こだわり人[2014.09.04]
魅せられる、リアルで忠実な再現力。
用心棒、椿三十櫓、天国と地獄など黒澤明映画監督の舞台裏にこの人ありと言われた美術監督の村木与四郎さん。あの数々の名作のスタジオセットを一手に担われたが、現実を具象化する手腕にいつも魅せられていた。戦後の焼け跡から数十年に渡って描かれたスケッチ2000点、写真2万枚は時代考証の資料として映画産業の重要な財産になっている。
その村木さんとあるご縁で東武ワールドスクウェアにご一緒させていただいたことがある。
10月の五回忌を前に、帰りの電車の中で言われた"世界遺産や世界の建物を再現、しかも縮小して見せるなんて、まさに芸術だね。小学校で工作の時間をもっと増やせば、子供たちの観察力とか集中力とか想像力がもっと養われるのに"という言葉を思い出していると、荒川区から『荒川ブランド モノづくり』という小誌が送られてきた。見るとミニチュアドールハウスという非常に気になる制作工房&ショップが紹介されていた。
ということで今回は、荒川区の『ドールハウスミニ厨房庵』に着目させていただいた。
■こだわり人 ファイル031
魅せられる、リアルで忠実な再現力。
ドールハウスミニ厨房庵(東京・荒川区)
●家族で営む小さな世界の大きな拡がり。
あいも変わらずの都営荒川線だ。HPを拝見すると、『ミニ厨房庵』にはちょっと歴史を思わせる台所などを再現した写真が掲載されていたので、このノスタルジックな電車が早くも前哨戦のようになって心が弾む。降りる駅が荒川遊園地前ということからかもしれない。まさに子供の頃の遠足気分だ。いつも時間追われで生きている私たちに、"少しゆっくり行きましょうよ"と肩を叩かれているようだ。

降りた駅から歩いて5分。住宅地の一角に『ドールハウスミニ厨房庵』の看板がかかっていた。ちょっと横丁という感じで、ここでも何か懐かしい気分になってドアを開けると、もう完全に別世界だ。メルヘンだ。お洒落なキッチンがあり、何度か旅した温泉宿があり、近所にあった中華料理屋がある。そのリアルで忠実な再現力。その特化した専門性はまさにこだわり以外のなにものでもない。
デパートや展示会などで何度も見てきたが、ここで見るものにはまた格別なものがある。形の向うに台所の音があり、焼ける魚の臭いがあり、テーブルの上の花の香りがある、いやいや、『ミニ厨房庵』をテレビの『アド街ック天国』や『若大将のゆうゆう散歩』で紹介されているのを見たが、やっぱり現実のこの空気感はここに立たなければわからないというものだ。


ショップの奥に工房がある、ドールハウス作家といわれる河合行雄さんと奥様の朝子さん。そして長女のあさみさんの3人でドールハウスの夢を追いかけていると言われると、もういけない。昔、懐かしい"家族経営"などという言葉が思い浮かび、またまた、時間が戻ってくると共に、この事業への河合さんならではのこだわりが我が身を打つ。すると。河合さんは言われたのである。
「アパレル会社に勤めていた私は朝子と結婚してから、家業の金属プレス工場を継ぎました。朝子は趣味だったドールハウスを本格的にやりたいということで教室に通っていたのですが、あるとき、本物のような銅製の鍋を作ってほしいと頼まれたんです。この小さな世界に挑みましたね。すると。ドールハウスの素材に金属を使うのなんてわが国で初めてということで大きな話題になって、注文が来るようになったんです。
折からの不景気で工場の仕事が減ってきていたのでので、"よし、これだ。夫婦でやろう"ということですよ。2005年に金属を加工してミニュチュアの厨房器具などを作り、販売する『ドールハウス ミニ厨房庵』を立ち上げたんです。後に、美術系の大学を卒業した長女も参加してくれましたから、いまは3人の家族経営ですよ」
そして付け加えられたのである。
「これまでは商品のパーツ作っているだけで、最終商品がわからずいったいこれは何に使われるのかもわからないものもあったんですが、完成するもの、形のあるものを作るなんて本当にいいですね。こだわっていますよ」
●現物の12分の1の世界を追いかけて。

