こだわり人[2013.02.08]
伝統と新しさを紡ぐ"現代の匠"たち
ある調査によると、こだわりと言えば「匠」のイメージがわくそうだ。そして「匠」と言えば磨きぬかれた技を持つ一人の老練の姿がちらつくそうだ。ところが、一人ではない。「組織をあげて"匠"」を掲げる元気な会社があるよ」のメッセージをいただいたので、今回はベテランから若手まで、"現代の匠"を名乗られる企業に着目させていただいた。
■こだわり人 ファイル015
伝統と新しさを紡ぐ"現代の匠"たち
三越環境デザイン株式会社・六郷工場
企業の名は株式会社三越環境デザイン。場所は町工場が多く、"ものづくりの街"と言われる大田区。もうこれだけでさまざまなイメージが浮んでくる。三越というからにはあの老舗の三越百貨店と関係があるのだろう。"ものづくりの街"というからには"メード イン 大田区"の名にふさわしく技術の粋を極めておられるだろう。ここは出かける前に事前勉強にと、ホームページに向かいあう。すると、案の定である。
明治43に三越百貨店の高級洋家具を製作する加工部として発足し、昭和19年に株式会社三越製作所として独立。以来、創業精神を受け継ぎながら企業基盤を確実に拡大し、平成18年には本社の建装営業部門と合併、命名されたのが三越環境デザインだ。
伝統のある三越ブランドに加え、生活スタイルの洋風化に伴う洋家具ニーズへの対応。もうこれだけで、匠への想いが垣間見られるではないか。現在は質の高い空間を創造する企業として商業・文化施設をはじめ、ホテル、オフイス環境の企画、設計、施工、内装、管理運営等々、幅広く事業を展開されているが、やはりこの会社の原点である木工制作にこだわりがあるのだろう。工場長の奥寺氏が「伝統を生かしながら時代の新しい空気を受け止めていく"現代の匠"へのこだわりを紹介させてください」と電話で言われたので、"現代の匠"へのイメージがいやが上にも高まるというものだ。

東京・品川駅から京浜急行で雑色駅へ。駅前の商店街を抜け国道沿いに歩いていくと東京都立六郷工科高等学校が見えてきた。なんとこの高校は、企業と高校が連携した新しい職業教育『デュアルシステム』をわが国で最初に取り入れた学校ではないか。しかも、正門前のフェンスには"高校ものづくりコンテスト優勝"と書かれた大きな横断幕が掲げられている。これから"現代の匠"と会いに行くというのに、これは嬉しい呼び水だ。"未来の匠"がいまここで汗を流しているんだ。おそらく三越環境デザイン・六郷工場の"現代の匠"たちは通勤の行き帰りに、この横断幕を見ているだろうと思うと、改めて時代を越えた"ものづくりの街=大田区"の底力を感じるではないか。現代と未来の匠、気のきいたロケーションに自然と笑みこぼれだ。

本社と工場とショールームが一体となった社屋に入り"現代の匠"と呼ばれる工場長の奥寺敏勝氏(生産統括部 製造部長)と現場の3人の若い方と向かいあったのである。奥寺氏は一目で木工部門を背負った
ベテランの匠とお見かけしたが、失礼だが電話の声そのままに、若い。
伝統を継続していくことも大事だが、この先にもっと大事なものがある。新しい時代の波長にも合わせていかなければという若いエネルギーが伝わってくる。
驚いたのは3人の方である。匠と言うからには、それなりの年齢を積み重ねた方だというイメージがあったが、聞くとみんな30代と言われるから、これは痛快だ。ここに木工制作にかけるこの工場のマインドが読み取れるではないか。すると、奥寺氏は言われたのである。
「創業以来の本物へのこだわりですよ。お客様に真に満足していただける家具をお届けしていくには、それぞれの作業工程おいて職人的な技と時代を先取っていくプロフェッショナルにならなければということですよ」

そして言葉を付け加えられたのである。「そのため大切なのは、ベテランと中堅と若手の縦のラインですね。それぞれがかってな方向を見ていては前に進みません。一人ひとりが自分のポジションをよくわきまえて、伝統という企業資産を受け継ぎながら時代の新しい方向性を共有していくことですよ」
「現代の匠」。この言葉のもとに皆が一つになる。まさにここにこの工場の真髄があるのだろう。となると気になるのは、やはり現場での動きである。すると、奥寺氏は我が思いを察するかのように「工場をご案内します」と、声をかけられたので後に続いたのである。

いい香りだ。木を切断した時のあの独特の香りが何か懐かしいものに出会ったような感じにさせてくる。それもそのはずだ。最初に案内された組立部門では仕上がりを念頭に、材料選びから木取り、練りつけ、加工といった作業を通じてさまざまな木と向かいあっておられる。そして、その香の先には匠たちの鋭い目線だ。やはり材料がすべての出発点になるのだろう。木目、色、むら、そりなど長年の経験を活かしてきめ細かな点検をされている。また単板をベニヤ板などの台板に貼り付ける練付作業でも、実に鋭い目線だ。木の縮みなどを考えてられるのだろう、まさに木との戦いだ。

