国し、1971年に『アトリエ ニキティキ』を立ち上げられたのである。だから、西川さんの提供する玩具にはデザイナーとしての目、事業者としての目、そしてさらに言うと子供たちの健全な成長を見る目は確かで、自分で見て、触って、納得できるものしか店頭に並べないという、今でいう“おもちゃ愛”が着実に根付いていたと思えてならないのである。

「日本と同じ敗戦国なのに、ドイツでは当時もう伝統に基づいたものづくりが生き返っていました。ケラーの力強い乗り物玩具や木馬、デュシマの黄色い編み袋に入ったミニ積木などは、今でも作り続けてられています。玩具見本市の木製玩具会場は地味な印象でしたが、よく見ると、素晴らしい玩具の宝庫でした。日本の子供たちがこの素晴らしい玩具で遊んでいる姿を想像すると、私はもうこれらの日本への輸入、販売の可能性を考えていましたね」

帰国してからの西川さんの精力的な行動は語り尽くせないということだろうが、その活動は目を見張るものがあったことが想像できる。西欧の木製玩具の魅力をショップに集約、愛され、親しまれる店を吉祥店にオープンされたのだ。

あいも変わらず人通りの絶えない吉祥寺の商店街の一角だ。少し着飾ったお母さんたちが子供を連れて次から次へとショップに入っていく。すると、店先から西川さんの玩具に対する優しい心に包まれて、こちらも一気に西川パラダイムに包み込まれてしまったということだ。西川さんのお墨付きの玩具が次から次へと目に飛び込んできて、その一つずつの存在感に魅了されるばかり、西川さんのテイストにどんどん引き込まれていくのである。

やっぱり本物は写真などと違う。思わず手が出て本物の感触を味わっていると、手にしたものしか味わえない心の弾みが始まり、それと遊ぶ子供たちの姿がイメージされていく。まさに、本物だけが与えてくれるリアルでメッセージ性のある世界への誘いということだろうか。すでにボクの子供は成人しているが、子供の頃にこんな玩具を与えてやればと思うのも、子を持つ親なら当然ということだ。周りのお客さんもそんな思いに違いないと思うと、西川さんの玩具に対する真摯な思いに改めて拍手、拍手になってくるのである。

●子供の心弾ける、魅力の粒ぞろい

そこで、『玩具とデザイン』の本を見ながら実物を見ていると、ボクの玩具への思いは西川さんの世界と完全にハモっている。偽りのない本物だけが持つ存在感に、海を渡ってこの国の子供たちに会いに来てくれたという、何か気高いものを感じるのである。すると、ボクの好奇心は一段とヒートアップして、一つ一つの玩具に優しく穏やかに語りかけられたようなので興味津々。魅せられた逸品をいくつか、写真でクローズアップさせていただいておこう。その時,ボクは完全に子供にもどっていましたからね。

スイスのネフ社
玩具の世界にデザインの概念を持ち込んだ、超人気のリグノをはじめ玩具史に刻まれる逸品を生み出している。
ドイツのケラー社
木馬と言えばケラー社の名が出る。生きている木にこだわり、堅いブナ材を使った力強いラインにファンが多い。
ドイツのデュシマ社
楽器製作と数学的な発想から始まった90年以上の歴史を持つ老舗。色と形を自由に使って新たな造形を生み出せるのが人気である。
フィランドのユシラ社
森の文化で支えられたフィンランドのイメージそのまま。実直なものづくりイメージが好評だ。
スウェーデンのミッキィ社
玩具づくりの村、ゲムラから誕生。子供のイメージのまま、遊びを広げる北欧らしいシンプルな汽車セットがロングセラー。

どれをとっても、手触りもよく心地よい。さすが河野先生ゆずりの西川パラダイムがそこに溢れているということだろう。今後、後輩たちの子供にプレゼントする機会があれば、これらの中から選んで送ってやろうと思うばかりだ。もう、わが子は大きくなったと思いながら、いや待てよだ、部屋のインテリアとしても面白いから送ってやろうと、ついつい財布の紐を緩めていたものだ。

何かこちらの気持も豊かになってくるのは何故なのだろう。玩具が好きで、いろんな玩具売り場などに立ち寄るが、今一つ定型的で商業中心的。中身が薄っぺらくて深みのないことに失望することが多い。だが、このショップではそんな感じに微塵もならない。子供目線で選ばれた西川さんの“おもちゃ愛”にボクの心はただただ子供に戻っていっているのだ。

●時代が西川さんの深い愛を呼んでいる

そこで、西川さんに、これらの玩具に対する“おもちゃ愛”の心を伺ってみた。すると、西川さんは

「ネフ社の創業者は玩具についてこんなことを言っています。“小さいときに肌で感じ取った感触や心に触れたことはその子の人生に大きな影響を与える。小さいときから美しいものに触れる機会を与えることで子供は知らず知らずのうちに良いもの、美しいもの、本物を見分ける力をつけていきます。子供はおもちゃを通じて世界を知っていく。だからこそ、美しい優れたおもちゃを子供たちに手渡すべきです”と。私の思いもこれと全く同じです。ニキティキは子供たちの心を育てる美しいおもちゃ、創造力を育むおもちゃを届けることを使命としています。環境が変わっても子供の本質は変わりません。こんな時代だからこそ、子供たちの心が育っていく玩具が大事なのです」

そして玩具を選ぶ基準について、次のような言葉を添えられたのである。

「ニキティキの玩具に対する選択基準は簡単です。理論ではなく感性を大切にし、自分の子供に与えたいおもちゃか否かを判断基準にしています。

  • おもちゃは、子供の創造力を引き出すシンプルなものであってほしい。
  • おもちゃは、こわれにくい丈夫な作りであってほしい。
  • おもちゃは、できるだけ自然素材を使用した、安全性の高いものであってほしい。
  • おもちゃは、大人でも側においておきたくなるような、美しいものであってほしい。
  • おもちゃは、作り手の子供への愛情が感じられるものであってほしい。

私たちの取り扱う玩具の原点です。すべてはここから始まっていきます。いい加減なものを勧めるということはありません。ですから、重要なことは作り手のオリジナリティと商品化までの苦労を私たち自身が身近に感じることですね。私はもう80才を過ぎましたが、私の後を継いだ息子や若いスタッフたちもそのことを大事に継承していく空気ができているのが非常にうれしいですね。誇りです。」

今や、我が国は親が子を虐待したり、死に追いやる時代だ。ロマンあり、理のあるこのような木製玩具を目の前にすると、親も心して、時代を背負った子供たちの成長、発展に温かい目を注ぐだろう。一方、西欧の木製玩具の生産の面からみると、多彩な手作業や生産コストの高騰や後継者不足といったことで、難題が絶えないそうだ。そのための、安易なコピー商品が売り買いされたり、心のこもらないものが店頭に並ぶようなこともあるそうだ。

