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こだわり人[2016.02.09]

心の人形工芸士節句人形へのこだわり / 倉片人形(埼玉県・所沢市)

 正月、“七草の節句”も終わり、2016年が早くもスタートした。だが、この節句に対する日本人の想いが年々希薄になっていくことを嘆く人が多い。私たち日本人は四季折々の節句を通じて、家族や祖父母や親類縁者と集い、絆を深めてきたからである。中には、節句と言われる『七草の節句』『桃の節句』『菖蒲の節句』『笹の節句』『菊の節句』という行事よりも、ハロウィンのあの狂騒が日本人かと、心を痛める人もいる。
  ある面ではこれも世の常、時代の流れということかもしれないが、「ちょっと待て、違うんだよ!」と"節句の美学"にこだわる雛人形の老舗『倉片人形』の5代目で、伝統工芸士・倉片順司氏とお会いする機会を得た。

 名刺を拝見すると、埼玉県伝統工芸モデル工場指定で、日本人形協会の副会長・広報委員長とあるから、これは雛人形へのこだわりが見て取れるというものだ。

 ということで今回は、3月の『桃の節句』も近いということで、雛人形を中心に節句人形にこだわる倉片順司氏をクローズアップさせていただいた。

こだわり人 ファイル046

心の人形工芸士節句人形へのこだわり

倉片人形(埼玉県・所沢市)

 

●創業、天保元年の老舗

 埼玉県といえば人形の街だ。生産高日本一ということは知っていた。だが、正直言って所沢がその一角を占めていることは知らなった。全国有数の大展示場を訪ねた。入口ゲートを入ると真っ先に『雛稲荷』と名付けられた小さな鳥居が目に飛び込んで来る。WEBサイトで見ていたので、これが創始者の倉片吉兵衛が建立(1839年)したものということがわかったが、こうして実物を目にするとやはりいいものだ。もうこれだけで、代々の雛人形への想いが伝わってきて、自然と頭が下がってくるのである。

 頭を上げると、この雛稲荷に見守られるように250種類もの雛人形が展示されたこだわりのショールームと制作工房が建っている。
ショールームの入口上のお雛様をモチーフにしたシンボルマークも印象的で、足が早まる。すると、入口で待ち構えておられた倉片氏に迎えられたのである。
ITや家電や住宅やファッション等々、さまざまなショールームを見てきたが、部屋の空気感がまったく違う。やはり人形の持っている人間性ということだろうか。我ら人間の写し絵という姿が、逆に人間の心を推し量っているように見えるのである。すると倉片氏は居並び、雛人形に眼をやりながら言われたのである。

「人形の心を、埼玉県は発信しています。
ご存知のように埼玉は人形づくりが盛んなところで、雛人形や武者人形などの節句人形の生産高が日本一で、全国の45%を占めています。その産地といえば、岩城、鴻巣、所沢、越谷が中心ですが、ここ所沢の歴史は古く今から180年以上も前に遡ります。ですから、地元でも私どもの事業が伝統産業であり、文化産業であるということで大切にしていただいています」

●最も手間のかかる着付への、こだわり

 伝統、文化。そこには節句人形を通じて人の心を和らげ、人と人との絆を深め、次代への明るい夢を描いていただきたいという倉片人形の創業者の心が綿々と流れているのだ。聞けば倉片人形は、節句人形の中でも雛人形の着付けにこだわって事業を推進していると言われるので、お雛様一体を作るのにどんな職人さんが携わっているのかを伺った。

「基本的にお雛様は頭師、髪付師、手足師、小道具師、そして着付師といった分業化された専門職人の技が集結して出来上がっています。基本的にはすべて手づくりですから、手間のかかることは想像出来ると思うのですが、私どもは着付師の分野を担っています。お雛様の最も映えるところで、重要なところです」

