こだわり人[2016.01.12]
江戸情緒が残る人形町の、新しい暖簾へのこだわり
こだわり人は未来だ。こうして“こだわり人”を追いかけていると、改めてそのことを思い知らされる。自分なりの世界観を持って、今をかみしめ、明日を描き続けておられる。その姿はあくまでも気高く、教えられること数知れない。あの内なる自分自身にコンパスの先を押し当てて、外へ外へと大きな同心円を描き続けられるエネルギーはどこからくるのだろう。新しい年を前に今一度、わが身にムチを打ち当てて、勢い込んでいるときに、このこだわり人をいつも読んでいただいている方から、気になるメールをいただいた。“中央区の人形町にある創業230年の老舗、打刃物『うぶけや』を前に紹介されたが(No.19)、その店から歩いて3分のところにある『生活道具屋 surou』というショップのこだわりがみごとだ”と記されていたのである。

早速HPで調べてみると、たちまちのうちに我が好奇心に火が付いた。『うぶけや』は創業230年以上の伝統を誇る老舗で江戸の香りを残す店だが、『生活道具屋 surou』は人形町の新たなランドマークとして誕生したこの界隈一ののっぽビル『リガーレ日本橋人形町』の1階に店舗を構える振興店だ。しかもその店舗経営については時代の流れをとらえた新しい暖簾の誕生を着実に手繰り寄せられているのである。
これはもう、とにもかくにも行かなければだ。ということで、今回は『生活道具屋 surou』の代表取締役、河合 源さんに着目させていただいた。
■こだわり人 ファイル045
江戸情緒が残る人形町の、新しい暖簾へのこだわり
生活道具屋 surou(東京都・中央区)
●毎日の暮らしに彩りを添える

相変わらずの人形町だ。ぶらり歩けば、江戸時代からの老舗が次から次へと足を止めさせる。すき焼きの『今半』、軍鶏鍋の『玉ひで』、人形焼きの『重盛』、香りの『松栄堂』、爪楊枝の『さるや』。看板を見ているだけで、小粋な江戸っ子の気分になってくる。『さるや』なんて、2016年の干支先取りのご利益をいただいているようでいい気分だ。よし今日は一仕事を終えると,竹下夢二グッズの『湊屋』、辻村寿三郎の『アトリエ兼博物館』にも立ち寄ろうと腹を決めて、『生活道具屋 surou』に向かうと視界が一転だ。新大橋通りに沿った『リガーレ日本橋人形町ビル』が足を止めさせた。

入り口前の緑の植栽がいい、車の流れが途絶えることのない中でのまさに一服の清涼剤だ。こじんまりしているが、都会の小さなオアシスという感じで道行く人の心を和らげている。もうこれだけで、この店のこだわりを見て取れるというもんだ。
緑の入り口を一歩入ると、天井から床から壁から生活道具と言われるこの店の主役たちが次から次へと目に飛び込んでくる。HPで見ていたよりも、やはり現物を目にしたり、手にした感触はさすがにいいものだ。これをわが家に置いたらなんて思いを巡らしていると、先に進まないので河合さんにこだわり云々の話をさせていただいたのである。すると、
「この店のこだわりですか、ありがとうございます。この店は2008年1月にオープンしました。それまでは同じ中央区の月島で開業していたのですが(2005年9月に開業)、そこでの経験とノウハウを生かして、この人形町ということです(現在はこの人形町に経営を集中されている)」

●作り手のメッセージが聞こえてくる商品の提供
短い言葉だったが、その表情にはお店へのこだわりがはっきりと読み取れる。そこで、気になっていた『生活道具屋 surou』という屋号で店を立ちあげられた動機である。
「月島に店を開業する前は、ファッション関係の専門店に勤めていたのですが、毎日の暮らしの中で使う食器やバックや照明などにもっと光を当てて,その存在感や価値観をお客様に届けたかったんです。日常的に何気なく使うものですが、それを目にしたり、手にすることによって心が癒される。心がときめく。そんなプラスαの商品をセレクトし、提供したかったんです」
なるほど、目の前に並ぶ商品を見ているとそのことが明白だ。“ほんの少しだけ贅沢な暮らしを応援します 生活道具屋”というショップフレーズも言い得て味わいがある。どれをとっても商品にこだわりがあり、その商品の作り手のメッセージが聞こえてくるようだ。

surouという言葉も気になるではないか。「そうですか、surouというのはゆっくりということです。時間に追われてせかせか生きるのではなく、ちょっと肩の力を抜いてゆっくり生きていきましょうという思いです」
そう言えば、2005年といえば、スローライフとかスローフードという言葉が時代のキーワードの一つになっていたが、そのことを話すと「そうですね」だ。私自身も時間に流されないで、マイペースでという思いがあったので、河合さんの想いがよくわかるというもんだ。