その時、若い匠の一人が「この仕事には近道はありませんね。数をこなして材料の癖、道具の癖を自分で覚えるしかないですね」と言うし、また別の匠が「毎回、造るものによってデザインが違いますので、加工には苦労しますがやりがいがあります」と言う。さらに別の匠が「一枚の板が手を加えていくことによってどんどん形を変えていき、最後に美しい家具になっていく。最初から最後までそれを自分の手で仕上げていくのですから、仕事の重みをいつも感じています」と言うから頼もしい。奥寺氏の想いが彼らに見事に浸透しているのだ。
次に案内された張装部門。スタイリッシュな椅子が並んでいたが、座る部分の布などの張り方はきちっと図面に書かれていない。先輩たちのやり方を見て自分の感覚で覚えるしかないそうである。するとそばにいた若い匠が「見た目は簡単そうですがとんでもありませんね。どんないいデザインでも、最終的には仕上げがすべてですからね」と言う。考えてみれば、料理だって、洋服だって、最後はどんな仕上がりになっているということだ。「だから一脚一脚、絶対に手を抜けない真剣勝負ですよ」

確かにそうだ。彼の手の動きを見ているとよくわかる。あのこだわりが納得できる椅子を作り出していくのだろと思いながら先を行くと、懐かしさに中にモダンな感じがする飾り棚が目に飛び込んできたのである。近づいてみると、ドアの開閉を容易にするメカニズムを持ったスガツネ工業のラプコンではないか。しかも、引き戸に便利なソフトクローザーが使われ、そばにスガツネ工業の分厚い商品カタログのページが開いているのである。見慣れてはいるが、改めてこのような現場で見ると思わずこちらの顔がほころぶというものだ。すかさず奥寺氏が「私どものこだわりに応えてくれるスガツネ工業のこだわり。相性がいいんですね」と言われるんですからねぇ。"相性がいい"。好きな言葉だ。ある面ではこれがものづくりの基本だと思いながら次の塗装部門に足を踏み入れたのである。

塗装といえば、自動車工場などさまざまな所で現場を拝見しているが、清潔で整備された現場に魅せられた。塗装剤のあの独特の臭いもなく快適な環境だ。すると、そこで作業をされていた匠が「塗装は料理のレシピのような決まった分量はなく、すべて自分の経験と感覚ですね。先輩の技術を見て、盗むという思いで経験を積み重ねてきました」と、ここでも先輩に教わってきたと言われる。そして「特に心がけているのは事前の段取りですね。仕事の良し悪しは段取りで決まると教わってきましたから」といい笑顔だ。

次いで、「ここがこの工場の新しい方向を示す現場です」と案内されたのがNC加工部門である。NC加工と言えば数値制御による機械の加工方法だが、いまやロボット化やNC化は工場の必須の時代である。すると奥寺氏「とにかくデモンストレーションを見てください」と言われ、脇にいた担当の匠がワークステーションのキイーを打つと巨大な装置は軽やかな音をたて、セットされた材料を面白いように自由自在に切り刻んでいく。流線型の複雑な形も意のままだ。「この後の組立部門が加工しやすいように、すばやく仕上げてあげることが私たちの役目です」とは頼もしい匠だ。奥寺氏も「木工というとある面では手仕事の世界ですが、これからはこのようなNC設備を採用していかないと、勝ち残っていきませんね。品質管理や生産性のアップのために不可欠ですね」とまたまた熱い。

それから後も、工場内を拝見させていただいた。どの工程を拝見しても匠の名にふさわしい空気感がある。改めてこの工場の持ち味に想いを馳せていると、奥寺氏は天井を指差し言われたのである。「天井のダクトは各現場で出た木屑をすべて吸い上げ、吸塵室に運ぶパイプです」と。なるほど、そういえば先ほどから気になっていたが、工作現場などでよく見られる木屑や風塵が舞っていないのである。床に切り屑もなく清潔そのものだ。
すると奥寺氏「働く人の健康のためにも、また周辺の環境対策という面からも、このような設備を設置しました」とやさしい。ダクトを通じて送られてきたおが屑はレンガ大に硬く固めて、バイオマスプラスチックの原料として提供されているそうである。人と環境にやさしいリサイクルシステム、ここにもこの工場ならではこだわりがあるんだ。
我が国を代表する迎賓施設や議場。さらにホテル、オフィス、一般住宅などで採用されている三越環境デザイン・六郷工場のこだわりの洋家具。その舞台裏を見せていただいた。そこには世界一とか、日本一ということではなく、あくまでも使う人に喜んでもらうことが最優先という思想が貫かれている。まさにお客様オリエンテッドだ。しかも、その根底には伝統と新しい時代という綱引きの中で、その中心には人がいるということだろう。伝統を伝えていくベテラン、それを引き継ぐ中堅、時代の新しい空気を持ち込む若い人。この三者が一体となって未来を共有していく行動心、いや、紡ぎあう心が六郷工場には根づいているんだ。
考えてみればこの国はいま、さまざまな分野で新旧の折り合いをどうつけていくかという課題に直面している。そんな中で六郷工場のスタイルが何か解決の糸口を与えているように思えてならない。一人ひとりが今を生きる"時代の匠"になっていこう。そこに次代への明るいブリッジがかかっていくぞと思えてならないのである。
文 : 坂口 利彦 氏