需要と供給の間にある多様な課題をかかえる中で、ニキティキはこれまでの経験と実績をもとに、納得のできる、夢のある玩具環境、玩具文化の行く先を描き、繰り寄せておられるのだ。その時、ボクは思ったね。小さな子供へ玩具を届けるということは、裏を返せば、大人の同調、共感を得ることだ。そのためにいま必要なことは、大人たちも心に“おもちゃ愛”をしっかり持とうと。するとこの間、窓辺にいた親子の雀が頭に浮かんだので雀をモチーフにした玩具を買って帰った。窓際に置くとどんな表情をするのか、二羽の表情が見たくてねぇ。ボクはもう完全に子供に生まれ変わっていたんだ。

文 : 坂口 利彦 氏

こだわり人[2019.02.14]

日本の和の文化の象徴、和菓子へのこだわり / 『梅花亭』井上 豪(東京都・新宿区)

こだ金下書き

人それぞれ。新しい年を迎えて、これからの進むべき道筋を夢見て手を合わせる。さあ、今年はどんな夢を描かれますか。こだわり王国のこのコラムも元気いっぱいのスタートダッシュです。

すると、年賀状に挟まれて『和の技術を知る会』から『子どもに伝えたい和の技術』というシリーズ本の案内ありだ。うれしいね、前々から愛読している本の第4巻「和菓子」の案内が新年早々からくるなんて、思わずにんまりだ。というのは、この本の中に紹介されている一級和菓子、製造技能士の井上 豪さんのことが非常に気になっていたからである。井上さんは東京・神楽坂で『梅花亭』というお店を経営しながら、東京都マイスターとして和菓子に対するひたむきな姿勢とその卓越した技術に業界を問わず、日本の和の文化を永らえる第一人者として世界中から注目を浴びておられるのだ。先頃もイギリスに招かれ、日本の和菓子の魅力を講演されている。また、この3月には東京・新宿の京王プラザホテルで東京菓子協会が主催する『知る、見る、味わう和菓子を愉しむ集い』のメインゲストとしてその技を披露されるというのだ。

ちなみにその案内には、“和菓子は千年を越える歴史の中を、日本人生活文化と共に育まれ、日本人を代表する食文化の1つとして親しまれてきたが、味わっておいしいことの他に長い歴史の上に積み上げられた伝統や季節感、手作りならではの個性、さらには健康性などの多くの魅力を持っており、現代人にとって必要な心の安らぎ、憩い、団らんに欠かせないモノとなっているその和菓子の魅力を愉しむ集いを開催する”云々と記されていた。こうなると一足先に井上さんの和菓子へのこだわりに触れたいものだ。ということで2019年最初のこだわり人として『梅花亭』の店主、井上さんに着目させていただいた。

こだわり人 ファイル077

日本の和の文化の象徴、和菓子へのこだわり

『梅花亭』井上 豪(東京都・新宿区)

●神楽坂の人に優しい老舗の和菓子店

神楽坂の魅力は改めて紹介することもないだろう。神楽坂は新宿区にある早稲田通りにおける大久保通り交差点から外堀通り交差点までの坂道である。この周辺は大正時代にご隆盛を誇った花街で、表通りから一歩入った路地裏に情緒があり、坂沿いに立ち並ぶ商店と並んで、独特の風情を作っている。横丁から風呂敷を小脇に抱えた粋な姉さんが今にも出てきそうで、ついつい引き寄せられるというものだ。『梅花亭』はそんな神楽坂の坂上の本店と飯田橋駅近くにもう1軒構えておられるが、足は自然と本店に向かった。すると幼子を店先に立たせて親御さんがスマホのシャッターを向けている。何かほのぼのしたものがあり、店先から『梅花亭』のやさしいおもてなし心が伝わってくる。

中に入ると、穏やかな和菓子が花畑の花のように迎えてくれる。色とりどり、形もとりどり。まさに和菓子のテーマパークのような華やかな雰囲気だ。するとガラス越しに和菓子を作る作業場におられた井上さんと目が合い、陳列された和菓子の前に出てこられる。いい香りだ、早くも和菓子にこだわる和菓子職人の心意気が見てとれる。気取らず、肩肘張らず、物腰のやさしさが和菓子に包みこまれているようで、この店主ならおいしく安心していただけるというものだ。店の中にも神楽坂の風情が溶け込んでいるようで、早くも人気のこだわり店の舞台裏を見るようにわが目に光が差し込んでくる。

この本によると、“子供の頃から菓子作りが好きで、父や祖父の和菓子作りを身近に見て、将来はモノづくりに職人になりたいと思っていました”と書かれていたので、『梅花亭』の歴史と今日に至る井上さんの歩みをお伺いした。

「神楽坂『梅花亭』の初代井上松蔵は米どころで有名な新潟県南魚沼市の280年続く旧家の出身で、上京後は柳橋の『梅花亭』で修行の後、新宿淀橋の十二社で独立、開店しました。その後、第二次世界大戦で2度招集され、終戦後にロシアの捕虜となり、極寒のシベリアの炭鉱で強制労働を課されたのですが、その強制労働中に考えることと言えば食べること。特に子供の頃に母が作ってくれた『かきもち』のことです。もし生きて帰ることが出来たらこんな味の菓子を作りたいということで、それが今の銘菓『鮎の天ぷら最中』につながったそうです。形状の鮎は新潟の魚野川の鮎をモチーフにして、もともと餅を油で揚げるものが最中の皮であることから、これを油で揚げることにこだわりました。

戦友が次々と飢死凍死する中、炭鉱のネズミや芋虫を食べて命をつなぎ、たまたま日本に帰る帰還船に乗れ、無事に生還することができたのです。その2代目が戦後の復興の波に乗って和菓子と洋菓子を主体に受け継いだのですが寝食を忘れた生活で39才の若さで亡くなりました。その後、祖父にあたる3代目が後を継ぎ、現代は4代目の私が暖簾を引き継いでいるのです。昼間は美術大学に通い、夜は製菓学校で学び、卒業後は家業である『梅花亭』に平成7年に入社。平成10年にここ神楽坂に移転、今日に至るということです。平成26年には国家資格一級菓子製造技能士に認定され、平成28年には東京都の優秀技能者<マイスター>都知事賞をいただきました」

