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こだわり人[2013.01.11]

江戸の桐箪笥を永らえる匠の技

 以前、地井武男さんの"ちい散歩"(テレビ朝日)を見ていて目が釘付けになった。江戸時代からの桐箪笥の技術を受け継ぐ第一人者、林タンス店の代表、林 正次氏である。現在、東京都に残る唯一の桐箪笥の製造元で、本年、77歳になったいまも"生涯現役"を胸に刻んで金槌や鉋を手にされている。その間、平成3年には東京都の伝統工芸士に認定されておられる、そこで桐箪笥への一徹なこだわりに着目させていただいた。

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江戸の桐箪笥を永らえる匠の技
伝統工芸士 林 正次氏
(東京都桐たんす工業協同組合理事長)

 箪笥といえば学生時代に家具店でアルバイトをしたことがあるので、その性能の良さは知っているつもりである。和家具コーナーのまさに王様という扱いで、他の家具からは一目置かれた存在感を見せていた。お店の人からも"いいか、箪笥といえば桐箪笥が最高だよ。木の縮みが極めて少ない上に軽いのが特徴なんだよ。引き出しの中はいつも一定の乾燥状態を保ってくれるので、湿気などから衣類を守るんだよ。火災のときなども水をかけても大丈夫、桐が水を吸ってくれるので煙の匂いや炎を抑えてくれるんだよ。まさに桐箪笥は一生もんだよ"とよく聞かされたものである。
だが、そんな良いことづくめの桐の箪笥が作られているという現場を見たことはない。ところが、それをこの目で見られるんだ、しかも江戸桐箪笥の伝統を受け継いだ工芸士だ。勢い、そのこだわりに我が足が速くなるというものである。

 JR山手線の大崎駅からひと駅、かって三菱重工業の大きな工場があった西大井の駅前である。いまでは高層マンションや緑の木々が並ぶ公園が広がり、街の移り変わりを感じさせられる、そんな変わり行く街の中で江戸の伝統を永らえているというから、林氏の江戸箪笥へのこだわりは想像してもあまりある。
それにしてもホームページはありがたい。事前に見ておいたのでまったく迷うことなく駅から歩いて3分、三間通りに面した林タンス店に到着である。"三間"などというから、冒頭から"箪笥のイメージあり"などと思いながら店先に立つと、木を加工した年季の入った手づくりの大きな標識が目に飛び込んでくる。右側には林タンス店、左側には伝統工芸東京桐箪笥と書かれ、店内への期待感がいやが上にも高められる。

 1階は店舗、2階は作業場ということをやはりホームページで見てきたが、一歩中に入るとやはり本物は違う。左右に並んだ桐箪笥の良質な木の感触が見ているだけでもどんどん身体の中に浸み込んでくる。和箪笥あり、整理箪笥あり、洋箪笥あり、小袖箪笥あり、帯箪笥あり、衣装箪笥あり。一口に桐箪笥と言ってもバラエティーにとんでいる。ちょっとした桐箪笥のミニテーマパークの雰囲気だ。すると、林氏は壁に無造作に掲げられた伝統工芸士 認定の盾を横目に言われたのである。
「この道60年ですよ。私の父が、江戸の文化を引き継いだ桐箪笥づくりを昭和10年から始めていました。当時の子供は親の稼業を受け継ぐのがあたりまえの時代だったので、私は当然のごとく18才になると父のもとに弟子入りです。伝統の技術を引き継ぐということでただひたすら桐箪笥と向かい合ってきたら、平成3年、55才のときに東京都の伝統工芸士に認定というありがたいご褒美です。現在77才、桐箪笥の魅力は尽きることがありませんね。生涯、桐箪笥と向かい合っていきますよ」






 なるほど。これだけお聞きしても林氏の桐箪笥へのこだわりを十分見てとれる。伝統的な工芸士といえば、何か気難しくて口が重いというイメージがあるが、林氏はまったくない。失礼だが人の良い親しみやすい近所のおじさんという感じだ。顔にも艶があり、江戸の粋を感じさせられる。手を触らせていただいたがきれいで元気な手だ。この手で触れられる桐箪笥も、心地よいに違いない。すると、林氏は身体もこんなにやわらかいと立ち上がり、足はまっすぐ腰を曲げて両手を床につかれたのである。前に鈴木元東京都知事が選挙演説中に同じような仕草をされ、若さを誇示されたことを思い出し、二人で大笑いだ。

