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こだわり人[2016.04.15]

豊かな伝統の、活版印刷へのこだわり

 こものづくりへのこだわり。その根底にあるのは、世に言う“しぶとい”ということに尽きるのではないだろうか。これまでクローズアップさせていただいた『こだわり人』を思い浮かべると、改めて“しぶとい”という言葉が浮かんでくる。少しロマンチックに言えば、“夢を追いかけて”ということになるのだろう。現代社会の欠点である軽薄で移り気で、じっくり腰を据えてが乏しいということを思えば、その真摯な夢追い人生に教えられるというものだ。

 そんな折に、ある機会を通して知り合った石川特殊特急製本株式会社の専務取締役、石川幸二さんから「私どもは伝統的な活版印刷にいまなおこだわっています。“しぶとい”ですよ」という話を伺った。今や印刷の世界もデジタルの時代で、活版印刷やオフセット印刷にとって代わりつつあるのが実情だ。にもかかわらず、「活版印刷などの活字文化に軸足を置きながら、新たなデジタル文化へ!」なんて言われると、ボクの好奇心はまたまた全開だ。

 ということで今回のこだわり人は、東京・中央区の人形町にある石川特殊特急製本株式会社に着目させていただいた。

こだわり人 ファイル048

豊かな伝統の、活版印刷へのこだわり

石川特殊特急製本株式会社(東京・中央区)


 

●デジタル時代の洗礼を受ける印刷業界

 本題に入る前に、手元に経済産業省の工業統計に記載された印刷業界の現状を紹介しておこう。この統計によると、印刷業界は印刷業、製版業、製本業、印刷加工業、印刷関連サービス業で構成される。そして、印刷物の制作は、版の制作(プリプレス)→印刷(プレス)→製本(ポストプレス)という工程を辿っているが、全工程を一社で担っているのはほんの一部で、大半は一部の工程を担当する外注型産業であると記している。
 下記の表-1は従業員数、事業所数を示したものであるが、3人以下が54%、100人以下が98.6%で、圧倒的に中小企業の世界である。出荷額も2003年には7兆1425億円あったものが2013年には5兆5450億円と25%近くダウンしている。

平成25年における従業員数別、事業所数
従業員数 事務所数(件) 構成比(%)
3人以下 14,826 54.9
4~9人 6,122 22.7
10~19人 2,827 10.5
20~29人 1,236 4.6
30~49人 889 3.3
50~99人 726 2.7
100~199人 281 1.0
200~299人 57 0.2
300~499人 36 0.1
500~999人 19 0.1
1000人以上 7 0.0
合計 27,026 100
経済産業省の工業統計より

 これらの数字を見れば印刷業界の置かれている苦境が垣間見られるではないか。その一つの要因が従来型の活字文化がデジタル文化の勢いにとって変られてきていることは明らかである。私自身も印刷関係の主たる展示会(JP情報印刷産業展、先進印刷技術展、国際総合印刷機材展、PAGEなど)を見てきたが、1980年代の後半頃からデジタル技術という言葉が会場に現れ、今日ではすべての展示会が“デジタル印刷展”の様相を見せている。

 そんな中でのプリプレスからポストプレスに至る全工程を1社で対応する石川特殊特急製本の活版印刷へのこだわりである。しかも、社名からしても『○○印刷』といった社名が多い中、印刷という文字はなく特殊特急製本というのも何かこだわりを感じるではないか。それからこの会社の本社は大阪で、1957年に創業したと言われるから、(私ごとで恐縮だが)大阪生まれの筆者にとっては他人様とは思えないということである。
東京には1981年に進出し、1999年に東京支店として現在の人形町に新社屋を竣工。全国各地に点在する支店を含め全社で400名近くの従業員がいるというから、その隆盛は押して知るべしだろう。

●魅せられる、活字と人間の真剣勝負

 少し前置きが長くなったが、石川さんにお会いするなり、とにもかくにも活版印刷のこだわりの現場に案内いただいた。10階建ての2階、20坪ぐらいの部屋一杯に活字棚が並び、活版印刷の出発点になる活字がいまかいまかとピックアップされるのを待ち構えているようだ。

その前で文選工と呼ばれる工員が、原稿を見ながら活字一文字一文字を取り上げ、大小さまざまな箱に収めていく姿を見ていると、ただただ懐かしさがよみがえり、何か胸が熱くなってくるのだ。パソコンの前に座り、画面を見ながらキーを打って“ハイ終り”というものではない。工員さんが右に左にと動きながら手を伸ばし、活字と向かい合う姿はまさに活字と人間との真剣勝負だ。

「活版印刷は基本的に、①文選→②組版→③印刷→④解版という工程を辿りますが、いまご覧いただいているのが文選です。まさに集中力がすべてです。
文選が終わりますと、組版という工程に入ります。組版ステッキという専用の台の上に文選した文字を並べ、改行に使うインテルという板やスペースなどの文字空きに使う込物という板を使いながら、刷り物の版を作っていきます」

 石川さんの案内に耳を傾けながら工員さんの動きを見ていると、活版印刷の特徴である文選と組版が見て取れる。やはり活字と人間との戦いだ。文字ごとに大きさの違う何十万という活字から適切なものを選び、印刷寸法に応じた枠の中に適切に配置していく、その熟練された技術は感動ものだ。