まさに、人に歴史ありだ。現在は金属といっても。ステンレス、銅、アルミ、鉄、真鍮、ブリキと多彩だし、再現するものならば粘土、プラスチック、木、紙など材料は自在に使うそうだ。また、作られるものも多彩で。大規模なドールハウスのセットものからドールハウス用の厨房調理器具や食器、ガーデンハウス用品、食材などのパーツに至るまで、ハンドメイドの世界に徹底的にこだわっておられる。
そこで奥様に伺ってみた。ドールハウスに興味を持ち、学び、作り、ショップ経営を始めた動機を。すると、奥様はこの8月に出版された『ドールハウス Ⅱ』(発行:亥辰舎)に掲載された『ミニ厨房庵』の作品などを見せながら言われたのである。
「ドールハウスの楽しみはこのようにいろいろありますが、基本的には『作る楽しみ』と『集める楽しみ』があります。私たちは両方を楽しんでいますが、ドールハウスの奥深さ、人の心の中にある愛しさとか懐かしさとかを揺り動かすところに魅せられたんです。単に、小さな厨房模型を作ることではなく、現実を小さくすることによって全体が見えてくる世界があるんですね。生きることの感動心とか、明日への希望とか、あの小さな世界から手繰り寄せられる神の手のようなものがあるんですよ。そのホットな皮膚感を共にしませんかということですよ」
すると、その小さな世界がすべて同じ寸法規格で作られているように思えてならないので伺ってみた。
「ドールハウスにはいろんな作家の作品を求め、自分でコーディネートして完成させていく楽しみがありますので、現物の12分の1のサイズという一つの規格があるんですよ」
そして、その規格になった背景には「歴史的な由来があるんですよ」と言って、ちょっと興味のある話をいただいたので、簡単に紹介しておこう。
ドールハウスの歴史は紀元前のエジプト文明にさかのぼるが、現代のような収集的な位置づけになったのは20世紀の初め、イギリスのメアリー女王のドールハウスが最初である。
この時、ミニュチュアという小さな世界に心酔した女王のためにミニュチュアの架空のお屋敷を作ることになったので、国王は女王のためなら最高のものでなければということで建築、家具、食器、日常品、食材、ワイン、車などなどさまざまな分野の専門家を召集された。すると、問題になったのは一軒のお屋敷に納めるのだから、サイズはバラバラではダメ、一定のサイズで作ろうということになったのである。それが実物の1フィートを1インチ(*))にするということになり、その規格が以来今日まで面々と続いているのである。
(*)1インチは1フィートの12分の1

なるほど、小さな世界のグローバルスタンダードということだ。そんな歴史あるドールハウスが今では趣味という枠を越えて、私たちの暮らしの中で一つの文化的なポジションを得ているのだ。言葉を変えると、ある時代、ある地域の生活環境を再現する歴史的、風土的な価値を持ってということである。
となると、勢い作り手に求められるのは、美に対する豊かな感性、研ぎ澄まされた技術、想像力を駆り立てる再現力だ。もっと言えば、人の心の琴線をつま弾く詩心かもしれない。
●ハンドメイドの極意から生まれる愛しさ。

では、そんな詩心が求められるドールハウスを河合さんはどのように作っているのだろうか。そのこだわりの技術を伺ってみた。
「依頼品であろうが、こちらで作るものであろうが基本的には完成品のイメージスケッチから始まります、そのためには実物を見たり、写真を見たり、また、レストランなどの再現などですと、店主の過去の歴史や現代の想いなどを詳しく聞かせていただきます。そして。いざスケッチを描き始めますと。出来上がりの12分の1ということを常に頭において手を動かしていきます。ここは非常に大事なところで、出来上がりが10円玉硬貨の小さな世界ですから、単純に縮尺すればというものではないんですよ。薄いカーテンや食器の側面などはそのままやれば見えなくなってしまいます。その見えないものをどれぐらいの厚みで再現するか、ここが私たち作家の見せ所です」
確かにそうだ。こればかりはコンピュータでなんてことは出来ない。作り手の感覚でやるしかないのだ。そして、そんな人間的感覚が問われるプロセスを経てスケッチ図が出来上がると、材料の選定をして、本物に近づけていく工作技術ということになるそうである。型を採ったり、材料を切ったり、削ったり、繫ぎ合わせたり、まさに一点一点のハンドメイドの世界だ。
「このハンドメイドの世界が愛しさとか、懐かしさとか、物語を作っていくんですよ。単に本物と見間違えるものはないんですよ」と言われると、改めて納得だ。
そして、製作中ドールハウスを見させていただいたが、部屋の間取りがあって、屋根があって、天井があって、床があって。壁があって、窓があって、厨房があって、食器があって,テーブルがあって、皿の上にはオムライスがのって・・・。
ボク自身建築模型などをよく見るが、一味違うそのリアルな世界には圧倒されてしまう。もう見ているだけで、こちらが小人になってその家の中を動きまわり、自分だけの物語を描いてしまっている。
作業台なども見せていただいたが。まさにルーペとの毎日だ。もうそれは、根気以外の何もでもない。そのこだわりに正直、脱帽だ。
●下町の技術が、世界に向って。
改めて思う。ドールハウスという12分の1への挑戦。そこに人間の得も言われないハンドメイドパワーを見る。人々の日常的な生活シーンを小さな世界に封じ込め、そこにある音や香りや空気の流れまで詩情豊かに描き出されるのだから。
かつてボクは模型の種類について勝手なまとめ方をしたことがある(下記の表)。こうしてみると、この世の中は模型社会ではないか。ある意味では模型が社会のエンジンの役割を果たしている。そのエンジンの一つであるドールハウスにこだわる「ミニ厨房庵」に、大いなる拍手だ。

いま。河合さんの家族はこのドールハウスの体験講座やワークショップにも力を入れておられる。荒川区でもそれを支援し、ものづくり見学・体験スポットに認定されている。そこにはドールハウスの人間的な奥深さ、人間の能力を引き出す礎があるということだろう。あの村木さんの言う"観察力とか集中力とか想像力を養う"の言葉が改めて思い出されてくる。
それからもう一つ加えると、河合さんの「荒川区という下町から世界へ」という熱い想いだ。ここに来て、アメリカをはじめ海外の展示会などに出展して、"ものづくり日本"を世界に向って発信されている。「めざすは、あのメアリーの国、イギリスです」なんて言われると、もう諸手を挙げて応援だ。小さな世界から始まる大きな世界、思わず覗き見したくなってきた。
ドールハウス ミニ厨房庵
http://minityuan.ocnk.net/
文 : 坂口 利彦 氏