こだわり人[2013.06.06]
オカリナの音色の先に、夢を見る
人と地球にやさしいモノづくり。多くの企業がここに標準を合わせて、さまざまな事業を展開されている。そんな中で今回は、"モノづくりから音づくり"、いやいや、"音楽を通じて人と人との心づくり"を掲げて独自の事業パラダイムを描かれている東京都・北区の大塚楽器製作所に着目させていただいた。
■こだわり人 ファイル018
オカリナの音色の先に、夢を見る
株式会社大塚楽器製作所(東京都・北区)
東京都・北区といえばJRの駅の数が11もあって、都内でトップだ。2位の千代田区の9を上回っている。これに地下鉄と都電をプラスすると20駅。区内の全域が駅からの徒歩圏なので、歩いて暮らすにはことのほか便利な生活区なのである(DIAMOND online参照)。

ところが、この北区、イメージが希薄で、"地味区"と言われているそうである。そのため"イメージは地域資産"のもとに『元気環境共生都市宣言』を掲げ、さまざまな行政施策を展開されているが、その一つがものづくり企業の促進である。というのは、かつて北区は製紙業や紡績業など重化学工業都市として"ものづくり日本"を象徴する街だったからである。
今回、お訪ねした北区の田端新町に本社を構える大塚楽器製作所は、まさにこの歴史ある北区のものづくり精神を創出させる企業である。区の産業PR誌『「創業北区」ものづくり』にも紹介されているので、勢いその存在感に魅せられるというものである。
大塚楽器製作所の創業は1919年(大正8年)である。大塚三郎氏が、大正琴の弦の製造業としてこの地で産声を上げられた。大正時代に大正琴、もうそれだけで何かこだわりを感じるではないか。その後、1927年(昭和2)にバイオリンやギターの弦の製造を始められ、1949年(昭和24)に株式会社として改組。その高い技術力が指示を受け、戦後の音楽需要の高まりも後押しとなって企業力を順調に伸ばしていかれたのである。
しかし、音楽需要の拡大は参入メーカーの増大をもたらすし、楽器も多様化する。また、音に対するクオリテイーも一段と要求される。ここは新たな飛躍を、と模索されていたときに一念発起されたのが、玩具的な感覚で受け止められていたオカリナを本格的な楽器として作っていこうということである。だが、当時はまだまだまだ馴染みのない楽器だったが素焼きの肌触りのいい陶器から発せられるあの素朴でやさしい音は誰の耳にも心地いい。何か人の心をとらえて離さないものがある。

ここでちょっとオカリナについて薀蓄を言うと、オカリナという名はイタリア語のガチョウ(oca=がちょう rina=小さい)に由来するのである。確かにあの形はガチョウ似だ。形態はギターやバイオリンのように一定の規格があるわけではない。球形でも枡形でも自由でいいのである。しかし、音質、音色、音の深み、音のボリュームなどから、現在のあの形が最も理にかなっていることに落ち着いたそうである。グランドピアノは7オクターブあるがオカリナは1オクターブ5度の音域しか出ない。小鳥のさえずりのような高音、大地の響きのような低音が大きな特徴である。
これは面白い。1972年(昭和47年)にオカリナの販売に着手されたのである。そして翌年、二代目社長の大塚定次郎氏の就任に合せるようにオリジナルブランドの『NIGHTオカリナ』を発売。2003年(平成15年)には大塚一郎氏が三代目の社長に就任。2012年からは現在の大塚太郎氏が四代目の社長として陣頭指揮をとっておられるのである。
四代目に言わせると、「オカリナを販売して40年以上。従来委託製造でしたが数年前から私が自社製作に取り組み、試行錯誤はありましたが順調に成長してきています。弊社は、創業94年となりますが、当社の顔となりました。」ということだが、プロの演奏家からアマチュアまで『NIGHTオカリナ』愛好家の圧倒的な支持を得て、現在ではオカリナ製作のトップ企業になって国内シェア40%を越えると言われるから、オカリナへのこだわりは想像して余りあるというものだ。その間、『NIGHTオカリナ』は2004年(平成16年)に『北区の名産30選』に選ばれているし、2006年(平成18年)に『北区未来を拓くものづくり賞』に選出されているから、玩具とされていたオカリナを近代楽器に高めるという開発時の目的を見事に結実されているのである。

