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王国のコラム

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こだわり人[2014.08.12]

デザイン行脚から生まれる、生活道具

 おかげさまで、『こだわり人』30回を迎えさせていただきました。遠慮のない勝手な押しかけを恥じながら、こだわりのあるものづくり、いや、時代を生きる熱きこだわりマインドを綴っておかなければの想いがドアを叩かせた。やっぱり人間って凄い。
 小泉 誠さん。ボクは30回という節目には必ず小泉さんと決めていた。デザイナーとして圧倒的な存在感を示しながら、東京・国立で『こいずみ道具店』を経営し、武蔵野美術大学の教授として若きデザイナーを育てておられる。ということで、こだわり人30回という一つの節目に小泉 誠さんを紹介させてください。

 

こだわり人 ファイル030

デザイン行脚から生まれる、生活道具
小泉 誠氏(『こいずみ道具店』店主)

 

●ものづくりデザイナーの心

 小泉さんとボクが初めてお会いしたのはいまから9年前だ。『と/to』という本を通じて紙面面談したのだ。その本を手にした時のあの感触はいまもはっきり覚えている。タイトルからして何かわけありげだし、何とその本は90度ごと回しながら読んでいくのである。アイデアとしてこんな本を考えたことがあるが、実際に見せ付けられるともういけない。読む方にも、読むことを虐げられているようで、1ページ、1ページ。小泉さんの想いを頭に叩き込みながら本まわし読みをしていったものである。

 それまでに、地域とのデザイン活動、『こいずみ道具店』の開設、武蔵野美術大学の教授という要職にあることは知っていたが、『と/to』を読んで以来、小泉さんのワークスタイルに目が離せなくなって行ったのである。失礼な言い方かもしれないが、ものづくりやデザインに対するスタンスにまったくブレがなく真摯。本来、ものづくりアーティストはこうあるべきだという想いを次々に見せつけられて行ったからである。
 そのワーク内容についてはこれまでにさまざまな形で報じられているが(ご覧くださいhttp://www.koizumi-studio.jp/)、季刊誌『住む』は2014・冬の特集"日本の生活道具"で、また月刊誌[商店建築]は2014・2月号の"昭和の商店が見せる新たな姿"の記事で小泉さんをクローズアップ。特に商店建築では新たに開店された『こいずみ道具店』を写真入りで紹介されているので、ここはこの機会にお店に立寄って小泉パラダイムをこの目にしかと焼き付けておこうということだ。幸いお会いして話もお聞きできるということだから、寸暇もおかず国立に向かわせていただいたのである。

●モノを通して、明日を描く。

JR中央線の国立駅。あい変らずの香りのある街だ。駅前から南に一直線の大学通りがこの街のこだわりを感じさせてくる。かってこの道が飛行機の滑走路で、その後、理想の文教都市の象徴的街路になっていったというのも物語風で興味が注がれる。

 そういえばこの通りは桜と緑の木々で『新東京百景』や『新・日本街路樹100選』という勲章を持っているが、納得だ。『こいずみ道具店』は国立の駅前からこの大学通りを歩いて約18分、東西に伸びるさくら通りと交差するところにある。まさに桜と緑、日本人の心の写し絵のようなローケーションで、もうこれだけでも小泉さんのこだわりが読み取れるというものだ。ちょっとはじけて言えば、小泉パラダイムを見る前に心ほぐされ、晴れの舞台の花道を行く気分ということか。ちなみに『商店建築』では満開のさくら越しにお店の写真をレイアウトしているが、やはり、桜とお店が作り出す空気感にイメージが膨らむのはみんな同じなのだ。

 入口のガラス戸を開けて一歩中に入ると、そこはお店というよりアートギャラリーという趣だ。小泉さんがデザインされた食器やキッチンツールなど、小泉さんの言葉による"生活道具"が次から次へと目に飛び込んでくる。まさに。個性的な役者が磨きに磨きをかけられて、時の重みを運んできたようだ。それぞれがそれぞれの機能を形に変えて、存在感を見せている。シンプルでモダン.研ぎ澄まされた構造、形体の先に無言のメッセージが潜んでいる。
 すると、アートコンシェルジュという雰囲気で案内いただいたスタッフもお店の雰囲気にぴったりだ。生活道具に対する思い入れを語られるので、小泉パラダイムにどんどん引き込まれていく。やはり写真などと違ってリアルに勝るものはない。リアルと言葉が我が頭の中に着実にファイルされていく。カルチャーショックだ、

 そこへ小泉さんが顔を出され、初対面とはとても思えない気さくな表情と言葉で語りかけられると、もういけない。カルチャーショックの追い討ちだ。これまで本などで読んできた小泉さんのものづくり、デザインマインドが打ち寄せる波のように我が身を襲い、こだわりのダイナミズムの中から次代への進歩、発展が描かれていく姿を改めて教えられる。言葉を返すと、時代はデザイン力によって創られていくという熱い想いだろう。これら生活道具たちが人々の日常的暮らしの中に入り込んで、新たな時代への彩り、香り漬けをしていくように思えてならない。

