こだわり人[2014.02.05]
家具製作技術と装飾芸術に魅せられて。

この王国のコラム「こだわり人」002で、東京スカイツリー足下の墨田区のこだわり人を紹介
させていただいた。その後も東京スカイツリ-界隈を幾度となく訪ねているが、帰りはいつも
浅草の方に足を伸ばしていた。ところが、今回は浅草の反対側、亀戸天神社経由で帰ろうと
浅草通りの柳島橋を渡って横十間川沿いを歩き始めたときである。「佳秋の工房」という小さな
看板が目に飛び込んできたのである。"なに、この名は『工房』の名でウェブサーフィンしていた
ときに気になった西洋アンティーク家具修復工房ではないか。
これはありがたい。早くも天神さんのご利益か。
ということで、今回は「佳秋の工房」をクローズアップさせていただいた。
■こだわり人 ファイル025
家具製作技術と装飾芸術に魅せられて。
岸 佳秋氏(佳秋の工房・代表)
軽んじられているアンティークという言葉の重み。

正直、驚いた。こんな偶然な出会いがあるから世の中、面白いのだ。小さな看板の下のガラス戸越しに時代を思わせる木製家具や陶器やアクセサリーや浮世絵が所狭しと
飾られている。後でわかったのだが工房といえ、これらの販売もされているのだ。しかも、テーブルの上には作る楽しさを体験する木彫教室の案内リーフレットも置かれているから、多彩な事業を展開されているのだ。
これは中に入って、そのこだわりぶりを聞かなければだ。いつもながらの遠慮知らずで
中に入ると、オーナーの岸 佳秋さんだ。気のせくまま名刺を交換すると、文化財保存修復学会会員、木工塗装技能士と記されている。その風貌といい、もうこれだけで、ものづくりに対するこだわりが見てとれるというものだ。

なんだろう、この空気感は。わが国流にいうと骨董店いう感じだが、その奥にある家具などの修復やオリジナルの家具を作られるアトリエ的工房を覗くと、もう見たい、触れたい欲求のストッパーは開きぱなしだ。ボクの身体全体がその空間に馴染んでいる。「愛おしいでしょ、歴史の重みですね」なんて言われると、ボクはもう完全に岸ワールドのとりこになってしまっている。 確かに"愛おしい"気分になっている。若い頃からそうで、アンティーク喫茶やアンティークバーなどアンティークという言葉のついたお店に魅かれるのはいまもまったく変わらない。モダンで光り輝くぴかぴかもいいが、時を遡ったものに対する愛着心が潜在的にあるのだろう。時に、時間をたったものに超モダンを感じることさえあるのだ。

しかし、このアンティークという言葉。現在では少し安直に使われているのではないだろうか。すると、岸さんだ。 「そうなんですよ。アンティークという言葉はフランス語で、ラテン語の"古い"というアンテクラスが語源です。1870年頃までは古代ギリシャやローマ帝国の遺物に対して使われていた言葉なんです。その後、上流階級の間で行われていた美術品や宝飾品や工芸品の売買が拡がり、現在に至っているわけで、もっと重い言葉なんですよ」だ。 そういえばアンティークというのは、1934年に輸入関税に関するアメリカの法律で、"製造後、100年経過した手工芸品や工芸品や美術品"を指すという話を聞いたことがある。余談だが現在、ラデイシュやジャンクやヴィンテージという言葉を耳にされると思うのだが、いずれもそれらは100年に達していないが、アンティークとされているのである。
家具ドクターとしてのこだわり。
そこで岸さんのアンティーク家具へのこだわりを伺ってみた。
「工房を開いたのはいまから18年前です。それまでは絵画と額縁をコーディ-ネートする会社に勤めていたんですが、会社をやめヨーロッパを旅行中にイギリスの『Victoria and Albert Museum』で見た家具の美しさに圧倒されたんです。家具が芸術だったんです。その後、スコットランドの家具学校で修復技術を徹底的に学びました。そして卒業後は、ロンドンのオークションハウスで働こうとしましたが、日本には絵画や工芸品の専門の修復家がいるが家具にはほとんどいない。"よし、これなら日本に帰国して自分がやる意味があるのではないかと考えました。1996年に墨田区の亀沢に工房を設けたんです。その後、手狭になったんで、2000年に現在のこの地に引っ越しました」