北区の産業PR誌『創業北区ものづくり』には親子4代に渡る老舗の楽器製作所として紹介されているが、四代目の大塚氏にオカリナへのこだわりを伺ってみた。
「ボクは学校を出ると、コンピュータのシステム会社に勤めました。会社を"継ぐ"ということをできれば避けたいという思いもありました。しかし、就職後、数年すると祖父や父は、後継者はいるのか?と銀行に問われる事が多くなってきました。その様子は、私にも何となく分かりました。家業で育ててもらった訳だし、会社の状況、従業員の皆さんのことなどを考えると無責任なことばかりはしていられなくなりました。また、当時結婚することを考え始めていた家内に、家業を継ぐのも親孝行だよ、と後押しされました。普通、不安定で責任の重い零細企業を嫌がると思いますが、家内の父は、起業された方でした。子供は娘だけで後継者に困っているという状況にありましたので、理解が深かったのだと思います。ともかく、生まれながらの宿命なのだと覚悟を決め後継者として会社に入りました。音楽やオカリナへの想いが生まれてきたのは、それから少し後のことです。」
そして、言葉を添えられるのである。
「オカリナを手掛けてみると、多くの方々から良いオカリナを作って欲しい、期待している、というお言葉をかけていただきました。オカリナは、お値段も、それから、奏法も"手軽さが売り"の楽器です。このオカリナは、今まで音楽に親しまれてこなかった方々と音楽を繋ぐ窓口になる楽器だ、ということに気づきました。だから、誰もが、その暮らし、生活のなかで、気軽にオカリナを楽しんで、それが、音楽に親しむきっかけとなって、音によって気分転換できる、心が平穏になる、ストレスが解消される、そういう時間を楽しんで欲しいと思うようになりました。オカリナ教室などオカリナを使っていただいている現場で、楽しく取り組んでいらっしゃる方々を拝見します。そんなときに、オカリナを作ってよかったな、と感じます。皆さんに使っていただく"現場"を胸に、日々オカリナ製作に精進しています。」

大塚氏と向かい合っている脇には、その言葉を裏づけるかのように大小さまざま、カラフルなオカリナがいまにもあの和らぐ音色を奏でるような表情で並んでいる。すると大塚氏はいくつかを手にしながら「これらを作る工程をお話しすれば、私どものこだわりをもっとわかっていただけます」と言って、"粘土→型抜→組立→乾燥→調律→焼成→塗装→完成"に至る一連の流れを話されたので、そのあらましを簡単に紹介しておこう。
オカリナの素材は粘土である。特別、高価なものではない。"ごく一般的なものです"と言って信楽焼きに使われる粘土を使っておられる。
次いでオカリナの外形を作る型抜という工程に入られる。型抜きには基本的に金型方式と石膏方式があるが、ここでは粘土と石膏型の相性を優先して、作業性は悪いながらも、石膏方式で外形を作っておられる。作られた外形を2枚合せるのが次の組立工程である。このとき、トーンホールという穴をあけられる。この穴は音階や音調や音高などを得るための重要な作業である。というのは、オカリナは中に吹き込まれた空気をこのトーンホールで変えながら音を発しているからである(空洞の中で空気が共振しあっている)
組立が終ると乾燥に1週間ぐらいかけ、オカリナの生命である調律という工程に入られる。一つ一つを手にしてトーンホールから息を吹き込み音階、音色、音の深み、音のボリュームなどをチェックされていくのである。まさに音の関所であり、玩具か楽器かの分水嶺を担う作業である。そして、楽器として問題がないものだけが電気釜で焼成されるが、このときの温度は厳密な音の性能が要求されるのでコンピュータで温度調整される。焼き上がると再度、調律を行い次の塗装に回されるのである。塗装も簡単ではない。塗装のやり方で音が変わってしまうことがあるので実に慎重に行い、最終検査に合格したものだけを完成品として箱詰めし出荷されているのである。

この一連の流れは、焼成の温度調整以外はすべて手作業だ。機械やロボットを使った大量生産のラインといったものではない。すべて職人さんが一つ一つ手づくりで作っておられるのである。ある面では前近代的なという声もあるそうだが、裏を返せばそれだけデリケートな音の世界ということである。そこにはもう音に対するこだわり以外のなにものもない。改めてその手作業に感服させられる。
「楽器づくりには画期的な方法はありません。地道に各工程を正しく行い、調律、検品を行なうしかないのです」大塚氏の言葉である。
ともすれば"ものづくり日本"に赤信号が灯り、ものづくり企業が相次ぎ海外へ出ていくという時代、大塚社長に何か大事なことを教えられているような気がする。というのは、北区の地域資産ということではなく、日本の地域資産という面からも重大なメッセージを投げかけられているようだ。もっと言えば音楽は世界の共通語という"音楽の人間世界観"を改めて見せ付けられたように思えてならないからである。

考えてみれば北区は、日本の資本主義の生みの親である渋沢栄一氏が製紙業や紡績業に情熱と力腕を振るわれたところである(飛鳥山公園に渋沢史料館がある)。その渋沢氏が滝野川の青年たちに"国を富ますには科学を進めて、商工業の活動に依らなければならない"とか"商工業の活動をするには道理に依らなければならない"といった『道徳経済合一説』を説いておられる。その根底には、ものづくりに勤しむものは利益追求のあまり、品質を落とすような道徳観を持ってはいけない。高い志を持って望みなさいという信念があったとされている。
いま、大塚社長の向かい合っていると、この渋沢氏の想いが重なってきてしかたがない。"ものづくりから音づくり、そして音楽を通して人と人の心づくり"という事業パラダイムはまさに、究極の道徳観そのものではないか。「長年の経験に裏づけられたオカリナの音色の先で、世界の心のハーモニーを奏でよう」なんて、夢はでっかいや。
文 : 坂口 利彦 氏