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王国のコラム

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こだわり人[2012.02.06]

宇宙へのあくなきこだわり/埼玉県 草加市の渡辺教具製作所

"必要は発明の母なり"。モノづくりへのこだわり人をクローズアップさせていただくと、改めてうなずかされてしまう。結局、世の中の進歩、発展は必要を形にしてきた人間の知恵の集積以外の何物でもない。
そんな中で今回は、世界や宇宙をもっと身近にという必要から地球儀や天球儀を作って75年。宇宙へのあくなきこだわりを持つ渡辺教具製作所に着目させていただいた。

こだわり人 ファイル004

宇宙へのあくなきこだわり
埼玉県草加市の渡辺教具製作所

 閑静な住宅地に本社と工場が棟づたいに並ぶ渡辺教具製作所。なんといっても印象的なのは入口前に設置された地球儀である。直径1メール以上はあるだろう、もうこれを見ただけでこの会社のブランドイメージが読み取れる。強い日差しや雨風にさらされて10年以上も経つそうだが、色は落ちず張り合わせにもまったくずれがない。地球義へのこだわりをシンボリックに伝えている。

多彩な地球儀のオンパレード                           渡辺社長と鮮やかな地球儀                            「彩の国工場」に指定され、企業活動を通じた
                                                                                                                                     地域貢献をされている

 しかも、WEB検索でこの地球儀の存在を予習してきたが、やはり、現物の力だ。触れた手からこの製作所の地球儀への思い入れがどんどん我が身体に入り込んでくる。そして、社屋に一歩足を入れると、さらに追い討ちだ。部屋のここかしこに置かれた大小さまざまな地球儀が眼に飛び込んできて、何か懐かしいものに出会ったということか。地球儀を始めて見た少年時代がなぜか次から次へとよみがえってくるのである。
 確か小学1年生の時である。"ほら、壁に貼った地図では地球が丸いと云う実感がなかっただろう。これだと世界の国々の大きさや位置関係が一目でわかるだろう。日本の裏側はブラジルだよ"と先生は云っていた。その後、この年齢になるまで科学館やデパートなどで表情豊かな地球儀を幾度となく見てきたが、どうも地球儀は最初の出会いが頭に残るようである。そういえばあの時、先生は"小さな日本に止まらず、君たちも大きくなったら世界に飛び出して行ってください"とも云っていた。

 ありがたいことだ。地球儀には外へ外へ飛び出して行けというエキスパンション機能に加え、過ぎ去って時代を呼び戻すカムバック機能を持っている。世に云う"心の旅路"をしたような気分にしてくれるのである。すると、この製作所の渡辺社長はわが心の揺れを察したかのように開口一番云われたのである。
「Learning through the Universeー宇宙を学び、宇宙を身近に知る。これがうちの会社のモットーなの」。なるほどだ。そして「そのために私たちは、人間と世界、いや宇宙との距離を縮める懸け橋的役割を担い、人の心の中にある遠くを眺める心と内なる自分を眺める心を育ててあげたいの」と言葉を添えられたのである。この想いが地球儀へのこだわりなんだろう。地球儀で表される情報の正確さと永く使っていただくための強度の確保については比類なき努力をされている。「そうなんですよ、地球儀の生命は情報の正確さなの。そのため政府の発表する世界情勢などには四六時中、眼を光らせていますからね」。
というのは、領土問題などで国によって境界線が異なっている場合がある。また、20世紀最大の環境破壊といわれた中央アジアのアラル湖のように海が地球上から消えていくようなことがあるからである。

 確かに時々刻々と変わっていく地球だ。情報の正確さ、最新の情報へのこだわりは想像して余りある。そのため、需要の多い行政地球儀については製図製造年号を入れておられるし、一度購入されたものでもお客様のリクエストがあれば新たな地図情報に貼りなおすというサービス(有料)を行なうと云う徹底振りである。
 また、東海大学の情報技術センターとの産学連携によって衛星で撮影された地形画像をもとに正確性をはかったり、文部科学省や宇宙航空研究開発機構JAXAや国立天文台NAOJといった機関と連携して最新の情報表示に務めておられる。まさにこのこだわりなくしてなんの地球儀かと云うことだろう。現代、地球儀メーカーは国内に数社しかなく大半は外国メーカーであるが、この業界のけん引車的役割を果す秘密はここにあると云うほかない。