「組版が終わると、版がバラバラにならないようにゴムで縛り、印刷機のチェースという金属の枠の中に取付け、印刷の位置やインクの濃度を調整しながら試し刷りして、問題がなければ本刷りに入っていきます。
本刷りをした後は、解版という作業で印刷機からチェースを外し、版を分解して文字やインテルをもとの活字棚に戻していきます」

 この印刷は凸状に突きでた活字に紙を押しつけていくので、別名、凸版印刷と言い、「これこそが印刷の原点です」と聞くと、またまた胸が熱くなってくるのである。すると、石川さんは刷り上がった印刷物を手にして言われたのである。

「実はこの活版印刷は、現在ではハガキや契約書など100枚から1万ぐらいの小部数で精度が高い印刷物に使われるのが一般的ですが、活版印刷の特徴を活かしたのがアルバムや重要な書類、報告書など、ちょっと厚めの表紙に使われる箔押印刷です。
これも私どもならではのこだわりがあります。箔を熱した版を使って熱と圧力によって紙や革などに転写しているんです。金や銀で箔押した光沢のあるものなんです」

 確かに光沢によって高級感のある仕上げになっているし、独特の味わいがある。裏を返せば、デジタル化が進む一方で、伝統的な箔押を求めるお客様がおられるということだ。

「結婚式での記念アルバムなどは、やはり"このあじわいですよ"という方が圧倒的に多いですね。晴れのセレモニーじゃないですか、こだわって作ってあげたいのです」

●いいね、活字文字の手づくり感の味わい

 となると、活版印刷をお客様はどのように受け止めておられるかを聞きたいというものだ。すると石川さんはこちらの思いを察するようなに言われるのである。

「印刷の歴史を簡単に紹介しますと、1446年にグーテンベルグがルネッサンスの3代革命と言われる活版印刷を発明し、その後、1920年頃から写真写植機によるオフセット印刷、1986年頃からコンピュータによる電子組版、そして現在はCTP、PDDといったデジタル印刷へという流れを辿っていますが、私どもは活版印刷への想いが断ち切れないんです。というのは、活字文化の中で活版印刷の役割はまだまだ尽きないという思いと、デジタル時代になっても活版印刷の魅力を説くお客様が多いからなんです。お客様に聞けば二つを挙げられますね。
一つは、印刷された紙などの自然な凸凹感です。もちろん箔押など意識して凸凹をつけることができますが、活版印刷は凸版印刷のために文字のエッジがインキによって自然に盛り上がっているのです。そのため文字の輪郭が強調され、文字に勢いや力強さがあるのがいいと言われます。
もう一つは、手作り感です。インキの盛り上がりによって、文字には濃い部分と薄い分が出来ています。もちろん肉眼ではわかりませんが、逆にその差が習字文字の濃淡やかすれのようで、味わいがあると言われます」

 納得だ。単にノスタルジーということではない。活版印刷ならではの独特の味わいがあるのだ。すると、石川さんは「もう一つ、見ていただきたいこだわりがあります。それは製本です」と言って4階の製本ルームに案内されたので、そこでのこだわりを紹介しておこう。先ほどの活字ルームとまた一味違う空気感のある部屋である。

●次代への夢を広げるアナログとデジタルの融合

「製本についても私どものこだわりは徹底しています。チラシやポスターなどと違って、カタログや書籍や図面集など、大半の印刷物は製本(ポストプレス)という形で出荷されていきますが、製本の際の綴じ方には様々な手法があります。」

参考:製本の綴じ方いろいろ

活版による箔押

オンデマンド印刷

固定式製本

ビス止製本

二ツ折・背貼り製本

上製本

リング製本

和綴じ

会社案内より

「1社で、このような多様な製本を担うのは正直、しんどいです。でも、"どんなにきれいに印刷が上がっても、製本がいいかげんであると真の商品と言えない"という哲学の元に、目的、用途によって最適な方法を提案し、具体的な形にさせていただいています。お客様は印刷には目を光らせるが製本には無関心というお客様が意外と多いんですが、紙の裁断、のり付け、体裁などがいい加減というのは私どもにとって絶対ご法度なのです」

 そのため製本は、ベテランの職人による手作りを主眼にされているそうだ。ただやみくもに機械に任せにしないで工員さんが手と目で手際よく製本されていく姿は、まさにこだわりがこだわりを生んでということだろう。「私どもは一冊、一冊に心まで閉じ込めていますからね」という思いに魅せられるばかりだ。

 毎日のように手にする本やカタログなどの印刷物の舞台裏を拝見させていただいて、改めて印刷文化の奥深さに教えられた。アナログからデジタルという時代の流れの中で、アナログの心をいかに残すか。また盛り込んでいくか、それは印刷業界だけではない。多くの業界で大きなテーマとなり、次代へのミッションになっている。
 すると石川さんはいままさに出荷されていく印刷物を載せた車を見送りながら、言われたのである。

「もはやデジタルの流れは当然の必然です。私どももオンデマンド印刷、さらには最近ではデジタル印刷データを基にしたデジタルファイリングやデーターベースの事業も積極的に推進しています。しかし、その根底には“長い歴史を刻んできた活版印刷、ありがとう”の心があります。
高品質で早い納品で納得価格は当たり前の世界です。だが、大事なのはどれをとっても石川特殊特急製本というブランドの息づかいが見える印刷物の提供です。手にしていただいた方がこれはいい。自然と表紙を開けて中に読み進まれる姿をいつも思い浮かべています。いや、刷り込んでいます」

文 : 坂口 利彦 氏