こだわり人[2017.01.18]
日本の伝統的な和紙と書道へのこだわり / 『紙匠 雅』店主・吉田徳雄氏 (立川市)
新しい年の始まりに何を思う。めくるめく続く進化、発展する時代にあって、正月の初詣で、初日の出、お屠蘇、おせち料理等々のあれや剥剥これやはやっぱりいいものだ。日本の伝統的な文化、ここにありということだ。“よし、今年は頑張るぞ”なんて、ついつい心に鉢巻をしてと、いい感じだ。1年365日、人それぞれの新しい年が始まっていく。

立川駅近くで店を構える『紙匠 雅』
2017年最初のこだわり人は、そんな日本の伝統的な文化の一つである新年の書初めを鑑み、書の世界に着目させていただいた。というのは、文字を手で書いたりすることが少なくなってきたデジタル時代にあって、書道や和紙への想いが講じて和紙と書道用品専門店『紙匠 雅』という店を開業。日本の伝統的な文化を永らえたいと言われる御仁がおられるのである。紙匠という店名してから、その想いが見て取れるではないか。そういえば、この店は産地直結の和紙を所狭しと並べた店内をはじめ、高尾山などの頂上で書道を楽しむ『山頂書道』、さらには和紙の魅力を身近に伝えるため『紙漉き和紙体験会』を店頭で定期的に行っていることなどで、テレビや新聞でしばしば報じられている。
思えば、昨年の11月には、日本の紙漉き和紙技術が国際教育科学文化の無形文化遺産に認定されたではないか(『石州半紙』〈島根県浜田市〉、『本美濃紙
ということで今回は、JR中央線の立川駅近くで店を構える『紙匠 雅』の店主、吉田徳雄さんに着目させていただいた。
■こだわり人 ファイル057
日本の伝統的な和紙と書道へのこだわり
『紙匠 雅』店主・吉田徳雄氏 (立川市)
●紙漉き人と触れ合い、“顔の見える和紙”店ををめざす
JR中央線立川駅。都心に近いベッドタウンとして、また東京三多摩地区の中心地として、さらには町全体が美術館というアートの街として独特の存在感を示す立川市の玄関口だ。特に立川駅前の開発、整備は目覚しく、商業施設やオフィスビルが立ち並び元気な声が飛びかっている。『紙匠 雅』はその駅の南口から徒歩で約5分、親しみやすい居酒屋などが集まる一角にある。店頭に立つと正面看板に屋号、そしてその下に配された和紙のサンプルや『山頂書道』の記念写真などが次から次への目に飛び込んでくる。そして、引き込まれるように店内に入ると、もうそこは和紙の小さなテーマパークの趣だ。書道、絵画、ノート、名刺、便箋、包装、障子紙、工芸、インテリア、家屋等々に使う大小さまざまな和紙と、筆や文鎮などの書道用品が壁面に、天井に、展示台に吊られたり、並べられている。

そこで、居合わせたお客さんが、あれやこれやと手触りを確認しながら買っているのだから、和紙に対するボクの意識は変わっていくばかりだ、すると、吉田さんはそんなボクを見て、こうだ。
「ここには現在、品種にして300種を越えるものがあります。それに、色柄違い、寸法違いなどがありますので、全体の枚数とても数えきれません。私の想いはただ一つ、和紙は日常性があるので、大いに使ってくださいということだけですよ」
と明るい。
そして、天井から下がった和紙の間から見える写真を指差し言われたのである。

「あれはこの店で仕入れている和紙産地の紙漉き人たちのメッセージです。例のユネスコの無形文化遺産に選ばれた方も紹介しています。」
なるほど、和紙へのこだわりが見て取れる。吉田さんはポリシーとして和紙の産地を巡り、紙漉き人と対話して仕入れるという“顔の見える和紙”を貫いてきたことをHPでも紹介されていた。「いまは車の運転を控えているので直接出掛けることはなくなりましたが」と言われたが、元気一杯だ。

