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王国のコラム

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こだわり人[2013.03.21]

着ぐるみの心は、人の心

 生身の人よりも暖かなコミュニケーションができるということか。いま、"ゆるキャラ"で代表される着ぐるみが注目されている。歴史を振り返れば、そのトップといえば、やはりディズニーのミッキーマウスだろう、世界中に知れ渡っている。
今回は着ぐるみ初め人形を作って30年、わが国を代表するアトリエパレットというこだわりの工房に着目させていただいた。

こだわり人 ファイル016

着ぐるみの心は、人の心
株式会社アトリエパレット

 東海道五十三次、江戸から京に向う最初の宿場町の品川宿。京浜急行の 北品川駅からかつての旅人気分で旧東海道の商店街を行く。振り返れば、急速に立ち上がってきた品川駅周辺の高層ビルが見え隠れ。変わり行く東京を改めて感じさせられるが"時間がゆっくり流れていくのも、いいだろう"と、諭された気分になってくる。
時間追われで過している我が身にとって、これはまさに一服の清涼剤だ。

 ここ新旧が相半ばする土地に人形の創作工房を設けるなんて、早くも"こだわりを感じるぞ"なんて思っていると、いきなり周りの雰囲気と違うちょっとメルヘンチックな佇まいのショップが目に飛び込んできた。
いや、アトリエと云われるのだからショップといってはまずいのかもしれないが、一見すると何か女の子が好きそうな可愛いブティックやアクセサリーショップに見えたのである。しかも、メルヘンチックを印象付けているのが、オープンスタイルの入口前に置かれた我が身長をはるかに越える巨大な虎の着ぐるみである。タイガースファンのボクにはたまらない。思わず手が虎の肩に手がいき心はもう頬ずり気分になっている。道行く行く人も、必ずといっていいほど横目で笑みを送っている。
 心地よいお迎えに感謝しながら中に入ると、あちらこちらに置かれた製作中の着ぐるみや出来上がったぬいぐるみやそっくり人形が歓迎人に加わったようだ。四方八方から声をかけられている気分で思わず口元がほころぶ。なんだろう、この気分は。再び、"ゆったりとした時間を持ちなさい"と教えられているようだ。

 そこへ、代表の伊藤修子さんとチーフプロデューサーの矢治美希子さんが来られたので、さっそく伺ってみた。アトリエパレットを初められた動機を。すると、伊藤さんは特許を取得された『そっくり顔人形マイドール』を手にしながら言われたのである。
「私は、歌と人形とピアノの人生でした。その時いつも私のそばにいたんです、『ナジャ』という人形が。いつの日か、私もこんな人形を作ってみたいと思っていたのですが、とても、『ナジャ』以上のものを作ることができません。むしろ私は自分なりのオリジナルの人形を作った方がいいと思ったのがスタートです」 
 伊藤さんの人形への思いが伝わってくる。『ナジャ』という人形は"私は誰"と呼びかけているようなシュルレアリズムの人形という話を聞いたことがある。その『ナジャ』が人形づくりの世界に導いたと言われるから、まさにメルヘンチックなスタートではないか。ぬいぐるみから始まって着ぐるみ、そっくり人形、マスコットなど人形一筋に"自分自身を追いかけてこられたんだ"なんて、勝手な思いを巡らしたものである。

 飾ったり、祈ったり、抱いたり、指で操ったり。人類がこの地球に住みついて以来、人形は人々の心や想いの写し絵として永らえてきている。まさに人形の永遠性だ。ところが、十数年前ぐらいから着ぐるみ需要が一気に広がってきたので、アトリエパレットでもついつい着ぐるみに力が入るそうである。写し絵では物足りないということだろうか。自らが人形の中に入り込んで心と心の交歓しようということか。着ぐるみはすっかり市民権を経て、テレビ番組を筆頭に展示イベント、レジャー施設、商業施設、劇場などなど、親しきコミュニケーションキャラクターとして欠かせないものになっている。

 ボク自身も、着ぐるみを使った展示イベントを何度か手がけてきたが、確かに着ぐるみ効果ははかりしれないものがある。それを着て登場した人(プレーヤー)が場を盛り上げ、周りの芸達者も"着ぐるみ人気には太刀打ちできません"と言わしめた例はいくつもある。
ところで百科事典によると、着ぐるみとは人体着用ぬいぐるみの略で、人間が着用可能な大型のぬいぐるみを指すと記されている。ということは、着ぐるみは人が着たり、かぶったりするところがポイントなんだ。そういえば、ぬいぐるみは日本の伝統的な歌舞伎や狂言の世界でも出てくるから、歴史があるんだ。そのことについて伊藤さんは、「そうなんですよ。伝統があるんですよ。ですから、私たちが心がけているのは着ぐるみを作ってきた先輩たちの心を思いつつ、この旧東海度沿いにアトリエを設けたのもその一つですが、人と人を結ぶ新しい時代のコミュニケーションメディアとして活用してほしいという思いです」と言われ、「そのため、私たちは着ぐるみを着る人と着ぐるみを見る人の立場を細かく研究した結果、とにもかくにも材質とパターン起しにこだわっていくという一つの到達点に達しました」と、言葉を付け加えられたのである。