そこに持ってきて、先にも触れたように井上さんは昨年の2月に外務省の日本ブランド発信事業の一環で、日本の和の技術を紹介するためにイギリスに派遣され、日本の無形文化財の和菓子の啓蒙・発信専門家として各地で講演会を実施されている。また、昨年の10月には茶道裏千家坐忘斎家元から茶名『宗豪』を拝受されている。まさに和菓子職人の家で生まれた血筋が国内外に広がっているのだ。真摯で前向き、多面的な活動はお見事という他ない。そして、お菓子などの激戦区の神楽坂で、2店舗を経営されているのだから、そのこだわりの技量は押してしかるべきということだろう。日本の和の文化の宝だ。

●愛される、季節と素材へのこだわり

では、井上さんが作る和菓子は他の和菓子とどんなところが違うのだろうか。「とにもかくにも、“安心、安全、見て楽しく、食べておいしい”を心がけています」と言われるので、その具体的なこだわりについて紹介いただこう。

「私どもは基本的に『定番銘菓』、『上生菓子』、『季節の生菓子』の3つの分野から、納得のできる和菓子を作っていますが、こだわっているのは四季の移り変わりに対応した和菓子の提供と和菓子の素材へのこだわりです。定番銘菓というのは神楽坂福来猫もなかとか神楽坂古梅、お手玉、浮き雲、鮎の天ぷら最中、飛躍うさぎ最中、一口ようかん夢絞り、神楽坂石畳、あさどら・神楽焼、豆大福などがあります。また、上生菓子には蜜柑きんとんとか七五三上生菓子などがあります。さらに、季節の生菓子には黒糖わらび餅とか玉杏珠、あんず餅、葛桜、切り出し水羊羹、とろける水羊羹などがあります。いずれも、私どもの手作りの和菓子で、多くのお客様からご贔屓いただいています。

特に喜ばれているのは季節の生菓子で、和菓子を通じて四季をお届けするということにこだわっています。日本の誇りである春夏秋冬をイメージした和菓子で、お菓子で季節感を味わってくださいということですよ。今の時期では新年の干支をモチーフにした猪の最中や春の到来を予感させる梅をあしらったものが楽しく、その後は桜やサツキ、夏のひまわり、秋の紅葉などをモチーフにしたものへと優しく続きます。」

一方、素材については安心、安全の面から徹底したこだわりを見せておられる。

「和菓子にとって非常に重要なことで、れもん、砂糖、飴、小麦粉、色素、あんず、栗、柚子、ジャムなどについて徹底した本物主義を貫いています。例えば、レモンについて言えば皮と果汁を使うので減農薬の瀬戸内レモンをつかいます。レモンの島と呼ばれる岩城島産を中心に収穫や季節によって産地を変えて仕入れ、手作業で皮をすり果汁を絞ってレモン大福を作っています。また、砂糖について言えば、和菓子によって6種類(鬼双糖、グラニュー糖、上白糖、和三郎盆糖、黒砂糖、粉糖)を使い分けています。さっぱりとした甘みを出すには、単に砂糖を減らすのではなく素材の味の強さとバランスが決めてとなります。

また、飴についていえば、北海道の小豆、大福豆、手亡豆、赤えんどう、青えんどうなどを使ってお菓子の種類ごとに飴を炊き分けて自家製飴にしています。小麦粉はポストハーベスト(収穫後農薬散布)していない国産の小麦粉を使っています。色素はすべて天然色素で赤はベニバナ。黄色と緑はクチナシ、青は葉緑素からといった具合です。さらに、あんずは長野県更埴の契約農家から生の杏の実を購入しています。2週間かけて自家製の蜜漬けをして和風ゼリーを作っているのです。そのほか、栗は手剥きのものを9月半ばに茨城県から、柚子は徳島県や埼玉県から送ってもらっています。ジャムはもともと自家用であったものが口コミで商品化したものですが、瀬戸内産レモンとザラメだけを使っている、といった具合です。

私は幸いにも美術学校を出て絵心が少しありますので、これらの和菓子を作るにあたって自分なりのイメージを描いて、その出来上がりを追いかけています。私なりの和菓子作りの楽しみです」

●和菓子は日本文化の入口であり、時代の良き友です

ところで、井上さんは若い和菓子職人を育てることについても非常に積極的だ。今も作業場で8人の若い人の面倒を見ておられたが、8人の若者はいずれも地方から出てきて、「和菓子の手作りを学んで故郷に帰ります」と言っていたが、井上さんの思いやりのある優しい指導に拍手だ。若者の1人が言った「和菓子作りには茶道や華道、歌舞伎、俳句や短歌など幅広く日本の伝統文化を学ぶことが必要なんですね」なんて嬉しいね。その言葉を返すように井上さんもこうだ。

「若い人が和菓子作りにチャレンジしてくれるのは非常にうれしいですね。もちろん和菓子の世界だけではなく、我が国のモノづくり精神を絶やすことなく、どんどん広げていきたいじゃないですか。ある面では和菓子はアートでもあるし、芸術ですね。暮らしにほっとした安らぎをもたらしてくれるアナログ的な、人の手から生まれた和菓子の存在は貴重ですよ。たかが和菓子ではない、されど和菓子ですよ。これからも伝統を受け継ぎながら、新しいことにどんどん挑みながら、ちょっとしたいい時間をお届けしていきたいですね」

帰りにやっぱり口で味わうのが一番なので一口咥えると、さすがにこれまでに食べたものと全く味が違う。井上さんのあの職人魂が帰り際に言われた「和菓子は時代の優しい音色であり、日本文化の入口であり、時代良き友です」という言葉が身体の髄の髄まで入り込んで来たね。

新年早々いい時間をいただいた。今日はこのまま、『梅花亭』のすぐ裏にある赤城神社に参っていこう。何か明るいよい年になりそうな年明けだ。

文 : 坂口 利彦 氏

こだわり人[2018.12.25]

和の文化「前掛け」を現代によみがえさせるこだわり / 有限会社エニシング(東京都・港区)

たまの力』という非常に気になる本が送られてきた。副題に多摩ブルー・グリーン賞受賞企業の NEXT STAGE と名付けられた多摩地域のベンチャー企業をクローズアップした図書である。出版されたのは地域金融機関として多摩地域の繁栄と経済の振興に寄与する多摩信用金庫で、同金庫の長島剛価値創造事業部長が事務局を担い、同金庫が力を注ぐ「多摩ブルー・グリーン賞」を受賞された多摩地域の元気企業、120社の現業の展開と NEXT STAGE への熱い思いを明星大学の関満博教授(現在は一橋大学名誉教授)の監修のもとに取りまとめられたものだ。ブルー賞は優れた技術や製品への評価であり、グリーン賞は新しいビジネスモデルに対する評価と聞けば、地域経済の行く手にまさに光明ありということで、これは絶対に見逃せないということだ。

