こだわり人[2012.07.12]
小さな世界だからこそ、大きな世界が見えてくる
住宅、オフイスビル、商業施設などなど。立ち上がり前の想像力を高める建築模型。そこに独自のパラダイムを描かれる一級建築士。広大な世界が机の上の小さな世界から拡がっていくと云う。今回は、そのこだわり人に着目させていただいた。
■こだわり人 ファイル008
小さな世界だからこそ、大きな世界が見えてくる
一級建築士の寺田尚樹氏
日課、いや、週課だ。とにかく週に一度は図書館に行ってのブックウォッチング。ちょっと気になるタイトルだと、かたっぱしらからページをめくっている。2時間、3時間なんてすぐに経ってしまう。日本最初の公開図書館は仙台藩が設置した『青柳文庫』(幕末から明治維新に至るまで)と言われているから、仙台藩の先見性に感謝というものである。
そんなありがた図書館で特にお気に入りは子どもコーナーである。絵本、童話、学習本、百科事典。どれを取り上げても硬くなった我が頭の中をかき回してくれる。これなら子どもの頃にもっと読み漁っておけばよかったのに。

思い巡らしているときに飛び込んできたのが、『紙でつくる1/100の世界』
と云う真新しい本である。
なんだ、これは。ページをめくると、『建築模型用添景セット』という名で、紙のミニュチュア模型で作られた人間のさまざまなポーズが写真で綴られている。歩いたり、座ったり、今はやりの土下座をしたり。家具や車や樹木もある。そこには、妙なこだわりがあるではないか。作った人はこの本の作者の寺田尚樹さん。一級建築士で『テラダモケイ』と記されているから、ボクの野次馬精神はたちまちのうちに点火だ。これはもうとにもかくにも"現物を見なくては"と、いつものWEB検索である。
すると、『建築模型用添景セット』はあの若者ファッションの街、表参道のお店で売っていると云う。ご存知のように表参道は最先端のトレンドを発信するファッションビルが立ち並ぶ所だ。その足下で『建築模型用添景セット』なんていうと、何かわけありげだ。点火した野次馬精神はたちまちのうちに燃え上がり、表参道へ向ったのである。
賑わう表通りから中に入った裏通り、何だかこだわりを感じさせる店だ。こだわりの組立キットにこだわりの店。お目当ての『建築模型用添景セット』は階段脇に、ハガキ大の袋に入って「オフィス編」、「住宅編」、「動物園編」といった名でぶら下がっている。なるほど、さまざまな生活シーンを想定した組立キットになっているんだ。すると、野次馬精神はさらに燃えあがり、ここは早く寺田さんにお会いして話を伺ってみたいということである。お店の方に寺田さんの事務所を教えてもらったのである。
事務所は新宿の歌舞伎町の職安通り沿い。周りは韓国ショップで賑わうホットな界隈だ。お会いするなりボクの直感第一印象読み取り機能が稼動だ。遠くを眺めながら思い出をしたためていく人、そんな印象がボクの頭の中にどんどんインプットされていく。世の中そんなに急ぐこともない。喧騒とした歌舞伎町と対岸にあるような穏やかさに寺田さんの奥深いこだわりマインドが見え隠れする。