 ところで、この会社では年間3〜4万個の地球儀を制作されているが、9割が機械生産、1割が手作り生産である。事業を展開する上でそれぞれのよしあしがあるそうだが、機械生産では地図を印刷した厚紙をプレスして半球状に加工した後、二つを重ね合わせて一つの球体にされている。一方、手作り生産は18分割した地図をプラスチックの球体に1枚1枚張り合わせていくと云う作業をされている。この方法だと紙の縦横伸縮の違いを見極めながら貼っていくので隣り合う地図との誤差が極限までなくなる。その上、貼り終わった球体の表面に塗装をかけ、強度の面でもこの上なく安心を確保されている。
 しばし、職人さんの手捌きを見ていたが、気になるのはこんなこだわり地球儀は何種類ぐらい作られているかということである。すると間髪いれずだ。「2階のミニ博物館「地球&宇宙」に案内されたのだが、またまたおどろきだ。たちまちのうちにわが身を大小さまざま、色とりどりの地球儀が包みこんでくるのである。"30種類以上はありますよ"。この博物館の学芸員として執務されている詫間氏がこういって多彩な地球儀を紹介されたので、そのこだわり地球儀の代表的なものをクローズアップさせていただこう。

2階のミニ博物館「地球&宇宙」に並ぶ色とりどりの地球儀
左から「地勢地球儀」、「インテリア地球儀コロナ」、「ラ・メール海洋地球儀」、「夜の地球儀」

 もっとも一般的な国境線を色分けした『行政地球儀』から始まって、山や川などの地形を現した『地勢地球儀』、国境線がなく海や湖は白、陸地を黒で表現した『インテリア地球儀コロナ』、伝統的な古式豊かな色使いの『アンティーク地球儀』、海洋底の詳細データを入れた『ラ・メール海洋地球儀』、世界の夜間の様子を表した『夜の地球儀』、色弱の人でも色分けがはっきり読める『銀波ユニバーサルデザイン地球儀』・・・などなどがある。その上、直径が64cmもあれば12cmもある。まさに地球儀のテーマパークだ。地球儀へのこだわりがこれでもかこれでもかと迫り来るのである。


月の表面を現した「月球儀」と、赤い星「火星儀」

小さいながら、春夏秋冬の星座を感じ取れる「プラネタリウム」

 そしてさらに詫間氏は"こちらもご覧ください。今では創業以来の地球儀に止まらず、天球義にも力を入れています"である。するとあるは、あるはである。
 月の表面を現した『月球儀』、月の高低を色分けした『かぐや月球儀』、赤い星といわれる『火星儀』などが目に飛び込んでくる。その上、奥には星座早見盤があるし、世界の岩石や化石が展示されている。
 もうここまでくれば渡辺社長の宇宙への想いが半端じゃないことが骨身に沁み渡る。すると、詫間氏は止めを刺すように"どうぞ、ここに座ってください"とくる。見るとそこには小さな『プラネタリウム』の世界だ。いい感じだ。春夏秋冬の星座の動きが手にとれるように学べる。"時に、地元の子どもたちや住民の皆さんの要請に応えて、天文教室を行なっているんですよ"と宇宙へのこだわりはつきることがない。

 それにしてもすごい。ちょっとしたカルチャーショックだ。失礼だが草加市と云う小さな町工場で世界と、いや、宇宙と向かい合っているなんて何とファンタスティックか。人間と世界、人間と宇宙の距離を縮める懸け橋なんて、何と雄大な夢をお持ちなんだろう。"世界は広い、宇宙はもっと広い。日常のこせこせとした小さなことにあまりとらわれないで、宇宙的な大きな視野から自分自身を見つめ、大きく羽ばたきなさい"と檄を飛ばされているようだ。家具ではない。文房具でもない。まさに人の行くべき道を教える教具だ。こんな会社があることに改めて感謝だ。
 そう云えば、渡辺教具製作所がスポンサーになられているメールマガジン「月探査情報ステーション」の編集長であり、会津大学の助教授である寺薗淳也氏は語られている。"まだ見ぬ世界へ旅立とうとする人類の挑戦への気持はおそらく人類の遺伝子に刻まれた宿命であり、永遠に続く旅への道のりかも知れません"と。
 となると渡辺教具製作所はその道案内人なんですね。

文 : 坂口 利彦 氏