●店が街を作り、街が店を作っていく
ところで、もう一つ気になっていたことがある。月島から始まって人形町へ。店に置かれている商品からすると、青山とか新宿とか渋谷などにあった方がより映えるのではないかと勝手な思いだ。なぜ江戸の雰囲気が強く残るところに店を構えられたのだろうか。
「私は人形町生まれで、両親がこの街で食堂を営んでいました。周りには個人が営むさまざまな店が軒を並べて活気がありましたね。その後、時代の進展と共に店が次々と消え、オフィスビルなどに変っていったんです。
ある面ではこれも仕方がないことですが、先にお話したように専門店に勤めて商いや経営の勉強するうちに、日常的な生活道具に対するプラスαの想いと、街が魅力的になるには多様性が大事で、個人がそこに暮らしながら店を営む形態が大事だという想いが抑えきれなくなってきたんです。両親が働く姿を身近に見ながら子供が育つ。両親もまた子供を見ながらがんばる。すると次第に行き交う人との会話が増えて街に活気が戻り、新たな店も増えていく。誰かの店ではなくて ○○さんの店”という形でこの土地に根づいていく、こんな仮説を実践してみたかったんです」
そこに、商いの原点を見る思いだ。店が街を作り、街が店を作っていくのだ。
「人形町には新しいオフィスビルなどが立ち並ぶようになってきましたが、幸い、この街には一歩中に入れがば昔ながらの風情や趣がある。地下鉄も多くの路線が交差して、新旧の人の流れもいい。伝統を引き継ぎながら新しい時代に対応していく吸収力もある。 よし、ここを勝負地にしよう"いうことですよ。自分の生まれた土地でもありますしね」
●店舗にも商品にも、店主の想いを結集
表情に、言葉に、河合さんのこだわりがあふれている。すると河合さんは、「このsurouの店づくりはDIYが基本です。商品や特別な技術や設備以外は自力で行うことを良しとしています」と言われ、店舗コスト節約と同時に店に対する自分たちの想いをお客様に伝えたいということを強調されたので、そのことを紹介しておこう。

店のデザインから内装材の選択、床や壁の塗装、什器、看板の制作などはすべて自分たちで手掛けられたそうである。時間はかかるが、「自分の店だ、頑張ろうという高揚感がいいですね」
だ。しかも、深夜まで店づくりをしているということで、道行く人にどんな店がオープンするのか、PRにもなったそうである。
「中でも見ていただきたいのは、床や棚やテーブルに建築現場などで使われる足場板という使い回された杉板を使っていることです。また、床の一部には足場板に組み合わせてモルタルも使っていますが、使われていたペンキ跡やメモ書きなどが残っているのがいいでしょう。かってこれらを使っていた職人さんたちの手触り感が伝わってきて、時の刻みを感じませんか」

そんな店舗へのこだわりが個性的なこだわり商品を優しく包み込んでいる。ジャンルの違う商品がまるでオーケストラのようだ。店内の空気感と個々の商品の空気感が一体となって、ここ独特の旋律を奏でている。食器、盆栽、バック、革製品、文房具、紙製品、民族衣装、何かが違う。プラスαに満ち溢れている。まさにその旋律は 緩"という言葉に尽きると見たがどうだろう。すると河合さんは言われたのである。
「そうです。スロウです。穏やかです。月島で始めた時は品数が少なくてスカスカでした。照明、銀器、木箸、苔玉ぐらいです。その後、和紙、食器、瀬戸物、ガラス製品、盆栽など、納得のいく商品を揃え、今では品数にして100種類以上もの商品を店頭から店内に置いています。まさにスロウの名の通り、少しずつ、ゆっくりとお客様の様子を見ながら増やしてきたもので、 この規模の店としては実にバリエーションがあって、発見する楽しみがある、愛が宿る店だ”と言われるのが一番嬉しいですね」

●お客様と店との大らかで,微笑ましい関係を

そう言えば、ここに並んだ商品に『村上雄一郎さんの革製品』とか『森田さんの和紙』とか『河上智美さんの硝子』といった作った人の名が記されているのにも河合さんのこだわりを見てとれる。作った人へのねぎらい、優しい想いがそうさせるのだろう。作った人の意気込みとか情熱が伝わってきて、それぞれの商品に対する愛しさが自然と沸き起こってくるというものだ。
勢い、それらの商品を通じてこちらも時間を優しく大切にしようという思いになってくる。いましばし話をお聞きしたかったが、平日だというのに店内のあちらこちらで商品を手にするお客が増えてきた。近所の人らしい子供ずれの親子がいれば、近くのオフィス勤めのOLや水天宮にお参りした妊婦もいる。これ以上はご迷惑をかけるということで引き上げようとすると、河合さんはこんなことを言われたので最後に紹介しておこう。
「商品へのこだわり、店へのこだわり、最終的にはお客様へのこだわりです。お客様に喜んでもらえる、お客様の期待を裏切らない商品の提供です。そのために大事にしているのは 誠実さ"ということです。正直に真摯にお客様と向かい合うことを肝に銘じています。

だが、その一方で、お客様は神様的な考えは持っていません。あくまでは対等だと思っています。僕らは一生懸命にいい商品を見つけ、しっかりと伝えますので、お客様はそんなsurouを見つけ、理解し、共感していただきたいという思いです。無理難題に対応したり、いたずらに媚びを売ったりするのではなく、あくまでもウィン―ウイン。大人で大らかで微笑ましい関係をめざしています。そこから愛用品とか愛着が生まれるんですね、愛が宿るんですよ」
ワンポイントガイド
江戸の面影を残す人気の人形町の初春。「初売り」があったり、「初荷」があったり、“さあ、今年も頑張るぞ”という商家の元気な掛け声が聞こえてきそうです。この人形町から歩いて10分。小伝馬町を越えた岩本町の手前にある『こだわり王国』の総本山ともいうべきスガツネ工業の東京ショールームに立ち寄られませんか。昨年9月リニューアルオープンし、装いも新たに新しい年を迎えましたので、「初見」なんていかがでしょう。
スガツネ工業の"パートナーシップ"に触れていただければ幸いです。

左:5Fバスルームアクセサリー王国 中央:4Fスイッチ・コンセントプレート王国 右:3Fフック王国
文 : 坂口 利彦 氏