そんな中で、妙に気になったのがエニシングという前掛けを専門的に製造、販売をする企業である。エニシングなんて、社名からして何をする会社かと思ったが、“前掛けという仕事着をコミュニケーションのツールとして捉え直して、新しい需要を掘り起こす。エニシングは和の文化を守りつつ、地域産業の再生にインパクトを与える”と、前文に書かれていると、この会社のこだわりがますます気になってということだ。

ということで、今回はかって商人の必需品だった前掛けにこだわるエニシングの創業者、西村和弘社長に着目させていただいた。

こだわり人 ファイル076

和の文化「前掛け」を現代によみがえさせるこだわり

有限会社エニシング(東京都・港区)

●商人の心を映す動く暖簾

私ごとで恐縮だが、ぼくの実家は大阪の商家である。小さい頃から前掛けには見慣れていたが、父はもとより、そこで働く奉公人さんや仕入れにこられるお客さんも屋号の入った前掛けをしていた。子供心にあの前掛けは商人のあたり前の姿で、何か商人の制服のようなものを感じていたものである。時々、父が若い奉公人さんに「前かけは商人の心や、店先の暖簾と同じで、大事にせなあかん。動く暖簾や。前掛けに恥じないように気張って仕事をせなあかん」と言っていたのも今は懐かしいものだ。

すると、番頭さんが「前掛けは腰にしっかり結ぶのが大事で、緩んでいるなんて以ての外や。商人失格や」とよく檄を飛ばしていたものだ。そこに持ってきて、当時のテレビ番組の「番頭さんと丁稚」とか「暖簾」というのを見て、前掛けの存在にお店の一体感のようなものを感じていたものだ。ところが今日ではそんな姿をほとんど見ることがなくなったが、西村さんにとっては、“今は昔”どころか“昔は今も”ということだろうか、前掛けにかける熱い思いに感動だ。

「そうなんですよ。あの前掛け姿にしっかり商品をお届けしなければという、商人の心意気や姿勢を見る思いなんです。バイトの子にジャンパーなどを着せて、中途半端なやり取りしかできない店員と違いますよ。あの1枚にその店の真摯な思いや活力を感じるんです。お店の誇りや一体感といったものも読み取れて親近感が湧くんですよ。今でも地方に行けば、酒屋や八百屋や米屋で前掛けをして立ち居振る舞っている人を見かけますが、あの風景はいつまでも残したいじゃありませんか。日本の伝統的な仕事着で、その店の本気度といったものを感じますよ。前掛けに揉み手、これが日本の商人の心ですよ」

もうこれだけで、西村さんの前掛けにかける熱い思いが伝わってくる。そこで前掛けの歴史についてお聞きしてみた。

「前掛けの始まりは江戸時代末期と言われています。身体の前にかけることから『前掛け』、『前たれ』と呼ばれ、働く人たちの腰を守り、衣類の破れや怪我の防止という実用的な面から重宝にされてきたんです。明治時代になると、屋号が染め抜かれ、お店の象徴になり、現在ではユニフォームや広告宣伝としても使われるようになっているんです。

日本一の前掛けの生産は愛知県の豊橋で、戦後、1950~70年代には折からの高度経済成長という時代の波に乗って爆発的に広まり、会社の屋号や商品名の入ったものが、1日に1万枚出荷されたそうです。綿の糸で厚く織られた長方形の記事に紐などがついたシンプルな形ですが、ここに来て、そんな前掛けの役割が見直されているんですよ」

●前掛けはコミニュケーションツールだ

それにしても、西村さんは40代と見たが、若い頃から伝統的な前掛けにこだわるというのはどこから来たのだろうか。単に昔帰りということではなく、西村さんの言葉を借りれば、「和の文化を守りつつ」という言葉に尽きるというものだ。そこで、前掛けをビジネスの軸にしたのはどんな理由からですか、とお聞きしてみた。

「私は学校出ると、食品メーカーに務めていたのですが、たまたま目にした、パソコンで生地などにデザインすることに魅せられ、漢字をデザインしたTシャツを企画、販売する会社を2000年の11月に立ち上げました。その後、立ち寄った愛知県の豊橋で前掛けを作る工場を見たのですが、職人は高齢化し、後継者もいない、価格も下がり続けている。そのため、質を下げてもコストカットをしなければやっていけない状況を知ったのです。すると、これが無くなれば前掛けという和の文化の一つの象徴が消滅してしまうという危惧を抱いた私は、自らがこの仕事にかけようと心が動いたのです。

さっそく、縁という思いを込めた『エニシング』という会社をたちあげ、1つの試作品を作り自社サイトに載せると、200枚というオーダーが入ったのです。まさに縁が実ったんですね。これはいけると思っていると、あの人気の東急ハンズさんが興味を示し、前掛けの売り場を設けてくれました。そこで、前掛けがなぜ売れるのかを調べてみると、前掛けは人が人に贈るギフト商品であることを知ったのです。送別会、還暦のお祝い、結婚式、金婚式などの贈り物として買われてるんですよ。“よし、これは仕事着ということより、コミュニケーションツールとして売れば”ということですよ。本格的にやろうということで、当時住んでいた武蔵小金井に事務所を構え、あの豊橋の職人さんとコラボし、“世界で1枚、感動の贈り物”というフレーズで売りだしたんです。

すると、効果覿面、徐々に火が付き、それまではコストダウンに軸足を置いていた職人さんのモチベーションも変わり、モノの良さで勝負、本物を作れば売れるということですよ。前掛けの存在感も一気に高まる、すると、産地の豊橋も力を入れる。工場も街も活気づくということになって、この商品が次第に全国区になってきたんです。

その後はニューヨークで前掛けの展示会を開いたり、豊田自動織機と提携して展示会を開いたり、三越百貨店とジョイント展示会を開いて前掛けの存在を啓蒙、促進してきました。その間、東京商工会議所や経済産業省の名誉ある賞を受けるなどして、すっかり全国区になってきました。おかげ様で事務所も手狭になってきたのと、都心で勝負ということで、現在の元赤坂に事務所を移したんです」

●本物志向の徹底したこだわり

納得だ。西村さんの前掛けにかけた思いに大輪の花が開いたのだ。そこで伺ってみた。では、エニシングの前掛けの特徴はどんなところにあるのだろうか。基本的には4つのこだわりを挙げられたのでその大要を紹介させていただこう。

