こだわり人[2016.12.15]
浅草・仲見世の、江戸へのこだわり / 江戸趣味小玩具 助六(東京都・台東区)

好きな愛読書の一つが『ギネス世界記録』である。毎年、出版されるが、人間の能力や体力の凄さが痛快でたまらない。技能をはじめ科学技術、冒険心、エンターテイメント、大衆文化、地球、宇宙などのあれやこれやの世界一が目白押し。人間の限りなき可能性に釘付けになってしまう。2017年版もまたまた目が離せないものばかりで、このまま行けばマラソンは2時間を切るだろう。5回転ジャンプは時間の問題だろうと思ってしまう。これを私流に言えば、人間のこだわりは尽きることがないということかもしれない。
そこんなことを思いながらページをめくっていると、かってこのこだわり人で紹介した浅草の『山崎屋源七提灯店』を読んだ友人が実に気になる情報を送ってくれた。「雷門の反対側、日本最古の商店街である浅草・仲見世の『助六』も面白いよ。江戸の伝統的小玩具を日本で唯一取り扱う店だ。3坪というこじんまりとした店内に3000種以上の小さくて味わいのある品揃えは圧巻だ。江戸趣味小玩具という暖簾が掛かっている、行ってみな」と言うのである。そして別便で『助六』の5代目の現店主、木村吉隆さんが書かれた『江戸の縁起物』(亜起書房)というこれまた非常に気になる本を送ってくれたのである。
これまでにも、この店の前で何度か佇んだこともあるが、中に入ったことはない。店の名も『助六』なんて気になるではないか。まさに江戸そのものだ。
ということで、今回は年の暮れから来春に向かって、一段と賑わう浅草の江戸こだわりの店『助六』の木村吉隆さんに着目させていただいた。
■こだわり人 ファイル056
浅草・仲見世の、江戸へのこだわり
江戸趣味小玩具 助六 (東京都・台東区)
●こだわりの街に、こだわり人が行き交う浅草
“日本を知るなら浅草に行け!”ということだろうか。相変わらずの老若男女の人波だ。しかも、その姿が銀座や新宿と違って、独特の風情を携えている。お寺があって、お土産屋があって、下町の喰い処があって、いつ行っても心が和らぐお祭りの街だ。特にここに来て、この国のインバウンド戦略が功を奏したのだろう、外国の観光客が圧倒的に増えているそうだ。10年前には500万人だったが、2016年10月には2000万人を突破したと政府が発表したが、そのことがここでもはっきりと見て取れるというものだ。

そんな外国観光客はもとより、この国の若い修学旅行生、さらには子供連れの家族やお年寄りの方が入れ代わり立ち代わり、大きな提灯の下がる雷門をくぐっていく。みんないい笑顔だ。その賑わい客が浅草寺の目の前にある『助六』を覗いたり、中に入って買物していく姿を見ていると、お店だけでなくこの人たちもまたこだわり人に見えてくる。浅草寺の聖観音様は一寸八分の小さな仏様で、あの大人数の人々を招くと聞いている。間口一軒ほどの『助六』の存在が、まさにその生き写しに見えてきた。
いったいなぜこんなに人を引き付けるのだろうか。お会いした木村さんに伺ってみた。見るからに浅草の粋、はりを背負う雰囲気があって、その歯切れのいい口調に引き込まれてしまう。歌舞伎の大演目『助六』のイメージもお持ちで、気になる店名の『助六』の由来について伺ってみた。

「玩具と言っても、こどものおもちゃではないんです。扱うのは災難除けや願掛けなど縁起物が主体です。しかも、それらは江戸の職人の風刺や洒落を引き継いだものが多いのです。それを創業者が始めたのですが、二つの想いがあったんです。というのは、創業者は江戸の末期、慶應2年(1869年)に辰巳の方角の縁起のいい場所でということでこの店を始めたんですが、浅草の聖観音様の五臓六腑を門前でお守りしようということですよ。六を助けるですね。
それからもう一つは、歌舞伎の『助六』への想いです。自宅が花川戸にあったものですから団十郎のおはこ「助六」の舞台にちなんでということです。何しろ助六は江戸町人の理想像でしたからね」
●江戸の伝統的玩具で、人を思いやる心を育てる
なるほど、面白い。洒脱だ。そして、言葉を付け加えられたのである。
「江戸時代が次第に落ち着いてくると、武士より町人がお金持ちになってお雛様や五月人形が豪華で華美になっていったんです。すると幕府は、これはまずいということになり、享保や天保の改革で贅沢な玩具はご法度にしたのですが、江戸の職人たちはさすがですね。お上への反抗心もあって、風刺や洒落を効かしてこのような小さくて小ぎれいな玩具を作りだしていったんです。創業者はそれを江戸の末期から始めたんですが、私どもはその火は絶対消せないということですよ。おそらくこのような江戸小玩具を職人が作り、お店に並べているところはこの国のどこにもないでしょうね」
ということは、『助六』は世界で一つ、またまた私流に言えば、“ギネス助六”ということではないか。すると、木村さんは言葉を添えられたのである。
「こういった玩具に対する江戸の職人のこだわりには実に興味深いものがありますね。というのは、これらの玩具は人を大事にする心を抱かせたり、気づかせる役割を果たしているんです。近代へ、近代へと時代は進展してきましたが、その根底にはいつも“人を思いやる心が大事"ということですよ。
だから、こうして国内の人はもとより、外国の人が買って帰って自分の部屋に飾ったり、人に贈ったりしているんですよ。いいですね。私どもは微力ながらそれにお応えしなければねぇ。日本人の心の故郷、ここにありですよ」