そして、言葉を付け加えられたのである。

「このように分業化されているので、全体の工程を取りまとめていくプロデューサー的な役割を担う人が必要なります。おかげさまで私は伝統工芸士に認定され、さらに日本人形協会が認定した節句人形工芸士(節句人形に関わる伝統的な技術や技能を保持する人)という立場から、その任にあたっています。それぞれの分野の専門の職人さんの技能を最大限に引き出したいのです」

世に言うチームプレーだ。すると、先ほど拝見した先祖代々の『雛稲荷』のこともあって今日に至る道のりを伺ってみた。

「それをお話しするには、最初にお雛様の源流について話をさせてください。昔、人形は『ひとがた』とか『かたしろ』といって人の身代わりを表す言葉でした。人々は3月など季節の変わり目に災難から身を守るために草などで作った身代わりで体を撫ぜ、災いを映して川へ流していたのです。一種のお祓いで奈良時代に中国から伝わってきたのです。
その後、平安時代になると貴族の子供たちの間で男女一対の紙人形で遊ぶ『ひいな遊び』が盛んになってきて、次第に『ひとがた』と『ひいな遊び』が結びつくようになる。そして、江戸時代になると人形も工芸的に立派なものが作られるようになり、男女一対の人形を『おひなさま』と呼び、3月3日に飾って女の子の誕生を祝い、健やかな成長と将来の幸せを祈るようになったのです」

なるほど、厄を払い、成長と幸せを願う親心がこの雛人形に凝縮されているのだ。女の子の守り神だ。

「そんな江戸時代の終わり近くに、初代の倉片吉兵衛がこの所沢で農業を営む傍らで、わらなどで人形を作り始めたのです。天保元年〈1890年〉のことです。その後、初代は同じ村の人形の名匠と言われた二上忠蔵(雛忠)と力を合わせ本格的に雛人形に取り組んでいったのです。
その後、吉兵衛の子の2代目、吉之助は忠蔵の一番弟子として十数年の修行の末、明治5年(1972年)に倉片人形を立ち上げました。3代目は吉之助の子の順之助、4代目は順之助の子の英之助、そして5代目が英之助の子の私(吉藤を名乗る現在58才)ですから、まさに雛人形一家ですよ。頑張りますよ」

●圧巻、居並ぶ250種の雛人形。

 失礼だが、"頑張りますよ"の想いは倉片氏の言葉や身体に満ち溢れている。そこで1階から3階まで、雛人形一色のスケールの大きなショールームを案内いただいた。途中、全国節句人形コンク―ルの内閣総理大臣賞(1985年)、伝統工芸モデル工場指定(1990年)、日本商工会議所主催・店舗コンクール最優秀賞などの賞状などを拝見したが、やはり250種の雛人形が一堂に並ぶ姿は圧巻だ。まさに品揃えのこだわりだ。
お雛様独特の表情が無言のメッセージを発している。「職人たちが一点一点丹精を込めて人形に命を吹きこんでいます」という言葉が改めて実感できるというものだ。

「豊富な品揃だけではなくすべて手作りで、作り手の心が伝わっていくことにこだわっています。子供に対する親の心ですから、私たちもまた親の気持ちでないといけませんね」

「一つ一つの手づくりの様子は工房でご覧いただくとして、お客様のさまざまな要望に応えて、タイプの違うものを用意しているのも、私どもなりのこだわりです」といって、そのラインアップを見せていただいたので、写真で紹介しておこう。

  • ① 七段飾り:
    江戸元禄の様式を受け継ぐ豪華な雛人形

  • ② 三段飾り:
    重厚な雰囲気が漂う木製段から伝統の緋もうせん敷の雛人形

  • ③ 親王飾り:
    お殿様とお姫様二人の気品あふれる雛人形

  • ④ 収納飾り:
    人形や道具箱などすべて飾り台の収容できる合理的雛人形

  • ⑤ 木目込み飾り:
    愛らしい人形と木製の台座がマッチした雛人形

  • ⑥ 京雛:
    古の平安絵巻にいざなうこだわりの雛人

  • ⑦ 立雛:
    伝統の技法を受け継ぎながらも現代感覚を調和させた雛人形

 何気なく見ていた雛人形がこんなに多用とは新たな発見だ。見学に際しては節句人形アドバイザーという女性に案内されたが、倉片氏の節句人形工芸士同様に日本人形協会の認定制度の修得者だそうだ。さすが節句人形に精通したプロのアドバイザーだ。この方なら間違いない。安心して任せられるというもんだ。
「ありがとうございます。大切なお子様への贈り物ですから誠心誠意努めさせていただきます」とは嬉しいね。