「前掛けの基本的な役割に注目して、その実現を目指したんです。その4つとは第1に、重い荷物を持ったりするので、とにもかくにも腰を守る。第2に、日本酒などケースを運ぶとき、洋服が破れないようにするため前掛けを肩にかけるので、それに素早く対応できるようにする。第3に、熱い熱気のそばで仕事をしなければならないこともあるので防火仕様として熱気から身体を守る。第4に、お店の屋号や商品の名の明記して広告宣伝的な役割を果たすということです。

そこで私はこれらを徹底的に究めるために、次のような仕上りの実現をこだわりぬいたのです。簡単に紹介すると、まず第1に掲げたのは“太い糸で、厚く織る”ということです。そのためにやったことは、昭和30~40年代に作られていた『1号前掛け』にこだわり、昔の前掛け本来の厚みを現在に蘇らせたんです。まさに原点からの出発ということでしょうか。1号の魅力をもう一度復活させようということにこだわったのです。分厚いと柔らかいという一見反することを同時に実現していることがエニシングの最大の特徴です。長持ちの面でも格段にアップさせていますからね」

製造には自動車のTOYOTAの前身である豊田自動織機の織り機を現在でも使っていると言われるのだから、西村さんの和の文化に対するこだわりをここでも見ることができるというものではないか。

「第2のこだわりは、“人の身体にフィットする前掛け”ということです。織物は縦糸と横糸の打込みで生地の風合いが大きく変わりますが、一般的な帆布ではなく、糸や打ち込み方の工夫で体に自然になじむような柔らかい生地の使用し、身体に自然になじむような仕上げに徹底的にこだわっています。

第3のこだわりは、“伝統の色、色落ちしない染め”に対するにこだわりです。厚手の生地を柔らかく色落ちもほとんどなく染まるようにしています。洗濯堅牢度の検査でも高いランクを保っていますので、安心して使用できるのがうれしいですね」

●NEXT STAGEはもう始まっている

そのほか、エニシングならではこだわりが多々あるのだが、前掛けに要求される基本的な要素を究められたことが、やはり功を奏したということだろう。その根底にあるのは、前掛けの使い方を見直し、原点から本物を作ろうというところから出発されたことに尽きるのだ。その結果が現在は都心の真ん中、港区の元赤坂に移転したことにあると西村さんは熱い。

「ある面では1つの目標を達成しました。そこで得た経験、ノウハウを NEXT STAGE につなげていくのかがこれからの課題です」と言われるので、最後に今後の方向性について伺ってみた。

「残念ながら、蘇ってきた前掛けの産地の豊橋には相変らず後継者はいない。せっかくの基盤があるのにこれでは宝の持ち腐れです。そこで、前掛けにこだわって、製造と研究拠点を作り、若い職人さんを育てています。また、ここ赤坂では大手の流通企業と手を組んだ本物の量産化という新しい流れをつくっていきたいと考えています。さらに、多摩から都心へ向かっていったように、これからは都心からアジアや西欧に向かってという考えを徹底して、まさにNEXT STAGEを究めていきたいですね。2020年のオリンピックなどもあって、前掛け文化を世界に向かって発信していけるのが楽しみですね」

相撲の一手で“前さばきがいい”とよく言われるが、前さばきならず前掛けで時代と勝負というエニシングの新たな挑戦 NEXT STAGE はもう始まっている。

文 : 坂口 利彦 氏

こだわり人[2018.11.30]

スガツネ博~空間に新たな息づかいを与える金物パラダイム~ / スガツネ工業株式会社

いったいこの世はどこに向って進んでいくのだろうか。交通、コンピュータ、通信、電波などの進歩、発展が、大きく世の中を塗り替えたことは紛れもないことだ。時間や距離の概念が全く変わってしまっている。それに追い打ちをかけるようにスマートフォンなどのプライベートメディアの登場だから、その進歩、発展のスピードに少し先を生きてきたものとしてはいささか戸惑うということ目白押しだ。まさに技術が技術を呼んで、それいけ、やれいけだ。

そんな技術オリエンテッドな世を生きていく上で重要なのは、いまある技術のチェックやこれからの時代を背負う技術、さらには次代の方向性を描いていく技術などを今一度真摯な目で見て、触って、納得してということではないだろうか。結局、この世の進歩、発展は自分で作れないのなら、人が作ったものを学び、受け入れ、納得できるものはどんどん使っていけと、歴史が教えている。幸い人間は"いいものを見た、これは使わなければ"と決断するから進歩、発展に加速度が加わるというものだ。

振り返ってみると、創業90年を前にしたスガツネ工業の歴史は、この公開精神、丹念に作り上げたこだわり製品をご覧いただき、使っていただくという積み重ねの歴史だ。いや、歴史というより、公開することによって、ひと足先にその便利さや効用を手にして、次代への夢を膨らませてくださいということなのだろうか。最近も、あるオリンピックアスリートがなぜ公開練習するかと問われると、「公開によって自分の技術が見える、今日までの汗が本物かそうじゃないかがわかる。もし本物でないと、技術磨きに一段と力をこめる。最終的にはその流した汗が時間を越えて新たな記録に結び付くから、やっぱり初めに公開ありきです」と言っていた。

モノづくりにこだわるスガツネ工業のそんな想いがまたまた結実だ。実際に見て、触って、言葉を交わしてというリアルコミュニケーション精神にいま一度着目して、プライベートショーを東京、大阪、名古屋の3カ所で開催した。大阪は5月、東京は10月、名古屋は11月。「空間価値を創る金物」と名乗った『スガツネ博』だ。"印刷物や電子メディアでもない、実際の商品を目の前にしたリアルな世界に勝るものはない。さまざまな利用シーンがイメージできる。これで納得して、自分たちの図面に書き入れることができる。そしてお客様に進めることができる"というお客様の声に応えたものだ。そこで、今回はスガツネ工業の2018年の最大のビッグイベントとしてお客様とスガツネ工業の触れ合い、お客様同士の交流、交歓を深めた『スガツネ博』を、会場でお聞きしたお客様の声を交えながら紹介しよう。

こだわり人 ファイル075

スガツネ博~空間に新たな息づかいを与える金物パラダイム~

スガツネ工業株式会社(東京都・千代田区)

2018年も早や秋だ。猛暑、猛暑と言われた夏も終わり、荒れ狂ったこの国も少し平静を取り戻しつつある。そんな中、災害復興や2020年のオリンピックなどを控え、また新たな動きを見せている。前向きな我が国の住人だ。住環境、公共環境、商業環境、自然環境・・・いったいどこに向かって進んでいくのだろうか。いや、どこに向かって加速度を上げていくのだろうか。