この時、私は一つ気になった。木村さんはお客さんが店に入ってこられても「いらっしゃい」といった言葉をかけられないのだ。周りの店は店先で声を上げ、身振り手振りでお客様を呼び込んでいるのに。失礼な言葉だが知らん顔で、むしろ私の話を中断するようなことがないのだ。
「いや、これが私の商いです。入ってこられたお客様に"いらっしゃい”なんて声をかけるのは野暮です。お客さんが話しかけてこられたら、丁寧に受け答えする。これが商いです。お客さんがこれらの中から気に入ったものを選ばれるのだから、横から"ああだ、こうだ"なんて、余計なお節介です。ほっておいていいんです。選ぶのはお客様です」
また、木村さんの商い道といったものを見せていただいた。すると、店で物色中のカナダ人のご夫婦が『犬の張り子』を手にしながら木村さんに話しかけてくると、木村さんはにっこり笑って流ちょうな英語でみごとな対応だ。思わず私は心の中で拍手を送ったね。夫人もにっこり笑って財布を取り出し、“サンキュ―”ですからね。
●満喫できます、3000種以上から選ぶ楽しさ
グルリと一回転して、3000種以上の江戸小玩具を1点1点手にしたいのだが、立ち寄るお客様の顔が“見れないよ、お前は邪魔だ”という感じだ。正直、じっくり見てという雰囲気ではない。そこで、木村さんにこれは面白いという縁起物をいくつか挙げていただいたので、その名称だけを写真を添えて紹介しておこう。

火災除け呪いそろばん狸
合格狸
ざるをかぶった犬
おとぎがえる
虎をあしらったずぼんぼ
月とり猿
とにかく1点1点、江戸の職人の風刺と遊び心には嬉しくなってくる。機会あれば是非、お店に立ち寄ってご覧になるといいですよ。笑えますから。
「江戸の職人のこだわりは凄いですね。縁起物をこんなに小さなものに集約したんですからね。この江戸独楽なんか2ミリですよ。どれをとっても、 “笑顔で元気で”という人を思いやる心があるんですからね。いつまでも残していきたいじゃないですか。次の世代にも伝えていきたいじゃないですか」
木村さんのこんな思いがわが体の中にどんどん撃ち込まれていく。だから、江戸を受け継ぐ現代の職人さんにいつもお願いしているそうである。「高い技量はもとより人の心を思いやることを求めて作ってほしい。商品というのは作り手の心が必ず現れるので、一寸たりとも手を抜かないように、心だ」と。すると、商品もそれを手にした人に話しかけ、自ら息づき、お客様のそばで成長していくそうである。
「うちには江戸の小玩具を作って50年以上という大ベテランの職人さんが何人もいますが、作り方も、売り方も商品は心ということですよ。ですから。取り扱っているモノの材料は、江戸伝統の土、木、竹など以外はご法度です。プラスチックなどもいずれはありえますが、現在では使わないというのが私のこだわりです。
“仲見世の雷門入り口に大提灯と風神、雷神の大仁王像。その反対側に極小の聖観音や『助六』の小玩具、この大小がなんとも妙で、心肝が揺れ動かされる”とある作家が云っておられたが、嬉しいですね。心が動くなんて」
●いいね、"江戸を次代へ運んでいく"なんて
昼頃になると、仲見世通りも一段と人の流れが大きくなってきている。もうこれ以上は迷惑をかけるので退散しなければと思いつつ、(失礼を顧みず)、「5代目は御いくつ」なんて随分野暮なことを聞いてしまった。すると木村さんはにっこり笑ってこうだ。
「まもなく80才になるかな。私がこの店を受け継いだのは40才の時です。それまではメーカーに勤めて営業マンをしていましたが、もう潮時かなと思って会社を辞め、父の後を引き継ぎました。その時、私が父に誓ったのは“もう1回、お客さんが来てくれる店"でしたね。また、行ってみようという、リピーターですね。それにはやっぱりお店に"弾む心"があることだね」

生意気だが、木村さんの言うことがこの店にいるとよくわかる。というのは、江戸の縁起物は春夏秋冬の季節とのかかわりがあるものが実に多いのだ。だから、季節が変われば"また、あの店に行って”ということになるんだろう。見ていると、年の暮れということもあるんだろう、来年の干支がらみや凧や羽子板の縁起物を、世代を越え、国境を越え買い求めているではないか。
隅田川を越えれば、日本一の東京スカイツリーがある。また、2020年の東京オリンピックのことを思えば、この街のにぎわいは想像して余りある。勝手なことを言わしてもらえば、この界隈は“ギネスの街”ではないか。浅草・仲見世の重鎮として木村さんの"江戸へのこだわり"はますます目が離せないということだ。
「おかげさまで、息子が私同様にサラリーマン人生に幕を閉じ、先頃、6代目としてバトンを受けてくれました。これからは親子で江戸を次代へ運んでいきますよ」
文 : 坂口 利彦 氏