こだわり人[2016.10.14]
パーソナルモビリティ―へのこだわり / ホンダ UNI-CUB(東京都・港区)

「うわー、スツールが動いている」
女学生の元気な声に思わず足が止まった。お台場にある日本科学未来館での一コマである。すぐさま近づいて見ると、館のスタッフの方が実に楽しそうに試乗を繰り返している。
面白い。一見すると遊園地にある遊戯乗り物かなと思ったが、その遊戯乗り物の横には『HONDA』というあの見慣れたロゴマークだ。いや、これはそんな範疇ではない。その背景にはもっと奥の深いコンセプトが秘められていると、勝手な想いだ。
そこで、スタッフの方に声をかけたのである。すると「これはホンダさんの『UNI-CUB』というパーソナルモビリティーです。二輪車や四輪車で圧倒的な存在感を示すグローバルカンパニーのホンダさんは2000年11月に、歩くロボット『ASIMO』を発表されたが、その延長線上に開発されたんです」だ。
これは夢がある、『ASIMO』の申し子か。パーソナルモビリティーという言葉も何かイメージが膨らむ。というのは、『ASIMO』のあのセンセーショナルな登場以来、ホンダのヒューマノイドロボット技術の動向に眼を光らせていたからである。

ところが、そんな目にさらに光りありだ。このほど、あの『UNI-CUB』に乗る機会を得たのである。なるほど軽快で乗り心地がいい。鉄腕アトムや鉄人28号世代にとっては、ロボットは未来への入り口だった。また、ホンダ創業者の本田宗一郎氏のものづくりへのこだわりは我が青春のバイブルだった。その創業者のこだわりをいまに引き継ぐ『UNI-CUB』に試乗できるなんて、もうすっかり少年だ。
ということで、今回はホンダの企業マインドを投影したと言われるこだわりのパーソナルモビリティー『UNI―CUB』に着目させていただいた。
■こだわり人 ファイル054
創業者の想いを引き継ぐパーソナルモビリティ―へのこだわり
ホンダ UNI-CUB(東京都・港区)
●“夢を形に”の想いが、心に響く

『UNI-CUB』の開発責任者 小橋慎一郎氏
いつの頃からか、商品の誕生物語を知ることに魅せられてきた。およそこの世にあるモノすべてに込められた人間の創造力が、わが心を揺さぶってくるからである。
その揺さぶられる心にまた一つチェックが入ったということだろう。ホンダの研究開発の一大拠点である『本田技術研究所』の4輪R&Dセンターに所属する小橋慎一郎氏を訪ねた。小橋氏は『UNI-CUB』の開発責任者なのだ。
お会いした瞬間から、ホンダの“夢を形に”の想いが我が身にどんどん入り込んでくる。早くも我が好奇心は全開だ。
「ホンダは“技術は人のために”という創業者精神のもとに人間社会の生活を豊かにするという夢を追いかけています。その一つの現われが『ヒューマノイドロボッㇳ』の研究開発です。1986年から続けてきました。そこで培われた技術や経験が、あの『ASIMO』やこの『UNI-CUB』を生んだのです。これからもその精神は変わることなく、ロボティクス技術を極め、多彩な製品を提供していきたいと思っています。特に、移動する喜びや楽しさを拡げる次世代のモビリティーについては終わりがないというのが、私たちのこだわりのミッションです」
やはり、奥は深いんだ。このようなロボティクス技術には終わりがなく、未来進行形で進んでいくのだ。しかもその根底には常に人間と向かいあっていくというのだから、その勢いにさらに加速度を加えてくださいなんて、こちらのかってな想いだ。すると、小橋氏はそれを察するようにホンダのヒューマノイドロボット技術の変遷について図表を示されたので、そのまま掲載させていただこう。
店の入り口が通りから3メートルぐらいセットバックし、植え込みの中に小さな店名プレートが置いてあるだけなので、ついつい通り過ぎてしまう。周りがこれ見ろ的な看板が連なっているので、そのコントラストに早くも土田さんのこだわりを見てしまう。