私たちの毎日はこれらさまざまな環境を構成する空間での出会いであり、包み込みである。これから先も人間の生命空間は、形は変わっても、そこに人が、動物が、植物が生命を永らえていくというスタイルは不変だろう。それだけに新たな空間の誕生、長年、親しんできた空間の維持・撤去、空間の再生といった問題は常につきまとうのである。まさに空間は、そして環境は、ある面では人間の生存史であり、人間の生命史だからそのための技術、技法は最重要視しなければならない課題なのだ。ある著名な建築設計家はこの『スガツネ博』は「ここは、多様な空間に新たな息づかいを与える金物のパラダイム」と言われたが、今回の内容はまさにそこに照準を合わせたもので、今日的な課題に応えると共に次代へのニーズや夢に拍車をかけるものなのだ。

●幕開きはお客様とスガツネ工業を結ぶ総合カタログから

東京会場(エントランス)

東京会場では、お客様のおもてなしをイメージに表したレッドカーペットを歩くと、真っ先に目に飛び込んでくるのがスガツネ自慢のその数20,000点を超える製品を納めた総合カタログの象徴的なオブジェだ。お客様とスガツネ工業を身近につないできたあの多様な製品が、"今日はカタログから飛び出しました。これから後に続く展示ゾーンをゆっくりご覧下さい"というメッセージを発している。後に続く製品群を早く見たい欲求がいやがうえにも高められるというものだ。

では後はどんな展開が待っているのだろう。今回の『スガツネ博』の5つの実施ポイントをクローズアップさせていただこう。

1.変化の時代に、変化の先取り!

百花繚乱。花盛り技術の競演。世の中の進歩、発展を支えてきた技術にも賞味期限ありということだろうか。いやいや、新しい時代の技術を取り入れて、次代へのハンドルを切って行こうということだろうか。変わるビジネススタイル、暮らしのライフスタイル。変わる市場マインドの変化にスガツネ技術をオーバーラップさせようということである。

建築金物や家具金物に期待される「スペース」「機能性」「操作性」「耐久性」「安全性」などの課題を追求したスガツネ工業のこだわりの技術をパノラマ的に総合展示したので、その一つ一つの使い心地、具体的な効用や便利さ、さらには設置や施工の容易さを身近に感じて頂きたい。お客様自ら体験できるデモンストレーションは好評で、多くのお客様から「こうして自ら触れ、操作できたので、一つ一つの機能が明白になりました。イメージが膨らみ、次の一手が鮮明に浮かび上がりましたよ」という言葉も多かった。

大阪ショールーム(こだわり金物コーナー)

東京会場(電動スライディングウォール)

2.それぞれの所で、それぞれの発見!

求められるのは何ですか。業種や規模によって金物の使用ニーズもさまざまである。「快適性」「安心・安全性」「省力化」「高級感」「雰囲気、印象度」。そこに「施工や取り付け」も容易、「コスト意識も徹底」ということであれば、申し分なしということだろう。まさにスガツネ工業の真髄、ここにありだ。伝統のある建築金物や家具金物に加え、着実に根を下ろす省力化、効率化などの新たな金物を目の当たりにすることができる。

時代は先追いの時代だ。これからの先行きに具体的な展望を描き、その勢いを成果に結び付けていく時代だ。となると、いま一度、スガツネブランドに目を光らせてほしい。ベテランの建築設計家は言った。「派手ではないが、一歩一歩、その極致を追い求めていくスガツネ製品によって自分好みの納得のシーンを展開、繰り広げられるなんて、感激ものではないか」。

大阪ショールーム(Zwei Lコーナー)

東京会場(建具金物コーナー)

3.生命が宿る発展的シーンをイメージできる

一口に空間と言っても多彩で、動いている。住宅空間、商業空間、公共空間などなどに、大なり小なり新たな誕生があり、修理、改装、再生などが付きまとう。まさに空間は生き物だ。それが、歴史的な資産、財産ということになると、簡単に手を下せず、修理部品、再生部品には念には念の入った納得できるものが求められるのだ。もちろん技術者の技能、技量といったこともあるがそれらを安心して任せられるハードやソフトの機能に加え、その運用は不可欠である。

聞けば、建築施工士も、設備士も言われる。「今日から明日、明日から未来へと続くさまざまな空間がいつ行っても新鮮、人とハードが一体となった元気な空間がより具体的にイメージできるのでスガツネ博は見逃せません。製品の選択、決定なども非常に容易になりましたよ。」だ。

名古屋会場(商業施設向け金物コーナー)

4.豊かな経験、実績に教えられる多彩なセミナー!

豊かな経験と実績が次代への応援歌だ。自らの実績や経験を携えたベテランの建築設計家やインテリアデザイナーの方は熱く語るメッセージに耳を傾けていた。時代の潮流をとらえ、また次代を先気取っていくホットなメッセージを頭に叩きこみ、これからのクリエイティブ活動に生かしていただきたいではないか。同時に、すぐそばに展示されているスガツネの製品群にも関連付けて、大いにイメージを膨らませていただきたいということだ。

すると、聴講された多くの方が言われたね。「印刷物やWEBで得られない本物のリアルなメッセージに耳を傾けました。知的好奇心はゆすぶられ、新たな発想と行動心が生まれました。いくつになってもこの道のオーソリティには耳を傾けて行けということですね」

この国の底力はこのような場から、着実に根を張っていくのだ。

5.リアルコミュニケーションと連携プレー

ホットな触れ合いコミュニケ-ションの場での出会い、お互い顔を見ながらのリアルな場で会話が弾む。お客様とスガツネ工業の出会いは今日的な課題解決と次代への可能性を広げていく。お帰りにお渡したスガツネ工業の総合カタログをモチーフにした記念品のメモ帳をしっかり手にされたお客様の晴れやかな顔に現れている。まさに総合カタログから飛び出した製品群との身近なひと時だったが、そこに意義がある。また、明日からのそれぞれの新たな行動に結び付けていただきたいものではないか。

「今や、総合カタログはもとより、パソコン、タブレット、スマートフォンなどアクセス便利なデジタル端末がある。これによってスガツネ工業との距離がさらに縮まった。いまやビジネスのワークスタイルになったデジタル端末は私たちとスガツネを結ぶホットラインとしてどんどん使っていかなければ」と、老若を越えて熱い声だ。

そして最後に本展示会の事務局長の狩野氏の言葉を紹介しておこう。「入り口から出口まで、製品満載、情報満載の『空間価値を創る金物―スガツネ博』です。改めてお客様とのパートナーシップの重要性を肉感した大阪、東京、名古屋でした。これからも時代と向き合いながら、まさに時代は技術によって動いていくことを座右の銘にしながら、具体的な形で示していきたいですね。」

