こだわり人[2012.09.03]
人へのこだわり、日本の理容技術が世界を制覇!!
2012年の夏はやはりオリンピックだ。暑い、眠たい。それも、世界のアスリートたちの金メダルへの熱い想いに吹っ飛ばされた。
ところで、金メダルといえば理容のオリンピックと言われるヘアワールド大会をご存知だろうか。日本の理容技術が世界を引っ張っているのである。そこで今回は理容の世界チャンピオンの一人であり、"工場などのモノづくりと違って、人づくりにこだわっています"といわれる飛田恭志さんに着目させていただいた。
■こだわり人 ファイル010
人へのこだわり、日本の理容技術が世界を制覇!!
「髪(ヘア)ファッション四季」の代表 飛田恭志氏

先に、理容のオリンピックと言われるヘアワールドについて紹介させていただこう。この大会は世界の理容・美容に携わっている技術者が団体賞、個人賞で競うワールドフェアである。日本は1963年の第14回から出場しているが、1992年の第24回には全種目で金メダルを独占。以来、常に上位にランクインされている。
そんな中で飛田さんは、2008年の第30回のシカゴ大会(参加国数45カ国、選手数596人)で日本の選抜メンバー4人の一人として、団体総合の金メダルに輝かれたのである。機会があって、その大会の前後に何度かお会いしているが、今回は『こだわり人』ということで改めて向かい合わせていただいた。シカゴ大会の前にはトレーニングの場を覗き見させていただいたが、ハサミと櫛を持ち、髪の毛1本1本と向かい合う手は、眼は、まさに真剣勝負の剣士の姿だ。その眼光や立ち居振る舞いに圧倒されたものである。
ところが一転、今日のお店での穏やかなこと。そのまま、理容の広告塔になりそうなやさしい笑顔に引き込まれ、まずはということで理容の世界に入られた動機を伺った。すると飛田さんこうである。"新潟から出てきた祖父が西日暮里で理容店を開業し、父がその後を引き継いで、そしてボクが引き継いでいます。だから3代目です。高校を卒業後は、進学をして医者か獣医になりたかったんです。だが、少し冷静に考えてみると自分の身体の中には理容師の血が流れている。何かDNAのようなものを感じたので、理容業を生涯の仕事にしようと腹を決めたんです。決めたからには理容学校へ行って基本技術を徹底的に身につける、そして世界一の理容師をめざそうということですよ"

それから10年後の28才の時に、2003年全国理容競技大会(第55回)で日本一の座に。一つの夢をクリアされたのである。以来、毎年のように国内外の理容技術を競う大会で上位に入り、2008年に待望の世界一の金メダルを獲得されたのである。その間、父とのタッグもよく、『髪ファッション四季』の名の下に店舗数を拡大。現在、オーナー経営者として都内に6店舗 つくばに1店舗を設けておられる。本齢、37才と言われるからまさに理容へのこだわりは想像してあまりある。
2009年には本店(西日暮里)のある荒川区から区民功労賞を授与され、「遺伝子と努力がもたらした日本一、理容にかける情熱と地域への思い」と称されているが、"正直いって、遺伝子を否定しませんね" と言われるのも心地よい。ともすれば親の七光りなんて言葉もあるが、飛田さんは"いま、自分がこうしてあるのは、あの家で、あの両親の元で生まれたからなんです、感謝以外ありませんよ"である。そして言葉を付け加えられるのである。"金メダルということで、一つの区切りを付けました。これからはボクがいただいた金メダルを人にかけていくのがミッションですね"と。
ロンドンオリンピックで金メダルを獲得した選手がお世話になった監督や親に金メダルをかけているシーンを幾度となく見せられた。戦う舞台は違うが飛田さんもまたあの衝動にかき立てられるということだろう。しかも飛田さんは、"「三方よし」という言葉がありますが、ボクは「四方よし」という観点から4人の方に金メダルをかけて行きたいというこだわりがあります"と言われるから、またまたボクの知りたい欲求が点火だ。
飛田さんによると、4人の中の『1人目』はやはり自分をここまで育ててくれた肉親、先生、先輩だそうである。"感謝の金メダルです。血筋というのはありがたいことですよ。物事がついた時から理容の世界を身近に見てきたんですからね。そして、その後の先生と先輩の存在です"と言われるのである。まさに功をなして知る人の恩ということか。手にした金メダルは自分が取ったのではない。取らせてくれた人がいたというスタンスに人間、飛田さんが垣間見えるではないか。

