こだわり人[2016.06.17]
食品サンプルの、こだわり元祖 / 株式会社岩崎(イワサキ・ビーアイ)
おかげさまで50回。
このこだわり人も50回という一つの節目を迎えさせていただいた。
節目と云えば、あの東京スカイツリーが先月の5月22日に開業4周年を迎えている。このコラムの2回目に“東京スカイツリー足下のものづくり”ということでこの界隈を紹介したが、その記念日に立ち寄って見た。
開業してからもう30回以上は立ち寄っているが、必ず顔を出すのは日本の“イマ”にこだわる専門店が軒を並べる4階の『東京ソラマチ』だ。なかでもついついにんまりしてしまうのが『元祖食品サンプル屋』だ。正直、オープンした時には「食品サンプルなんて、このツリーの中で営業するレストランなどの舞台裏を支える店頭ツールではないか、それがなんでこんな表舞台に出てきてショップを構えるのか」と、首をかしげたものである。
だが、このショップは食品サンプル業界最王手のイワサキ・ビーアイで、その開業目的が“日本文化の新しい発信地である『東京ソラマチ』から、創業80年の老舗が日本発祥の文化である食品サンプルの新しい魅力を世界へ”ということを知ると、もう納得だ。

というのは、この会社のルーツは我が生まれ故郷の大阪で起業された岩崎瀧三氏の岩崎製作所で、昭和50年に法人分割された株式会社岩崎(商標はイワサキ・ビーアイ)であることを知っていたからである。
しかも、元祖と云えば、何か“こだわり”というイメージが重なってくるではないか。
ということで、今回は1930年に創業したスガツネ工業から2年後、1932年をルーツとするイワサキ・ビーアイに着目させていただいた。
■こだわり人 ファイル050
食品サンプルの、こだわり元祖
株式会社岩崎(イワサキ・ビーアイ)
●食品サンプルの生みの親で、シェアNo.1
1930年代の初めといえば、1929年のニューヨーク・ウォール街から始まった世界大恐慌から立ち直っていく時代だ。その厳しい時代に事業を立ち上げていくなんて、その熱い想いは想像して余りある。
“不景気でどうしょうもない”と嘆く平成の事業主のなんと甘いということだろう。

第一号記念オムレツ
弁当屋を営んでいた岩崎瀧三氏は1932年に食品模型の製作に着手されたのだ。当時の模様を瀧三伝『蝋の花』に、「すず、できた」「まあ、どっちが本物かわからんぐらい〜」
と食品サンプルを初めて完成された時の夫婦の会話が記されている。オムレツのしわまでも精密に再現されたそのリアルなこだわりには脱帽だ。
その後、百貨店の食堂の流行と共に食品サンプルは日本中に広がり、この国の飲食店の店先にはなくてはならないものになっていったのである。馴染みがない洋食もこのサンプルを見ればわかるし、実物を置くと食材が痛み見た目も悪いということだ。たちまちのうちに評判を呼び、“食い倒れの街、大阪”を裏で支える必需品になっていったのである。
そして、1952年に東京に進出し、1960年に株式会社東京岩崎製作所を設立。1975年に株式会社岩崎として東京岩崎製作所から法人分割されたのである。
その後の勢いは筆致に尽くせないが、飲食店とお客様を結ぶ懸け橋として、また、我が国の外食文化を広く広げる牽引車として着実に業績を伸ばし、現代の食品サンプルシェアNo.1という地位を築かれたのだ。

この6月には横浜赤レンガ倉庫店をオープンされることがマスコミ等で紹介されたが、食品サンプルのその存在感には、ただただ魅せられるばかりだ。“芸術性の高いプレミアム商品、お土産品として喜ばれる小物類、そしてモノづくりの楽しさを手軽に体験できる食品サンプルキット『さんぷるん®』など、食品サンプルメーカーならではのユニークで楽しいオリジナル商品で、あなたをお持ちしています”なんて言われると、もう行かなければだ。
●世界最大規模の工場『Be-I factory YOKOHAMA』
広報担当の黒川さんは言われる。
「文明開化の街、横浜は多くの食文化の誕生地です。近代日本の歴史と現代日本の文化が融合する横浜赤レンガ倉庫で、日本の豊かな食文化を彩ってきた食品サンプルの新しい魅力をご覧いただけます。
また、横浜には2004年にオープンした世界最大規模の当社の食品サンプル工場『Be-I factory YOKOHAMA』がありますが、その工場では創業83年の伝統を受け継ぐ食品サンプルの技術と現代の食品サンプル職人のアイデアを融合させて、ユニークでシズル感のあるサンプルを生み出していますので是非、ご覧ください」