 そんな中で林氏は「桐箪笥へのこだわりは作っていく過程にあるんですよ。桐箪笥一棹が出来上がるまでの手作業の工程は、350を優に超えるんですよ」と言われ、その流れをお話されたので、その大枠を紹介しておこう。
桐箪笥はまず材料選びから始まる。林氏は良質の国産の会津桐か南部桐しか、使わないそうである。柾がまっすぐで木目が細かいもの、畑のやせた土地で育ったものを必須条件にされているのである。だが、その選ばれた木はすぐに使われることはない。丸太で2年、板にして1年ぐらいかけて乾燥させられるのである。十二分に乾燥された桐の木取りが終わると、板を火であぶってねじれや反りの歪直し、幅の狭い板を接合して広幅にする板はぎ、芯材に柾目板を張り合わせる練り合わせといった工程に入っていかれる。 次いで寸歩切りを行い、その後は両面をきれいに削る板削り、組合せのために板の端に凸凹をつけるほぞ取り、糊をつけたり木釘を打ち込む柄組み立て、引き出し組み立て、仕上加工、塗装、金具取り付け、調整といった工程を経て、ようやく桐箪笥を完成されるのである。

 まさに、木と職人さんとの戦いである。これまでに家電製品や食品のロボット化された工場を数多く拝見させていただいてきたが、桐箪笥は大半が手作業である。伝統工芸士のモノづくりへのこだわりに改めて脱帽というものである。
ここで、2階の作業場に案内していただいた。すると、そこは職人の世界だ。板の反りを直すために火が焚かれ、木取りの電動鋸が音を発てている。床や壁には木釘箱、げんのう、鉋、仕上に使う木の実の汁が入った缶が所狭しと置かれている。
その中で職人さんがさまざまな形で桐と向かい合っておられる。すると"三代目です"と紹介いただいた林氏の息子の英知氏が桐の衣装箱のリフォームをされていた。聞くと、明治45年に作られたものでお客さんの依頼だといわれる。削り直し、洗い直し。開閉の微調整。100年以上のものを再生してでも使いたいという方の思いを知ると共に、桐の良質を改めて見せ付けられた思いである。
また、そのかたわらでは年配の職人さんが新しい整理ダンスを作っておられた。鋸でひく桐の板が100年後も使われているのかと想像すると、まさに職人冥利に尽きということだろう。モノづくりへのこだわりが部屋中にみなぎっているのである。

 それから小一時間、職人さんたちの手捌きをじっくりと見させていただいていると、 林氏は桐箪笥づくりのこだわりについてこんなことを言われたのである。
「私のこだわりは尽きないのですが、これだけは強調させてください。やはり、桐箪笥は木が命ですから、良い木があればどこへでも仕入れに行きます。また、引き出しは、しっかりして使いやすいということが絶対条件ですから、引き出しの前板と入側接点は私独自のアリホゾ組にしたり、背中の裏板に厚い板を使うなどして強度アップに努めています。私の信念です」
※アリホゾ組み工法
桐箪笥は一般的にはマス組み工法(四角の凸凹で組合せ。止めのための釘がたくさんいる)だが、アリホゾ組み工法(台形の凸凹で組合せ。釘が1本ですむ)は機密性が高まるということで、高品質とされている。

 話される言葉一つ一つに林氏の思いが我が身に浸み込んでくる。桐の材質や箪笥の使いでを知り尽くしたその腕は箪笥の世界に止まらず、国立民族博物館や東京江戸博物館などの歴史的資料を保存する収納箱にも活かされ、この国の貴重な重要文化財を守っているそうである。家庭から公共の場所まで、市井の工芸士が時代の舞台裏を支えているなんてまさにロマンだ。すると、帰り際に林氏は言われたのである。「三代目も、江戸の桐箪笥を永らえていくと言ってくれているのが、嬉しいですね。桐箪笥は実用品としてだけではなく、美術品としての価値もありますので、火は消せませんよ」

 年が明けた1月、東京都主催『江戸から伝わる一筋の道-東京都伝統工芸品展』が東京・新宿高島屋<2013年1月25日(金)〜30日(水)>で開かれるが、林氏もその一人として、その匠の技を披露される。"伝統が生んだ、TOKYOモダンが到着。"なんてタイトルが付いているので、是非、ご覧いただきたいものである。

詳細[主催(公財)東京都中小企業振興公社ページ]
http://www.tokyo-kosha.or.jp/topics/1211/0015.html
第56回東京都伝統工芸品展(案内状)
http://www.some-no-takako.jp/event_201301_denko.html



文 : 坂口 利彦 氏