『2人目』は自分の店のスタッフやこれから理容の世界に入っていこうとする若い人たちを挙げられたのである。"正直いって、金メダルをいただいたということで注目されます。悪い気はしません。この気分を理容業界に入ってくる若い人たちも味わってほしいんですよ。いま自分の店のスタッフだけではなく理容学校などの講師をして理容師の卵たちを教えていますが、金メダルへの挑戦を促しています。がんばれば自分も世界の舞台に立てるんだというモチベーション、大事ですよね"。なるほど。そのために大切なことは常に若い人たちに"かっこよい兄貴だ"と、あこがれてもらう立ち居振る舞いをするそうである。トップがやれいけ、それいけでないと。マイナス志向で、草臥れていては若い人のやる気を削ぐのはどこの世界でも同じだ。

『3人目』はお客様である。これは言わずもがなであろう。現在、「期待を超える120%満足提供総合ヘアサロン」をスローガンに掲げおられるが、そこにはお客様への想いが凝縮されているではないか。すると、飛田さん言われたのである。"理容の人づくりとしてのポイントは『お客様はいま何を望んでおられるか』を感知してそれに応えていくことですよね。その時大切なのは高度で安心できる理容技能はもとより、理容ケアとかリラクゼーションとか癒やしといった幸福感を提供してあげることです。だから、空間設備とか理容器具や用品にはこだわっています"。
確かに今日では美と健康と憩いを標榜する総合サロンを街で見かける。
"空間設備について言えば、お客様の頭や顔だけではなく身体の内面からきれいにしてあげたいんです。そのため、お店の雰囲気、空調、光、色、音など五感で満足できる空間を目ざしています。ある面では空間が人を作っていきますよね"。
"また、理容器具や用品については、お客様の肌に直接触れていきますので、一切の妥協は許されません。理容椅子から始まってハサミ、カミソリといった理容用品、給湯設備、化粧品、衛生品、消耗品、ぐるっと見渡してもすごいでしょ。私が納得できないものをお客様に勧めるわけにはいかないでしょ。ある意味ではモノへの徹底したこだわりですね。完ぺきであることが普通なんですから"。お客様の見えるところから、見えないところまで、すべてに納得できなければお店ははじまっていかないということなんだろう。完ぺきが普通と云われるところに飛田さんのこだわりを改めて知る思いである。
最後に『4人目』に上げられたのは街への思いである。
"結局、理容店は地域に育ててもらうしかないんですよ、パン屋に行く、クリーニング屋に行く、八百屋に行く、そういった日常的な生活の中に組み込んでもらうことですよ。そのために地元を愛し、地元に頼られることが大切ですね。だから地元の人々に金メダルをかけて元気をお返ししたいんですよ"。ある面では理容は地場産業だ。いや、地域産業だ。ここにも飛田さんのこだわりが垣間見られるではないか。あの荒川区の区民功労賞が如実に現している。地元に育ててもらったんだから地元にお返しする。まさに飛田さんの地元愛だ。

嬉しいね、"四方よし"。飛田さんの理容へのこだわりが見事に集約されているではないか。男を磨く理容店が男女の心身を育む理容店へ。そして街を活気づける理容店へ。"改めて金メダルのブランド価値を感じますよ。だから、この価値を一過性のものにしないで、永らえて理容業界のために汗を流したいですね"と、夢を広げられる。
そこで、一つ疑問があったので伺ってみた、"いただいた金メダルというブランド価値を、銀座や青山といったファション性の高い地域で生かすためお店をという思いがないのですか"と。すると飛田さんはこうだ。"人それぞれですよ。祖父や父がそうであったように下町がボクを育ててくれたんですから、やはりこの土地ですよ。よそ行きの格好ではなく下駄履きで気楽に立寄れる店ですよ。120%の満足を欲している人がこの街におられるんだから、ボクは届けてあげなくてはね"。
負けた。俗にいう金メダルに胡坐をかくなんて微塵も感じられない。志は高く、目線は低くだ。ご他聞にたがわず理容業界も厳しいということだが、飛田さんのような想いがあれば先行きは明るいということだろう。"人の顔に刃物をあてて許されるのは医者と理容師だけですよ。それだけ信頼されているんですよ。こだわらざるをえませんよね"
ところでDNAといわれた父は子をどう見ておられるのだろう。"いや、私の出番じゃないので"と言われたが、そうもいくまい。というのは、父(飛田英雄氏)は東京都理容生活衛生同業組合の理事長の重責を担っておられるのだ。だから、どうしても一言いただかなければだ。
"自分の子供ということではなく、若い人たちはこの業界のために労を惜しまず、汗を流してもらいたいと思います。いま理容業界も髪や顔の理容ということではなく健康、癒やしなどの生活健康事業、さらには子供110番といった防犯や訪問福祉理容や理容ボランティアなど社会的な事業にも取組み、新たな使命感に燃えています。それだけに若い人たちがその推進役をどんどん担っていってほしいんです。するとベテランもより一層奮起して、老若一体となった新しい理容時代を築いていけるんですよ。これが私のこだわりかな"
文 : 坂口 利彦 氏