となると、『Be-I factory YOKOHAMA』を拝見したいというものだ。JR鶴見駅から歩いて10分。中に入ると、そこは工場というより、大きなキッチンホールという感じだ。見慣れた食品サンプルが次から次へと目に飛び込んでくるから、もう我が目は獲物を狙う獣の眼だ。
「イワサキ・ビーアイの工場は東日本に6ヶ所ありますが、ここが従業員数、敷地面積、設備で世界最大規模。年間12万個の食品サンプルを製作しています」

なるほど、飲食店などで見られるあの多彩なメニューが職人さんの器用な手づくりで次から次へと作られていく。すると黒川さん、こちらの聞きたいことを察するように言われたのである。
「食品サンプルは、かっては実物を寒天で型取りをして蝋を流し込んで作っていました。蝋はあらかじめ絵具を溶かして色付けしたものが用いられていました。ところが蝋は熱に弱いので溶けやすく、また運搬中に壊れることもあって、1970年代になると蝋はシリコンなどの合成樹脂に変っていったのです。現代はほとんど合成樹脂で、これによってより緻密でリアルな食品サンプルができるようになっています」
では、この工場では食品サンプルがどのように作られているのだろうか。その流れを見せていただいたので、そのあらましを紹介しておこう。
基本的には3つの工程を辿るそうだが、まず料理の見本を預かり、料理に使われている食材の種類や形状や盛り付け方法などを調べ、『規格部品』を使うものと新たに『型入れ』して作るものとの仕分けをされる。
規格部品はご飯や野菜など常時使うもので、1000種ぐらいあらかじめ作ってあるそうだが、新たに型入れして作るものの手順は次の通りだ。
- 型入れ(食材を仮枠で囲いシリコンを流し込んで型を作る)
- 型抜き(シリコンが固まったら食材を取り除く)
- 型の完成(食材表面の凹凸をそっくり写しとったパーツの完成品)
- 型採り(基本色に色付けされた樹脂を気孔が入らないように型に流し込む)
- オープン焼成(オーブンで加熱し、熱硬化させる)
- 成形取り出し(型から固まったパーツを取り出す)
- 着色(エアブラシや筆を使って写真などを見ながら丁寧に色付けをする)
- パーツの完成(本物そっくりのパーツの完成)

このようにしてパーツが出来上がると、最後は盛り付けである。各食材を接着剤やシリコン樹で食器に固定していき、終わると艶出しや食器の汚れなどをきれいにして完成品となるのである。
料理の見本の預かりから盛り付けた完成品まで、シズル感にリアルを追いかけるこだわりはやはり感動もので、魅せられるばかりだ。まさに職人さんの志、ここにありということだろう。
職人さんの目や手の動きを見ていると、童心の頃、姉と夢中になってままごと遊びをしていた頃がよみがえり、自分でも作ってみたくなる。
すると、黒川さんは「ここでは作れない食品サンプルはございません。『さんぷるん®』では自分で作ることができますので、是非、やってください」だ。そして、言葉を添えられたのである。「日本発祥の食文化の誇りですね。東京スカイツリーの『元祖食品サンプル屋』でご覧の通り外国の方がそのリアルな精巧さに驚き、お土産として買われていきますからね」
まさに、食品サンプルは“モノづくり日本”の一つの象徴と、改めて教えられるというものだ。
●最強の店頭販売ツールとしての、こだわり
ころで、イワサキ・ビーアイではこの食品サンプルについて創業以来の大きなこだわりがあるそうだ。飲食店などの最強の店頭販売ツールとして、6つの役割を徹底追求されているのである。飲食店とお客様を結ぶ懸け橋としてこれだけは“私どものこだわりの社運です”と言われるのでクローズアップしておこう。
- お客様にお店の存在をアピールし、目をひきつける。
- 料理内容、価格、お店の雰囲気などを視覚的に伝え、安心感を与える。
- お客様の食欲を刺激し、来店意欲を高める。
- お店の売りたい料理に注目を集め、プラスワンのオーダーを誘う
- 入店してからの注文時間を短縮し、回転率を高める。
- 他のメニューへの期待も高めて、再来店率を高める。

食い倒れの街、大阪で生まれて東京へ、そして全国から世界へ。そこにはリアルな表現力とより高度なおいしさの再現力があったと言われている。そして現代は日本で生まれた独自の技術と文化が食品模型というジャンルに収まらず、装飾品、芸術アート品として新しい価値を創出しているそうだ。
そう言えば、拝見させていただいた『Be-I factory YOKOHAMA』はキッチンホールに加え、デザインアート工房の雰囲気もあったぞ。食品模型という創業者の想いが新しい価値観を持って世界中の人々の心の中に喰いこんでいるなんて痛快きわまりなしだ。モノづくりのこれからの一つの方向性を予感させてくれる。
文 : 坂口 利彦 氏