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こだわり人[2015.04.10]

都内で唯一残る、屏風専門店のこだわり

 こだわりの"ものづくり"を次世代へ―。好きな言葉だ。東京都・墨田区の江戸の伝統技術を受け継ぎながら新しい時代の空気を取り入れたものづくりに終始するグループ『パルティーレ(出発とか船出の意)』から春の便りが届いた。「"作るを創る"を掲げた墨田区の職人魂は快調、また一歩、先を目指して櫓を漕いで行きます」と記されている。まさに隅田川の尽きせぬ流れのように永らえていくということなのだろう。
この、こだわり人の第2回目に『東京スカイツリーの足下のものづくり』ということで墨田区のこだわり人を紹介させていただいたが、東京スカイツリーもこの5月には2周年を迎えるので、その後の街の表情も気になる。そこで、今回は東京スカイツリーの真ん前、歩いて1分の所にある片岡屏風店の代表、片岡恭一さんに着目させていただいた。都内で唯一残る屏風の専門店として、そのこだわりのある手仕事はテレビや雑誌などでも広く紹介されている。

 

 

こだわり人 ファイル037

都内で唯一残る、屏風専門店のこだわり

片岡屏風店  片岡 恭一氏(東京都・墨田区)

●屏風に魅せられて60年。ものづくり墨田区の象徴

 元気な街だ。東京スカイツリーのオープン当時とまったく変わらない人の行き来が激しい街並みだ。高台にある東京タワーは4本足がしなやかで情緒的な雰囲気をかもし出しているが、東京スカイツリーはあくまでもたくましく、力強い一本気を感じてしまう。ある面ではものづくり墨田の職人気質のようなものをついつい感じてしまうのである。
その一本気から歩いて1分、まさに目の先という場所に暖簾を掲げるのが片岡屏風店である。昭和21年に創業された父の跡を引き継いだ2代目の片岡さんは伝統ある屏風の火を消せないという想い一筋だ。屏風づくりのこだわり職人として、工房ショップのオーナー、屏風の小さな博物館の館長、東京都および墨田区から認定されたマイスターという一人三役をこなしておられる。

 実はこの三役は、墨田区が現在進める産業振興施策『すみだ3M運動』の模範的な役割を果たしていると言われているので最後に触れるとして、まずは屏風に対する片岡さんの想いを紹介させていただこう。
「屏風という語源は読んで字のごとく風除けです。室内などに流れる風を遮ったり、視界を防ぐために生まれた調度品です。もっとも古いのは朝鮮半島の新羅から献上されたものですが、平安時代になると貴族のお屋敷では不可欠なものとなり、唐絵、大和絵、水墨画、文人画などが描かれています。江戸時代になると絵画などを発表する装飾品的な役割を強め、現在では調度品でもあり、装飾品でもありということで、独特の屏風文化を形成していますね」
聞けば、屏風は中世から近世にかけては日本の輸出商品のトップだったというから、その存在感は推してしかるべきだろう。まさに日本のものづくり文化、いや、表現文化の象徴だったのだ。その魅力の一つは定形美で、現在は6曲屏風。4曲屏風、2曲屏風が一般的だそうである。
「曲というのは屏風の折り方を示したもので、屏風の1枚1枚は扇と言い、これを接続したものを1隻と言います。ですから、6曲屏風というのは6つの扇で構成されているということです。また、屏風が折れているのは折ることによって絵に立体感が生まれるし、正面だけではなく左右から見ることによって絵にリズムが表れるし、一つのストーリーを持たせることができるということです。それを楽しんでいただきたいですね」

 

●屏風への思い入れが作り出す"屏風百景"

 屏風に対する片岡さんの想いに教えられる。屏風の小さな博物館であり、工房ショップであるいまいる空間はまさに屏風のテーマパークだ、毎日毎日、屏風に囲まれて生活されている片岡さんの心根がわかるようだ。タペストリー、つい立、パーティション、カーテンなど空間を彩るスペース調度品はいろいろあるが、屏風が作り出す空間の空気感、趣き、香りなどを思うと、屏風の存在をもっともっと身近に感じなければと思ってしまう。すると片岡さんは「現在、私が手がけている屏風は」と言って、"屏風百景"といったものを紹介いただいたので、その内容を一覧にして紹介しておこう。

 

 面白いと思ったのは「今後、増えていくでしょうね」と言われたオリジナル屏風である。例えば、お客様が描かれた絵や書を屏風にしたり、肉親の形見の着物や帯を屏風にしたりする人が増えているそうである。また、家族の思い出の写真を屏風にしたいというお客様もおられるそうである。何かわかるような気がする。思い出を屏風にして毎日を過ごす空間に一つの風景を作り出すなんて、最高のロマンですよ、ね。
「鏡面アクリルを表面に貼った姿見屏風やスピーカーを組み込んだサウンド屏風、香りの出るアロマ屏風なども作りましたよ。また、春夏秋冬の自然風景や星空をあしらった衣がえ屏風も作りましたよ。何なりとお申し付けくださいですよ。屏風はその家と共に生きて行くんですよ」

 