 なるほど、着ぐるみを身近に見てきた者としてわかるきがする。すると伊藤さん、材質への想いを強調されるのである。
「着ぐるみの生命は材質です。ですから、"軽い、薄い、強い"へのこだわりなくして着ぐるみはなしとさえ思っています。というのは、着ぐるみは人が中に入って動くのでその人にとって快適な空間であることが大事なんですよ。そのため私どもは、板状の発砲ポリエステレンフォームを使っています(厚さは、形状や全体重量などによって12mmや20mmなど使い分けられている)。これだと、よく使われている発砲スチロールなどと比べて3分の2の軽さで、厚みも薄いので内部も広く圧迫感も少なくなります。その結果、着ぐるみの中に入っているプレーヤーの息苦しさを解消するし、暑さも抑えるんですよ。また、この材質は衝撃にも強く柔軟性がありますから、へこんでも中から押せば元にもどってくれますので、ともすればぶつかってへこましたといったことも、極力抑えられるんですよ」
確かに、そうだ。着ぐるみをかぶった時のあの暑さに、あの息苦しさ。また、衝撃に弱いといった弱点が解消されるなんて本当にありがたいことではないか。そして、環境という面からも発砲ポリエステレンフォーム効果はおおありということで、「発砲ポリステレンフォームは私ども独自の製法で加工していますので、発砲スチロールなどによる削りだしの粉塵被害も少なく、環境に優しい着ぐるみを作ることができるんですよ」と、時代の要請であるやさしい地球環境への対応を強調されるのである。
一方、パターン起しに対するこだわりはどうだろうか。すると今度は、矢治さんがクライアントから依頼されたスケッチを手にしながら言われたのである。

 「着ぐるみは基本的に、デザイン起しから始まって、パターン起し、立体成形、仕上げ加工という工程を経て完成させていきます。すべての工程でアトリエパレットならではこだわりで臨んでいますが、なかでもパターン起しにはこだわりがあります。私どもの代表が独自で開発した手法です。依頼され平面的なスケッチを元に立体的に再現するわけですから、仕上がりのイメージが具体的につかめる絵図なければならないのです。ある面では洋服のファション画と合い通じるものがありますが、洋服は人の身体の上につけるのに対し、着ぐるみは中に人が入って動くものですから、身体や手足などの動きを十二分に計算した機能性が大事なんですね。同時にキャラクターとしての個性をより引き出したデザイン力、あるいはデフォルメ力ですね」

 絵に描いた餅になってはいけないのだ。あくまでも仕上がりを見通した最初の絵に俗に言う"精魂込めて"ということなんだろう。若いスタッフの仕事ぶりを見ているとその気魄がこちらにも痛いほど伝わってくるではないか。材質の用意からパターン起し。長い経験から着ぐるみの決め手は、ここに尽きるという一つの到達点に達せられたのだろう。何かものづくりの重要な出発点を見ているようだ。一口に着ぐるみといっても奥が深いことが改めて教えられるではないか。機械で大量生産といったのものではない。大半がお客さまのご要望に応えて作るオリジナルの手作り品だ。
そのため、1体作るのに1カ月半いただいているそうである。裏を返せばそれだけ手間をかけて納得のできるものを作るということだろう。これまで作られた着ぐるみがHPでも数多く紹介されているので、ぜひご覧いただきたい。どこかでご覧なったものがあるのではないだろうか。
アトリエパレットのホームページ→http://www.atelier-palette.com/

 いま、"ゆるキャラ"の話題が絶えない。2010年に初めて行なわれた『ゆるキャラコンテスト』でトップだった『ひこにゃん』に続いて、2011年の『くまモン』、2012年の『バリィさん』、いずれも人々の記憶にあるに違いない。それだけいまの時代に笑いや余裕がないので、心を穏やかに"ほっと"したいということかもしれない。そんな中で、パレットの名にふさわしくアトリエパレットに時代の明るい色付けを期待するのはボクだけではないだろう。
考えてみれば、人はみんな『ナジャ』にあるように人形を通じて"私探し"をしているのではないだろうか。その応援歌を奏でるために、アトリエパレットのこだわりの一つ一つが息づいているんだ。伊藤さんを初めスタッフの皆さんを何と呼べばいいのだろう。着ぐるみ創作家、いやいや、メディアコミュニケーター。いやいや、マインドアーティストといった方がいいのかもしれない。そう、アトリエパレットは着ぐるみを通じて明るい時代への心の道案内をされているんだ。だから、旧東海道の道沿いの構えがよく似合っている。



文 : 坂口 利彦 氏