聞けば寺田さん、'89年に明治大学の建築学科を卒業後、オーストラリア、イタリアの設計事務所に勤務。その後、ロンドンのAAスクールに学び、帰国後は建築やインテリアなどの空間デザインと家具などのプロダクトデザインとサインなどのピクトデザインの三つのデザインを手がけておられるそうだ。
「三つのデザインは表現方法が違うだけで、ボクにはそこで生まれる空気感が大事。人がこれらのデザインに接した時に心が輝き、何かハッピーな気分になってほしいのです。だから、『建築模型用添景セット』もそのような思いからなんですよ。折ったり、曲げたり、貼ったり。これを自由に使いながら楽しんでほしいんです」
空気感か。そこに、寺田さんならではこだわりがあるんだろう。言葉を変えると、デザインする人とデザインを受けとめる人の間で心が通い合うひと時が生まれることを「テラダモケイ」に託されているのかもしれない。そんな意味では"たかが組立キット"ではない、されど"組立キット"ということなんだ。
それにしても気になるのは、建築家が建築家向けの添景セットを手がけられるということである。言葉が悪いが、建築設計などをプレゼンテーションする際の模型の付随物ではないか。ある面ではライバルの建築家に塩を送るようなものではないか。そこにまた寺田さんなりのこだわりがあるのだろう。すると、こんな言葉を返してこられたのである。
「これを作るきっかけは仕事の関係上、建築模型を作っていたからです。建築模型は建築の仕上がりをイメージしてもらうため重要なアイテムなんですね。添景といって人物や家具や植木などです。ところがこれを造るのに建物などを造るよりも時間を取られてしまうので、あらかじめたくさん作っておけば、時間も随分はかどると思ったんですよ。だから、自分のためでもあり、建築業界のみんなの睡眠時間が増えればの思いですよ」

そこで一念発起。寺田さんは子供の頃から大好きだったプラモデルをヒントに、『建築模型用添景セット』を作られたのである。建築物などを作る前のあのわくわく感。そして出来上がりを思い浮かべるイメージのふくらみ。建築家なら皆が思うことを一枚のシートに見事に凝縮されたのである。
そのため『テラダモケイ』の一枚一枚のパーツのレイアウトやデザインは建築家ならではの目線でデフォルメされているし、とにもかくにも組み立てたくなるというアタッチメントに実に非凡なものがある。このリビングで家族の団欒ができるとか、この庭で愛犬と遊べるとかそれぞれの想いが立体的に描いていけるわけである。
「こだわりと言えば、特に頭に描いたのは1/100というスケールですね。というのは建築模型では1/100がもっともポピュラーな縮尺なので、人物や家具なども1/100のサイズで用意しておけば使いやすいということですよ。1/100の世界は人間のポーズや家具などを表現するのにもっとも最適なスケールなんですね。縮尺された模型を通じて、ディティールを具体化していく、そこが面白いと思います。」
そういえば、あの東京スカイツリーだって建築の前には模型を囲んで、喧々諤々。墨田区に世界一のタワーが建ったパノラマシーンを見て、"よし、これでいこう"ということになったに違いない。
ところでこの組立キット、建築家が建築家のために作ったものが意外な所に飛び火しているようである。というのは『テラダモケイ』が教育教材として受け入れられていっているのである。先頃もNHKの番組で紹介されたが、高校生たちが『テラダモケイ』を使って、自分たちが描くこれからの家や街を作っているのである。まさに、創造力を高めるためのクリエイティブツールだ。
確かに、組立キットを手にすると、自分なりの空間を作り上げたくなるものがある。かって寺田さんがプラモデルにはまられたように現代の子どもたちがこの組立キットに向かい合っているのである。すると寺田さんは"嬉しいね。自分なりの思いで組立てていくあのわくわく感はいつの時代も同じですね。そんな想いをさらに深めてもらうために、先頃は『1/100建築模型用添景きせかえシール』といった組立キットをリリースしましたよ。子供の頃に女の子がよく遊んでいたあの着せ替え人形の延長ですね"である。
見ると、カラフルなファッションに包まれた男女のパーツが並ぶ姿に、若い人たちはついつい手が出てしまうそうだ。建築模型という意識ではなく、自分なりのファッションタウンを作り上げて机の上や本棚に飾っているのだ。まさに、時代とハミングしていこうという寺田さんなんらではのこだわりが垣間見えるではないか。すると寺田さん、言葉を添えられたのである。
「人間には等身大よりもミニュチュアカーのように小さなものに魅せられるところがありますね。小さな世界だからこそ大きな世界が見えてくる。これが楽しいんです」
となると、表参道のショップに並べられているのもさまありなんだ。本だってあの小さな冊子の中に膨大な世界が詰まっている。
文 : 坂口 利彦 氏
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●寺田氏の著書はコチラ⇒『紙でつくる1/100の世界』