<セミナー講師のご紹介>大阪、東京、名古屋セミナー開催順
橋爪 紳也 氏「大阪の底力、夢は大きく、活気ある街づくり」
大阪府特別顧問、大阪市特別顧問、大阪府立大学研究推進機構 教授、大阪府立大学 観光産業戦略研究所 所長
村田 智明 氏「感性を可視化しビジネスに生かす『感性ポテンシャル思考法』」
京都造形美術大学 客員教授、神戸芸術工科大学 客員教授、株式会社ハーズ実験研究所/METAPHYS 代表取締役
間宮 吉彦 氏「スペースデザインの現状とこれからの方向性」
株式会社インフィクス 代表取締役社長、大阪芸術大学 デザイン学科 教授、九州大学 芸術工学部 講師
島田 陽 氏「知性と感性、町に息づく家づくりを求めて」
タトアーキテクツ 代表、京都造形芸術大学 客員教授
山梨 知彦 氏「建築デザインの可能性と未来」
株式会社日建設計 執行役員 設計部門代表
畑 友洋 氏 「人に優しい環境と住まいの調和、発展」
畑友洋建築設計事務所 代表、神戸芸術工科大学 准教授
木村 秀一 氏「IoTが実現する新しい生活空間」
レンジャーシステムズ株式会社 執行役員IoT事業部長
富田 直美 氏「時代の新しい流れを創る」
株式会社hapi-robo st 代表取締役社長、ハウステンボス株式会社 取締役CEO
橋本 夕紀夫 氏「伝統に学ぶ革新」
橋本夕紀夫デザインスタジオ代表、東京工芸大学 教授、愛知県立芸術大学 非常勤講師
小坂 竜 氏「スペースデザインの現状と次代への夢」
株式会社乃村工藝社 執行役員、A.N.D 代表
島村 一志 氏「VIEW-INTERIOR! インテリアの眼で観る!!~時代のダイナミズムを担う産業としてのインテリアに向けて~」
公益社団法人インテリア産業協会 参事
川崎 和男 氏「実践的デザイン論、世界に通じるニッポンのものづくり」
デザインディレクター・博士(医学)、大阪大学 名誉教授、名古屋市立大学 名誉教授
岸 和郎 氏「建築のさらなる可能性を求めて」
建築家 K.ASSOCIATES/Architects 主宰
川田 学 氏「デザインクリエイティブへの、熱き想い」
ヤマハ株式会社デザイン研究所 所長

文 : 坂口 利彦 氏

こだわり人[2018.10.18]

理容の伝統と未来へのこだわり / 大野悦司(東京・中央区)

暑い暑い。何かと燃える太陽と向かい合う夏だった。身ぎれいにして、少しは身も心も和らぐ秋を迎えようではないか。それでもこの夏の一服の清涼剤になったのは、あのボランタリおじさんの心意気だ、思わず2才児もやさしい呼びかけに身体が反応したのだろう。

ボランタリと言えば、なぜかボクの頭に恩師と仰ぐ直木賞作家で、夜の人気番組「イレブンPM」の司会者であった藤本義一さんが蘇ってきた。今から23年前に起こった阪神・淡路大震災で、震災遺児や孤児のために、[希望の家」を建て、心のケア活動を献身的に行われたのである。

人それぞれ、ボランタリの形はあるが、藤本さんと初めてお会いしたのは50年前、大阪に住んでいた頃だ。以来、その物腰のやさしさ、言葉の使い方に魅了されて、その言動の一つ一つに“人間、藤本”を見てきたのだが、この幼児救出ボランタリおじさんが飛び火して、また一人、ボランタリ精神で自らの生きざまを理容という世界で昇華させている御仁が我が頭の中で舞い踊った。“おぎゃあ”と生まれてから老いていく中で、人それぞれの人生がある。その人生に美と健康と安らぎを与え、英気と精気をお届けするという理容の役割を今一度見直し、培われてきた伝統の上に時代の進むべき進路に光を投げかけるというこだわり人、大野悦司さんだ。「うわべだけではだめ、すべてに渡って“上質”を合言葉に自社の経営はもとより、伝統ある理容文化をさらなる未来に結び付けることだ」と熱い。 

ということで今回は、理容の世界にもっと光を、そしてその光を人々に広く拡散してという理容文化の永らへ人、“繁盛理容店の出発点は店舗構成にあり”と言われる大野悦司さんのこだわりに着目させていただいた。

こだわり人 ファイル074

理容の伝統と未来へのこだわり

大野悦司(東京・中央区)

●老舗が集う日本橋の繁盛店

大野さんのフイールドは広い。「大声を振りかざしてではなく、こまねずみのように動くのが性に合っていますよ」の言葉が言い当てている。中央区日本橋、三越本店の斜め前、中央通りに面して『ヘアサロン大野』(本店 艶出専科)を構え、東京のほか、帝国ホテル大阪など東西の老舗ホテル等にも趣のある11店舗を設けておられるのだから、その手腕は推して知るべしだろう。江戸日本橋という土地柄もあるのだろう。伝統ある町のイメージと新しい時代の空気感が漂い、ヘアサロン大野の本店は独特の雰囲気をかもしだしている。まさに、店舗プロデューサーの手腕もここにありだ。

大野さんは昭和9年に東京・蒲田で開業された理容師の父、孝次郎さんの子で、理容師としては、高校1年の昭和38年、後継ぎを決意し父のもとに弟子入りした時から始まる。昭和45年に慶應義塾大学経済学部を卒業した時には当時の堤清二社長に請われ、『静岡の西武百貨店』内に出店。経営を任されながら技術者でもある店長としてプレイイングマネージャー的な手腕を発揮された。そして昭和60年からは先代の志を受け継ぎ、『ヘアサロン大野』グループを陣頭指揮してこられたのだ。

「思えば理容歴55年ですが、父は近代理容業の草分けと言われる大御所、篠原定吉氏に師事し、戦後の昭和23年に現在の日本橋本町に本店を設けて事業の拡大を図りながら、日本の理容技術の向上、発展のけん引者として全国理容組合中央講師会幹事長のなどの役職を担ってきました。その父のDNAが身体にしみこんだというのでしょうね、親子二代で幹事長を務めさせて頂き理容界の発展と理容の未来を追いかけ続けてきましたよ」

●メッセージ性のある店づくり

大野さんの理容への想いは、その長い経験から生まれるのだろう。

「理容店に限らないとは思いますが、店の存在感、価値観の出発点はメッセージ性のある店舗づくり(コンセプトの創出)ですね。それぞれの時代の社会背景や立地条件とを前提に近未来にまでわたるお客様に必要とされる店創りなんですよ。