●産地の時の重みに、新しい価値観を吹き込む。

限られた時間だ。目の前にある生活道具に込めた想いを伺ってみた。すると、小泉さんは言われる。道具には作る人、考える人、売る人、使う人がかかわっている。自分は考える人、つまりデザイナーだが、そのデザインには3つのスタンスがある。
1つは、すぐ売れてヒットするデザイン。だが、これはすぐ、売れなくなるということでもある。2つ目は、売れることは2次的で、とにかくメッセージ性に力点を置いたデザイン。そして3つ目は、すぐに売れないが、長く売り続けられるデザインであると。
小泉さんは3つ目だ。ロングレンジで、長く売り続くということにこだわっておられる。ともすれば、市場性という観点からデザインが要求されたり、新しいモノが次から次へという時代だが、小泉さんは"それはちょっと待って"だ。裏を返せば、使う人が親しく使い続けたいデザインに終始されているのだ。


 では、使いつづけたくなる生活道具って何だろう。それには、"丈夫で長持ち""使いやすい""価格がお手頃" そして、小泉さんは"親しく、愛着が持てる"ことが大切だと言う。そのために使う人以上に作り手の意識がないとダメだ。"高度経済成長期前には多くの作り手が自分たちの作りたいものをプライドを持って作っていた。その後高度経済成長期を迎え、作ると売れる時代がきた。しかし、それが常設化して、"安いものを早くたくさん作ろう"になってしまった。それが今日まで続いている(エリアマガジン『ののわ』より引用)"と、問題提起されている。
そのために、いま大事なことは作り手が作りたいものを楽しく作っていくということだ。そうすれば使う人にもこちらの想いが伝わる。作り手の愛着が使う人の愛着に変わっていく、これこそが"使いつづけたくなる生活道具の出発点です、ね"と熱く語られる。そこに、ある意味では作り手の近いポジションにおられる小泉さんならではの作り手への深い愛情を見る思いだ。

 ある雑誌の対談で、"産地が生きる、デザインが生きる"というテーマで地域とコラボレーションした地域ブランド品に力を注がれている話をされている。このことに触れると、小泉さんは「全国津々浦々、地域には表情があります。歴史があります。特に素材について言えば土地が育てた時の重みがあります。そこにいま一度光を当て、新しい価値観で彩り、現代という新しい舞台で語り続けたいのです。そのために、ボクのデザインの第一歩は現地へ赴き、そこの空気を吸ってくることから始まります。そこに住む人と声を交わしてくるところから始まります。愛着のある地域ブランド品はお互いの信頼関係があり、負担も、可能性も共有するとこらから描かれていくんですよ。文書のやり取り、メールのやり取りで済ませる問題ではないんですよ。デザイン行脚ですね」だ。
 いま目の前にある生活道具の大半は、そんなデザイン行脚から生まれたそうなので、その一端をクローズアップさせていただこう。

 写真Aは、樹齢100年もの土佐檜を使った『まな板』である。現地土佐のメーカーと出会った時に、"薄さに挑戦しませんか"と家具に使われる反り止めの提案をされた。すると、そこの職人さんは板の真ん中に正確に溝を入れるための機械を自ら作り、桜の芯材を差し込むことで8ミリという驚異的な薄いまな板を作られたのである。「まさに職人さんの技と誇りですね。一般的なものよりも高い値がついていますが、扱いやすさが好評でお求めいただいています」と語られる。

 また、写真Bは、東京+三重で作られた国産の琺瑯のキッチン製品である。国内の琺瑯メーカーは海外に追われてどんどん姿を消しているが、その中で奮闘する町工場に共感。琺瑯独特の美しさに加え、注ぎ口の接合部が滑らかに仕上がり、柄が倒れないようにするなどデザインと機能に徹底的にこだわられたそうである。


 クローズアップしたら枚挙にいとまない。どれもこれも、そこに深い深い物語が詰まっているようだ。そんな産地との想いを一つにするという観点から生まれた、ここ『こいずみ道具店』について伺ってみた。
「バブルが終った頃にかかわった産地の企業が倒産したことがショックでした。デザイナーとして品物は作ったのに成果が出なかった、自分はデザインしただけで後は関係ないと見過ごしていていいのかと。こんなことではデザイナーとしての信頼、信用を失うことは明白だ。ここはデザイナーもリスクを共有していこう、産地の作る人と使う人を結ぶ役割を担おうと決心したんです。この新店は昨年の桜満開の4月1日に、ここから歩いて1分の所にある旧店は平成15年にオープンしました」

●明日の進路をたぐり寄せる、デザインを求めて。

 短い時間だったが、桜の満開ならぬ、ボクの頭は全開した。ものづくりへのこだわり、デザイナーはいま何をすべきか、デザイナーはどこに向って歩いていかなければならないかを改めて学んだ。
 確かにデザインは、産業の、社会の、暮らしの進歩を促し、時代を創ってきたことは言わずもがなである。そこに商業主義が加速度を与えたことも間違いないことだ。だが、小泉さんはそこに胡坐を描くことなく、"デザイナーよ、いま一度、デザインを直視していこうよ、向いあっていこうよ"と呼びかけているようだ。遠慮なく言わしてもらえれば、デザインという行為をもっと高みに上げ、そこから生れるものをもっと日常化し、手の届くところに置いていこうということではないだろうか。

 となると、小泉さんの生活道具をこの目で見たいということですよね。国立へ出かけてみてください。小泉さんの愛着ある申し子とお会いできますから。ついでに付け加えると、帰り際にスタッフから言われた言葉がまたまた、泣かすんですよ。こだわりがあるんです。
 「このお店の白い壁を触ってください。この中には小泉が大事にとっておいた古い名刺やDMなどを細かく裁断して塗り込めてあるんですよ。みんなに支えられてきた感謝や過ぎ去った歴史を封じ込めて置きたかったんですよ。そんな中から明日を手繰り寄せたいんです」



文 : 坂口 利彦 氏