こだわり人[2012.08.03]
快適なオーディオライフの真髄を求めて
早いものだ。このコラム『こだわり人』も9回を迎えさせていただいた。すると、このHPのスガツネ工業の社長から"音にこだわる人が秋葉原におられるよ"と教えられた。これはすぐにでも駆け参じなければだ。
今回はオーディオの達人ともいうべきこだわり人、川又利明さんをクローズアップさせていただいた。
■こだわり人 ファイル009
快適なオーディオライフの真髄を求めて
オーディオの達人 川又利明氏
秋葉原といえば、ボクにとって非常に縁のある街だ。パソコンやワープロの大衆化が始まった'80年代、'90年代の頃である。OA機器としてこの種の広告やイベントを盛んにやらせていたので、常にこの街をマークだ。何しろ、"秋葉原を制するところが日本を制する"といわれた時代だ。この街のショップに立寄るお客さんがわが広告にどんな反応をされるのかをとくと眺めたいという思いである。土、日などは一日店員をさせてもらい、購買動機などを細かくチェックしていたものである。

そんな慣れ親しんだ秋葉原もいまは昔だ。アニメにゲームにフイギュアに、萌えちゃんだ。サブカルチャーの街として大きくギアチェンジだ。そこに持ってきて再開発ビルの秋葉原UDXなどの誕生によって、その勢いは一段とヒートアップしているが、川又さんはこの秋葉原を中心に多彩なオーディオ事業を展開される『ダイナミックオーディオ』(昭和40年創業)の役員をされている。同時にハイエンドオーディオのノウハウを集大成するショップとして開店した『ダイナミックオーディオ5555』の店長を兼ねておられる。入社してから35年といわれるから、音へこだわりは想像できるというものである。

「お待ちしていました」
どうせお会いするなら、やはりハイエンドということで『ダイナミックオーディオ5555』でお会いさせていただいた。でも。恥かしながらボクはこのショップについてはまったく知らなかった。だが、オーディオマニアにとっては一目おく世界的なサウンドスポットだそうである。秋葉原の駅から中央通に出て歩いて約3分、1階から7階まで全フロアに試聴できる施設が設けられている。しかも各フロアは独立したショップのように店名が掲げられ、オーディオの精通したベテランがマンツーマンでお客さんと親しく接しておられるのである。
HPでその人なりを拝見していて、これはすごい御仁だ。そのカリスマ的な存在には気後れするだろう。オーディオに弱いボクはあたふたするだろうと心していたのだが、さにあらずだ。親しみやすいその表情に魅せられて、たちまちのうちに緊張の糸を解きほぐされたのである。
HPを拝見していると、川又さんはオーディオマニアやオーディオメーカーの方々から、"音のソムリエ"とか"音の鉄人"と称えられている。そこでさっそくオーディオへのこだわりを伺ってみた。すると開口一番、言われたのである。
「私は1977年の入社以来、今日まで35年。終始一貫、世界のトップクラスのスピーカー、アンプ、CDプレーヤーと向かい合いあってきました。すべて自分の耳で音を確認して、感動して、これなら大丈夫というものだけをお客様に勧めています。自分が納得できないものはダメです」
なるほど、家電の量販店などのオーディオコーナーとの違いがはっきりと伝わってくる。オーディオの専門ショップとしてのプライドなんだろう。オーディオに対する熱いこだわりを改めて知る思いである。これはいただいた名刺の裏を見ても明らかだ。世界を代表するオーディオメーカーの名が記されている。AKG、PASS、B&W・・・などなど。まさに、世界の音響メーカーが"川又さんに受け入れられなければ商売にならない"というのはわかるというものである。
川又さんのオーディオに対するこんなこだわりをさらに示すのが『H.A.L.'s Circle』というメールマガジンである。
http://www.dynamicaudio.jp/audio/5555/7f/circle.html
2000年の夏から立ち上げて2012年8月までに2800号を越えておられるが、その一号一号に綴られたオーディオへの思いは圧巻だ。
世界のオーディオメーカーの製品情報や技術情報、さらにユーザーレポート、『音の細道』と呼ばれるエッセイ、ユーザー同士の情報交換などなど、その多彩な情報配信はすごいの一言に尽きる。市販の雑誌やオーディオメーカーの情報配信よりも早いというのだから、何をかいわんや、まさにオーディオの生き字引である。
この7階建てのビルがオープンしたときに次のようなメッセージを配信されているので、その一部を記しておこう。
"ダイナ5555 7Fにて担当、川又が10年間に渡って培ってきたハイエンドオーディオの醍醐味をさらに優良な環境にてスケールアップした展開を目指していく。製品本来の魅力が消費者に伝わりにくい高級オーディオにおいて、その品質を設計者の意図したクオリテイー以上に実演し、国内外の既存のオーディオショップで満足できなかった地方のマニア層も対象として全国的に広範囲な集客と販売を目指していく。〜なんて固いことを言っていますが、要は私のやりたい放題のホームグランドがより大きくきれいになると嬉しいお話しだ〜"(2001年7月9日号)
ところで、いい音と悪い音との違いはどこで判断するのだろう。日頃から気になっていることを聞いてみた。すると、川又さんは基本的にといって、三つを上げられたのである。
再生周波数帯域が広いこと、ダイナミックレンジが広いこと、歪がないことの三つである。
だが、音は感覚的で心理的なものだから、物理的な条件だけで判断できるものでもないということである。となると、音に鈍感なボクにも救いがあるものだと思っていると、「せっかくですから音を聞いてみてください」と試聴室に案内されたのである。すると、50㎡ぐらいの部屋にこれまでに見たことのないデザインのスピーカーが居並んでいるではないか。ボクの背丈よりはるかに高いものがあるかと思えば、膝ぐらいのものまで。その存在感に圧倒されてしまうばかり。そして、そのスピーカーの前には高級感あふれるアンプやCDプレーヤーが整然と並べられ。今か今かと主を待っている感じなのである。