図:ヒューマノイドロボット 技術開発30年の変遷
●人との親和性に、徹底的にこだわって

まさに、未来進行形で進んでいることが見て取れる。ところで、『UNI-CUB』だが、『ASIMO』のような2本足走行人間型ロボットと形が違うが、ヒューマノイドロボッㇳ技術を出発点にしていると言われたので、その開発コンセプトを紹介いただいた。
「『UNI-CUB』はヒューマノイドロボット技術の研究から生まれたバランス制御技術を生かしたパーソナルモビリティーです。一人乗りの動く筐体といったらいいでしょう。その前身は2009年に開発した『U3-X』に遡ります。その後、2012年に自由自在な動きと両足の間に納まるコンパクトサイズを実現した『UNI-CUB』を開発し、その翌年に人の親和性をさらに向上させた『UNI-CUB β』を発表したんです」
なるほど。人との親和性か。小橋氏からこの言葉が何度も出てきたが、“技術は人のため”という創業精神が綿々と受け継がれてきているのだ。
「『UNI-CUB』の特徴を簡単に紹介しますとこういうことです。これに乗る人の体重がすべての出発点です。自転車やバイクにまたがるあの感覚で座り、体重を右に左に傾けるだけで前にも横にも斜めにも自由に動いていくんです。また、曲がりや旋回といった機敏な動作も意のままです。
最高速度6km/時、床からの高さ62cm。足もすぐに床に付きますので、安心で安全な利用ができます。両手も使えるハンズフリーですから、書類やカバンを持って楽々スイスイです」
かって、小泉首相がブッシュ大統領から贈られた電動一輪車セグウェイに立って乗り、愛嬌を振りまいておられたが、形は違うが足を使わず自分の思うままに目的地に行けるのは人間の夢だった。だが、セグウェイは立っていくのに対し、『UNI-CUB』は坐って行くのだからより進歩したということだろう。立った目線よりも坐った低い目線の方が安全で安心だということはよく耳にしていたものだ。
●あくなき未来へのこだわりに、心が躍る
では、このような特徴を持つパーソナルモビリティーを生み出すために、技術的にどんなところにこだわられたのだろう。すると、小橋氏は図を示しながら2点を上げられたのである。
「一つ目のポイントは、前輪と後輪です。前輪には『Honda Omni Traction Drive system』、後輪には旋回を目的とした横方向に駆動するオムニホイールを配置しました。この車輪レイアウトによって前後左右に加えて前輪・後輪の横方向への移動速度差を利用することで、真横や斜めへの動き・極がり、その場での旋回といった機敏な動きを可能にしたのです。
二つ目のポイントは、Honda Roboticsで培ったバランス技術の活用です。車輪の形状を最適化し、駆動力や姿勢安定化制御の精度を向上させ復元力を高めることによって、安心して屋内バリアフリー空間を走行することを可能にしたのです」

技術的なこだわり、ここにありということだろう。実際に乗ってみるとよくわかる。また、筐体の素材もソフトで人にやさしいのが魅力だ。「そしてさらに、こだわったのは実用化のための徹底した実証実験です」と言われたので、このことにもう少し触れていただいた。かって私が日本科学技術科館で見たのは、その実験中だったのだ。
「そうですか。科学館の毛利 衛館長から“未来感覚にあふれたパーソナルモビリティー”ということで賛同をいただき、同館で徹底した実験をしてきました。自分たちだけの自己満足に陥らないように、技術は人のためにあるということですから多くの方に納得していただかないと。それがホンダの創業者精神です」
「実証実験の経緯を簡単に紹介しますと、2012年6月に3階のロボットワールドで一般公開し、展示フロアーではお客様の案内や誘導の運用実験を行いました。そして、9月には来館者の試乗体験会を、さらに12月には館内を『UNI-CUB』に乗って見学すると体験ツアーを実施しました。
また、住宅メーカーのセキスハウスさんとコラボしてこれからの街づくり『スマートシテイー構想』の一角を担うとか、展示会場などの運用に有効であることを目の当たりにしていただきました。
おかげさまで、パーソナルモビリティ―がもたらす快適な生活シーンが実感できてきていますので、私どもの技術にもっと磨きをかけなければということですね。技術には終着駅はなし、いつも通過中なんですよ、私たちの未来はもう始まっています」
確かにホンダの未来は始まっているんだ。その時、思い浮かべたものである。この『UNI-CUB』が実証実験で得た成果をもとに、利用フイールドはどんどん広げていくと。そう、ショッピングモールなどの商業施設をはじめ空港や鉄道のステーション、イベントホールやミュージアム、医療施設や図書館などの公共施設。さらには、オフイスや製造現場...等々。
ホンダの描く未来に、私たちも夢を持って入り込んでいくのだ。

パーソナルモビリティーがもたらす快適な生活シーン
●期待される未来への全権大使、ホンダのヒューマノイドロボット技術
短い時間だったが、『UNI-CUB』を通じてホンダのヒューマノイドロボット技術へのこだわりを拝見させていただいた。改めて、AI技術などと並んでロボット技術が人間社会に深く入り込んでくる世界を予感した。いや、実感した。
そういえば、先頃、手にした経済産業省の『ロボット新戦略』に次のようなことが記述されていた。
‘日本のロボット技術は1980年代以降、製造現場を中心に産業ロボットを中心に急速に普及してきた。また、ロボットの多様な可能性が着目され、ペットロボットやサービスロボットが登場し、いまや、医療ロボッㇳ、ショップロボット、厨房ロボット、防災ロボット等々があたりまえの世界を作り出し、世界をリードしている。特に、産業ロボットについて言えば出荷額、稼働台数とも日本が世界一で、日本はロボット大国だ。
だが、欧米諸国や中国の追い上げが激しく、うかうかしていられない状況だ。また、我が国が抱える少子高齢化、生産年齢人口の減少と人手不足、災害対策の強化、社会システムの充実といった問題を考えれば、ロボット技術に対する期待は一段と大きくなってくだろう’と。
となると、我が国のロボット技術はさらなる加速度が加わらなければということだ。ロボット大国、日本ガンバレだ。勢い、ホンダのヒューマノイドロボット技術にこれからも目が離せないということではないか。一緒に夢を見させていただこうではないか。その時、我が頭の中に創業者の本田宗一郎氏の言葉が改めて蘇ってきたぞ。
「良品に国境なし」
「失敗を恐れていては何の進歩もない。理論にかなうことは大胆にやれ」
文 : 坂口 利彦 氏