 また、興味を持ったのはショールームの中央に掲示された小学生の手づくりの見学記である。壁一面にお雛様に対する子供たちの想いが、実に楽しくまとめられているのである。読むと、お雛様との出会い、憧憬にとどまらず、日本の伝統的な技術に子供ならでは目線があって、自然と顔が緩んでくるのである。

●人形づくりは、すべて女性の職人さんというこだわり

  もう、このわくわく感は抑えることができない。こちらもすっかり小学生の気分だ。いま拝見した250以上もの雛人形が生まれてくる工房に入ると、我がボルテージは全開だ。先ほどの賑わいが一転。張りつめた緊張感に包まれてしまう。

 これまでとはまったく違う空気だ。数十人の職人さんがすべて女性で、目も手も体全体が雛人形の着付けに集中されている。

「実は、雛人形を作る職人さんがすべて女性というのが私どもの究極のこだわりです。
着物の生地の選択、裁断、柄合わせ、加工など、繊細できめ細かな仕事には女性の集中力はみごとですね。安心して任せられますね。仕上がりをいつも頭に描いて、人形一体一体を我が子を育てるように愛しみの心で作り上げていきますね。男性はとてもかないませんよ」

確かに。女性の職人さんの動きを見ていると納得だ。そこで、着付けに対するこだわりの工程を見せていただいたので、その熟練した手元を紹介させていただこう。

  • ① 木型で型抜きした頭に胡粉を塗り重ね、目、鼻、口を整えて化粧をする。

  • ② 振り付けの形をつけやすくするために、腕の芯に腕金という針金を使う。

  • ③ 和紙を裏張りして布地に張りを持たせ、衣装の各部分ごとに細かく裁断する。

  • ④ 部分ごとに縫製して、衣装を仕立て上げていく。

  • ⑤ 人形の衣装はいろいろいな部分に分けて仕立て、袖の方から着付けていく。

  • ⑥ 襟元は顔を引立てる大切なポイント、布を何枚も重ね合わせて作り上げていく。

  • ⑦ 袖を付けて衣装は出来上がる。

  • ⑧ 振り付けは熟練を要する工程で、腕一つで人形の出来栄えが決まる。

  • ⑨ 頭を付けて完成、顔はどれも同じように見えるがそれぞれに個性がある。

●伝統を未来に活かしていきたい

 雛人形は子供に対する親の心の写し絵だ。倉片氏の熱い想いが改めてわが体に浸みこんだ。
いま、少子化や晩産化や核家族化などによって日本の伝統的な家庭文化が薄れつつある。またグローバル化によってこの国のアイデンティティを危惧する人も多い。そんななか、雛人形という節句人形を通じて日本の自然のうつろいの自覚、楽しみに加え、人と人との絆を深めるという倉片氏の想いにすっかり魅了されてしまった。
 親が子に愛を送る、その子が今度は自分の子に愛を送る。この"愛のバトンタッチ"は永らえたいものだ。雛人形がその礎になっていくことをこれからも切望したいものだ。倉片氏は単に伝統を守るということではなく、伝統を現代、そして未来にどんどん活かしていくことを念じられているんだ。

「もう一度お雛様をじっくり見てください。あの穏やかな優しい目、そして襟元の着付け。あれは優しい心を幾重にも重ねてくださいというお雛様のメッセージなんですよ」

文 : 坂口 利彦 氏