●丁寧な手仕事に職人の誇りあり

 では、これらの屏風はどのように作られていくのだろうか。「すべての工程が手仕事で、手間ひまかけ丁寧に仕上げていきます。それが私ども職人の誇りですからね」と言われながら、その工程を紹介いただいたので、さまざまなシーンを思い浮かべなら聞き入った。

 

  「屏風は木枠の骨格に用紙や用布を表面と裏面に貼ったものが基本です。そのため、まず最初にするのは屏風の原型になる格子状の木組みです。反りや変形は絶対ご法度ですから、私どもは木組み技術にたけた専門の木工職人さんに組み立てていただいています。
木組みができますと、下張り(骨縛り、胴張り、蓑張り、蓑押え、受張り)をおこないます。その後の上張りをきれいに仕上げる元になる作業ですから、丁寧な上に丁寧を重ねて和紙を貼り重ねていきます。
下張りが終わると、折りたたみの部分の蝶番組みです。これには和紙を重ねて貼る伝統的な紙蝶番をはじめ強い紐で縫い合わせた紐蝶番、金属性の屏風専門の金蝶番といった方法があります。金蝶番についていえばスガツネ工業さんのを使っていますよ」
これはありがたいことだ。スガツネ工業のこだわりの金具を、こだわりの職人さんに使っていただいているんだ。

  「蝶番組みが終わると、上張りです。材料は和紙や布で表面に貼っていきます。結局、屏風はこの上張りを毎日見ていただいているわけですから、ここでのこだわりは想像していただけるでしょう。職人が職人としての腕の見せ所ですからね、精魂を込めて扇と向かい合いますからね。
そして、上張りが乾燥したところで最後の縁付けに入ります。これには塗縁と生地縁があり、形も山丸や角丸や角といったタイプがありますが、全体の見ばえやお客様のご要望に応じて納得いただける仕上げに終始します」
屏風の工程を聞いていると、片岡さんの屏風への真摯な思いが改めてわが身に食い込んでくる。屏風と言えば,尾形光琳の国宝「燕子花図」を思い浮かべ、大きなお屋敷の高価品というイメージをついつい持ってしまうのだがそうではないんだ。ある面では毎日毎日の環境生活道具ということかもしれない。
「そうですよ。屏風は日常性のあるものですよ、まさに環境生活道具ですよ。そんな意味もあって私どもは現在、『屏風体験教室』を開講し、屏風にもっと親しんでいただく場を設けています。もう10年以上も続けていますが、2014年には体験者が1200名を超えましたが、屏風に関心をお持ちの方も多いということを実感しています」

 

 

●人と技の縁結び

 うれしいね。聞けば修学旅行生たちがここに来て片岡さん自慢のからくり屏風(屏風の魅力を伝えるために折り方によっていろんな絵が表われてくる)などを作り、屏風の構造や機能を学んでいくそうである。また、その制作体験を通じて日本のものづくり文化に対する関心も高まっているというから、頼もしいぞ若い人たち、だ。
「この国のものづくり精神は永遠ですね。私どもは屏風を通じてものづくり精神を若い人に伝えていきたいですね。屏風という小さな世界ですが、次世代の子供たちにしっかりとバトンタッチしなければねぇ」
とんでもない。大きなことだ。単なる屏風体験ではない。そこにはものづくりに対する心とか姿勢を持ち続けてくださいという片岡さんなりの想いが込められているのだ、よしボクも体験教室に参加してオリジナル屏風を作り、乾いた我が部屋に新しい風を吹き込もうと改めて心したものである。

 

 先に墨田区の産業振興施策『すみだ3M運動』に触れたが、最後に少し言葉を添えさせていただくと、この施策は高度成長が終わったときである。墨田区の特徴であるものづくりが減少し、街が停滞することに危機感を持った区が産業振興のために打ち出した運動である。3つのMはMuseum(小さな博物館の名で、作業場の一角に墨田区を象徴する産業や文化を代表するコレクションなどを展示する)、Manufacturing Shop(製造現場と販売店舗を一体化した新形態の工房ショップ)、Meister(付加価値の高い製品を作る技術者)の頭文字で、片岡さんはものづくりの立場からこの運動に深くかかわり、リードオフマン的役割を担ってこられたのである。冒頭に紹介した一人三役の片岡さん。まさに3M運動の生き字引ということではないか。

  帰り際にちょっと興味のある『向島の七職人 人と技の縁結び』という印刷物をいただいた。その一文を紹介すると、"春は桜、夏は花火の隅田川、その東岸にある向島、今でも「粋な風情を色濃く残すこの街に七人の伝統を守り続ける職人がいます。昔ながらの技法に自らの工夫を加え親から子、子から孫へと受け継がれる技。東京スカイツリー開業により多くの方々が墨田区へ訪れますがぜひこの機会に"ぶらり"と向島にお立ち寄りください。『人と技の縁結び』・・・"と綴られている。そして、その七職人の一人に籐工芸師や江戸木目込人形師と並んで屏風師の片岡さんがクローズアップされていたのである。
人と技の縁結びか、やっぱりものづくり墨田は元気だ。


文 : 坂口 利彦 氏