いったいどの組合せで音楽が再生されるのだろうと思いを巡らしていると、「どんな曲がいいですか」だ。せっかくだから好きなジャズをとお願いすると、まさに音の桃源郷だ。身体全体から音が中へ中へと入り込み、自然と身体がスイングしていく。すると、曲が終わると川又さんはこんなことを言われたのである。
「プロの演奏家と、録音や編集のプロ、そしてオーディオシステムで再生するプロ。この三者のプロが揃って始めて、最高の音楽が聴かれるんです。私は納得のいくいい食材を選び、納得のいく料理を作り上げる調理人のようなものです。私は再生のプロとして、納得のいく音楽を聴いていただくために納得のいくオーディオ機器を選び、組合せていくのが仕事ですよ」
そこでボクは聞いたね。「ちなみにいまボクが聞いたオーディオはどれとどれで、いくらぐらいするんですか」と。すると川又さん「あのスピーカー、ペアで2000万円、アンプ3800万円、CDプレーヤー600万円、締めて6400万円です」と平然と答えられたから、ボクは完全に舞い上がったね。カルチャーショックだ。家一軒、買えるではないか。ボクなんか、2、3万円のカセットデッキで"いい音だね"なんて言って満足しているのだからお恥かしいかぎりだ。
でも、音はオーディオ機器の値段の大小で決まるものではない。先に言ったように聞く人の感覚や心理的なものがあるので価格だけの問題ではないと言われたから、救われた思いになったものである。でもでも、その時ボクの頭に浮んだねぇ。私たちは毎日の生活の中にある音や光、色、香りなどにすこし無頓着すぎないかということが。これらにもっと神経を使えば生活にもっと潤いができて、心の安らぐ時間が過せるぞ、なんてね。
文 : 坂口 利彦 氏