ある面では波乱万丈、夢追いの人生だ。かってイギリスの家具づくり技法は世界へ覇権を伸ばしていくのに合わせて、世界中に大きな影響を与えていったと言われている。そのイギリス仕込みの岸さんの修復技術だ。エミール・ガレやルイ・マジョレルといったアールヌーボー期の作品の修復技術を持っておられるために、国内の美術館やコレクターの所有する傑作を手がけたことは数知れないそうである。
また、ヨーロッパ家具だけではなく幕末や明治や大正期の家具や調度品などの修復も手掛けている。
修復技術へのこだわりは圧してしかるべきだろう。
その技術に対するこだわりを岸さんは言われる。
「修復家は時間を扱っている仕事です。高価でも直しながら何世代も使える質のよい家具は、実は経済的です。工房に並ぶ依頼品の家具はそんな価値観を大事にする人の写し絵ですね。そのため私は、その家具を保存するためか、使用のための機能回復か、どちらの目的で修復するのかを十分聞き及んでから、過去の職人の仕事を辿り、丁寧に仕事を始めていきます。なかでも保存修復を選択された修復対象品については、未来に再度修復の手が入ることを考えて、後戻りできない材料や技術は使わないことに心がけています。
また、岸さんは修復家としてのマインドを語られる。
「家具も美術工芸品も作られた時代に様式があるので、その様式に合わせた技法で修復しなければなりません。材料も同じものがなければそれに近いものを徹底的にさがします。大切にしていることは修復した箇所が他の箇所に支障を与えないことです。修復した場所と、しない場所が同じように古くなっていくことをめざしています。
ある面では修復家はお医者さんに近いですね。治療や手術が身体の他の部分にストレスを与えず、より長生きするお手伝いするのがお医者さんのお仕事でしょ。修復もその作品の持つ美の意識を持続させていくお手伝いなんです。それによって自分のところに作品が残るわけもないし表に出ることもない、それで良いのです。お医者さんは患者を治療して健康にしてさしあげることですよね。私たちも同じです。全力を尽くして作品の健康を取り戻すことに終始しているだけなんです。

ものづくりは、道徳の質をその作品の基本とする。
まさに家具のお医者さんだ。岸さんの修復技術への熱い思いを伺っていると、目の前に並ぶアンティーク家具が実に幸せに見えてくる。新しい生命をいただいているのだ。となると、すべての家具をいたわり、いつくしみ使ってやらなければという想いが募ってくるではないか。
そんな思いになるといきなり工房に飛び込んで、家具と向いあっておられた岸さんの手を休めたボクが恥かしくなってきた。これは早く退散しなければと思いつつ岸さんのHPで読んだコメントについて伺ってみた。HPに"道具の存在を知れば、家具の楽しみを一段と感じていただけますよ"といったことが書かれていたのである。
「日本では道具と工具という言葉がありますが、工具は使用するにあたって準備しなくてもすぐに使えるもの。道具は自分専用に仕込んだものだと考えています。イギリスではwood work 、hand toolと表現されるだけで区別がありませんが、日本の道具にはそれを買う段階から使用するまでに踏むプロセスが必要で労働や作業に対する畏敬の念を感じます。今でも"仕込みと"いう準備段階があって、これが終らなければ仕事に入ることはできません。
この単語の違いを私たち人間はすばらしい感覚的能力で選別する事ができます。目の前にしている家具が機械的に大量に作られたものか、工人が吟味して作ったものか見分ける力を持っています。美しい家具を目の前にすると工人が最良の道具と熟練した技術で作り出したものは細部まで気が配られ、仕上がりに美しさや、その家具に対する愛情のオーラさえも感じることができます。このような美しい家具を作り出すためには道具の選択と加工技術がよい関係であることが重要なんですよ。
そういった意味でよい道具は、工人にとって最良の協力者なのです。ある面では道具は日本の武道に近い概念を持ち、工具は機械文明の発達に伴う概念だと思うことがあります。それだけに日本の木工文化を支える道具の存在を知れば、家具や木質系文化財の楽しみをより感じていただけると思っています」

イギリスの道具に触れ、日本の道具に触れ、それだけに日本の道具に対する深い思いが伝わってくる。すると岸さんはこんな言葉を付け加えられたのである。
「道具はあくまでも工人の手先の延長です。そのため工人にとって大切なことはものづくりに対する心の置き所ですね。このことを簡潔に表現した言葉があります。"ものづくりは道徳の質をその作品の基本とする"というイギリスのウイリアムモリスの言葉です。私はこの言葉をものづくりの携わる者として大切にしています。この心持を持つことがクラフツマンとして誇りであり、消費者に対して責任ある商品をお届けする出発点だと思っています。
私たちは消費者のお役に立つものを創るのが使命です。自分の理想とする生産物が消費者の欲するものであれば。それがいちばんの幸せです」
短い時間だった。お忙しいのに何か考えさせられる時間をいただいた。アンティーク家具に対するボクの見方がまた一つ変わったようだ。外に出るとすっかり日は落ちて、工房の前の横十間川に現代の最先端技術を集約した東京スカイツリーが映りこんでいる。マスコミなどでさかんに取り上げられた"逆さ東京スカイツリー"だ。その前で、イギリス仕込みの伝統の技法でアンティーク家具を甦らせているなんて、何か演出されたドラマを感じる。「形は違っても、ものづくりへのこだわりはみんな同じですよ」の言葉が改めて頭に残る。「私たちは過去に戻るのではありません。過去を背負って未来へ進んでいるんですよ。
何かボクの心まで修復されたようだ。
文 : 坂口 利彦 氏
◆スガツネこだわりワンポイント◆
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