現在、理容店は全国に14万件以上ありますが、それぞれの店舗にとって一番大事なのは地元の人々に愛され、親しまれることですね。そのためには何をしなければならないのかというと、その土地に根づいているという空気感を取り入れ、時代に同化させることですね。ここ日本橋について言えば、お江戸日本橋、東京の中心、歴史にとんだ伝統的な土地柄を大切にしながらも、常に新たに生まれ変ろうしているチャレンジ精神が漂っている。お洒落で、粋でイナセな江戸っ子気質、この気質を活かした店づくりですね。伝統と革新の融合した店づくりです」

大野さんのこだわりは明白だ。いま、オリンピックを前に世界の建築家やインテリアデザイナーが注目している日本橋だ。これから先、これまでの歴史の上に立ってどんな未来が描かれていくのか、日本橋の動静が気になって仕方がないという。すでに大野さんの頭の中にはそんな人々の想いがいち早く根づいているのだろう。その兆しを次の3つの観点から具体化しましたと言われたので、その大要を紹介させていただこう。まさに、大野さんならではの店舗づくりへのこだわりだ。

「まずは、日本橋という土地へのこだわりです。江戸開府以来、日本橋は日本道路元票がある日本の中心であり、商業、金融、芸能の原点として、数々の歴史を刻んできました。あの三越をはじめ、ニンベン、山本海苔、栄太郎、など昔ながらの老舗が暖簾を並べています。そこに近年は、コレドなどの商業施設や全国のアンテナショップ、ファッションビルが立ち並び新しい顔を見せている。また日本橋に再び青空を取り戻そうと「日本橋ルネッサンス100年委員会、名橋日本橋保存会」などが中心となり世論を形成し、未来音を轟ろかそうとしいています。江戸城築城や数々の大名屋敷の普請に携わる職人集団を抱えてきた日本橋が「江戸っ子」生み出し、京都から下ってきた数々の上方の生活文化を真似ながら江戸物は「下らないもの」と言われながらも次第に江戸風に塗り替え、明治維新に至っては全国に先駆け天皇をはじめとして丁髷を断髪し西洋理髪、西洋文化に切り替える気風が息づく街です。その一角に店を構える「ヘアサロン大野グループの本店」としては最高の内容と品位でお客様をお迎えしたいということですよ」

確かに大野さんの西洋理髪へのこだわりは中央通りに面した明るいが落ち着きと大人の雰囲気を醸し出す店舗空間に宿っている。伝統と革新「Traditional & Modern」ということだろうか。店内の陳列ケースに並べられたヨーロッパやアメリカから逆輸入されてきた、古伊万里の髭皿、マグカップ、等の数々のコレクションには魅せられる。毎年のように訪問する、ロンドンからおしゃれなイギリス紳士御愛用のメンズコスメラインがずらっと並んでいる。この場所にこの店ありだ。ある面では理容博物館的な雰囲気がこの店の存在をいやがうえにも盛り上げているのである。

●お客様の心へのアプローチとネット時代への対応

「こだわり店舗の2つ目は、お店の中をカスタマイズしたいので、オープンスタイルではなく落ち着いたプライベートな個室スタイルにしたことです。喧騒とした都市生活者に音もなく、光も抑え、心和らぐ時間を持っていただこうということです。穏やかなひと時に調髪や髭剃りなんていいじゃないですか。ここに来れば身も心も癒されて、明日も頑張ろうという想いになっていただこうということですよ」

ひと味違う、ワンランク上ということだろうか。私自身もその個室ルームに座らせていただいたが、確かに身体の心からリラックスさせてもらったいい気分なのである。

「3つ目は、今や時代はデジタル。店舗経営もネットワークの時代です。そこで、取り組んだのがその対応。未来派対応ということですね。この店はもとよりグループ店舗はすべてPOSレジによるネットワークシステムを確立しました。」

「点から線へ、線から面へという発想で、お客様一人一人の髪質や髪形、どのようなサービスを受けられたかを詳細に記録したお客様カルテを作り、東京・大阪にあるどの店に来られたお客様にも、いつものような気軽にご利用いただけるように素早く対応できるようにしております。すべてのお客様を全店舗で共有していく、これからはそんな時代ですよ」

正直、大野グループは理容店として大きな変貌を遂げていることに驚きだ。伝統と未来の狭間で、従来のイメージの理容店でないことを実感させられる。いや、裏を返せば、これからの時代を生き抜いていくには重要なアイテムであることを、改めて教えられたのである。かつてこの界隈も江戸の浮世床から始まって、男性のモダニズムの歴史を刻んできたが、その男衆のために、いま何をやらなければならないかということなのだろう。伝統と革新、未来への狭間で生きる大野さんの発想と実践ということではないか。

「『日本の商業地、近代の夜明け』と言われてきた日本橋を見れば、江戸の浮世床から現代に至るまでの男性のモダニズムを身近に見ることができますが、移り変わる時代の中でこれからの男性はどんな印象力(ビジュアルメッセージ)で生きていくかということですね。男性はもとより女性、子供、お年寄り、男女を問わず全世代的、全世界的な人達にとってなくてはならない存在でありたいですね。ある面では理容は一生もん、“健康生命産業”的な役割を果たしているんですからね。いまや日本の理容技術は世界一のブランドですからね、これは、3年前に進出したベトナムのハノイ店でベトナムの方々や現地で働く日本の方々から得た実感ですよ」

“こまねずみのように動くのが私ですよ”と言われたが、とんでもない。この想いが大野さんの真骨頂ということだろう。理容史の生き字引であり、未来の理容の手引書ということだ。そして、最後に、こんな一言を言われたので、それを紹介しておこう。

「私は理容のシンボルであるサインポールのように理容界が絶えることなく発展する姿を描き続けて続けたいんです。これが、多くの人々に対する私流のボランタリ精神なんですよ。思えばお江戸日本橋の街の変わり様は凄い、伝統と未来が交差しながら町が塗り変わっています。私の地元への愛着心には限りなく、中央区の東京都理容生活衛生同業組合連合会の中央支部長を長年務めさせて頂き、理容はもとより美容、ホテル、旅館、クリーニング、浴場、劇場・ホール、映画館、スポーツクラブ、等々、環境衛生にかかわる事業の成長・発展と安心・安全な市民生活の保持、推進を実現するお手伝いとして中央区環境衛生協会の会長など要職を担ってきましたが、私たちは理容を通じて人間生活を心と体を大切にすることで社会に貢献したいという発想と行動で頑張りたいと思ってこれまでも、これからも行動して参ります。日本橋は昔から日本全国の道路網の起点でもありますから」

元気一杯、大野さんのひと味違ったボランタリ精神から生まれる理容文化、いや、生活文化への綴りは果てしなく続いていくんだ。

文 : 坂口 利彦 氏

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