●趣味の書道から開業した『紙匠 雅』から、和紙の魅力を伝えたい
これまで見たこともない個性的な和紙の店。やはり、この店を開業する動機をお聞きしたいではないか。
「この店がオープンしたのは今から17年前です。趣味が書道だったので、書道の勉強がしたくて書道の専門店に入社し、営業や店舗業務を担当していたのですが17年前に、ひょんなことから、ここ立川で『紙匠 雅』を開業することになったのです。和紙については素人でしたが、その魅力を営業しながら覚えましたね。その間に心掛けたのは全国にある和紙の産地を訪問し、紙漉き人と直接触れ合って、“顔の見える和紙”を提供するということですね」
好きな書道から始まって和紙などを取り扱う専門店へ。吉田さんのこだわりは察して余りある。そこで、吉田さんからお聞きした和紙の魅力について少々紹介しておこう。
和紙は基本的に楮(こうぞ)という植物を原料に手漉きで作られるが、洋紙と比べて繊維が長いために薄くとも強靭で寿命が長く、保存性もある。また、あの独特の手触りもある。洋紙はパルプから作られるが和紙は原料が限られ生産性も低い。それだけに価格は高いが、価値があるということだそうだ。だから文化財などの修復や長期に渡る保存物を取り扱う職人さんたちは、和紙しか使わないというから納得だ。
●紙漉き和紙の伝道者『田村 正』師匠を招いた店頭の『紙漉き教室』を開催
伝統的な製法による和紙は原料の枯渇や職人さんの高齢化で、決して先行きは楽観できないものがあるそうだ。吉田さんもそのことに危惧を感じておられるようだが、「紙漉き人が思いを込めて作った和紙だ。それをできるだけ多くの人に届けてあげたいではないですか」が吉田さんの思いだ。先ほど言われた"顔の見える和紙"というような形で、和紙の存続を強く念じられているのもわかるというものだ。
すると、ボクは和紙がどのように作られるのかを今一度、頭に入れておきたかったので、その旨を話すと吉田さんは、産地によっていろんな技法がありますと言われたので基本的な流れだけを『全国手すき和紙連合会』などの資料から紹介しておこう。
- 1 表皮取り
- 原料の楮
こうぞ の枝を蒸して皮を剥ぐ。 - 2 煮る
- 剥ぎ取った内皮をやわらかくするために煮る。
- 3 チリより
- 煮あがったものを水に浸して内皮のゴミを取る。
- 4 叩解
こうかい - ゴミを取った内皮を叩いて細かい繊維にする。
- 5 トロロアオイ
- 4でできた繊維にオクラに似た『トロロアオイ』の溶液と混ぜ合わせる。
- 6 紙漉き
- 5でできたものを『隙舟』という水槽に入れ、竹ひごと絹糸でできた『すきす』で掬い取る。
- 7 紙床
しと - 6でできた紙を重ね合わせて水分を絞り出す。
- 8 乾燥
- 重ね合わせて脱水した紙を板に張り、天日で乾燥させる。
1 表皮取り
2 煮る
3 チリより
4 叩解
こうかい 6 紙漉き
これまでにもこのような現場を何度か拝見したが、時間と根気のいることは想像して余りある。しかも、その土地ごとの風土といったものがある。聞けば、“マニュアルなどでOKというものではなく、人から人へと伝えていくものだ。目で、手で、身体で、その仕上げを覚えるしかない”とはよく言われるところだ。紙の厚さなどは『すきす』に乗った紙料の色や手に持った時の重さで決まる、まさにその人の感覚がすべてだそうだ。
そんなことを思えば、店頭で原料作りから紙漉きまでを体験し、和紙をより身近に知ってもらう『紙漉き教室』を行う吉田さんに大拍手を送りたいではないか。それも講師に紙漉きの技術を国内外に伝える第一人者である田村 正氏を招いて行っているのだから、吉田さんの和紙への想いに脱帽だ。日本の伝統文化の一つである和紙文化を永らえ、産地と消費者を結ぶパイプ役として意気軒高であってほしいではないか。

●願いは、“書くことをもっと自由に楽しんでほしいんです”
ところで、吉田さんの書道への想いも気になるではないか。趣味が講じてこの店の開業につながったと言われるからである。
「そうですか。一言で言って、私はもっと気軽に文字を書いて、楽しんでほしいということだけですよ。スマートフォンやパソコンでいつでもどこでも自分の想いを書いたり、情報のやり取りをするように書道もそんな気分でやればいいんですよ。そうすれば、生活の美化とか心の豊かさにつながっていくと思っているんですよ」
吉田さんの想いがよくわかる。確かにそんな自由な世界があっていいんだ。肩ひじ張らず、自由に。もっと言えば、プレイ感覚であってもいいんだ。だから、家庭や学校を飛び出し、富士山が見える山々の頂上などで行う『山頂書道』に多くの参加者があるということなんだ。

「『山頂書道』は店の休みの日に、不定期ですが昼間に行っています。また、これとは別に夜間ですが、夜の高尾山に登って夜景を楽しみながらグループで書を楽しむ『高尾ナイト&暗闇書道』というのを行っています。ライトを消した暗闇、月明かりぐらいで書をやるのですから、集中力も高まり、心が研ぎ澄まされる。夜間の登山ということでスリル感もあるし、足腰の鍛錬にもなるということで、テレビや新聞でもよく取り上げていただいています。
『山頂書道』も『高尾ナイト&暗闇書道』も私自身の趣味もあって参加費などはいただいていません。体験した感想などを人に伝えてもらうことが条件かな。天気がいい日などは最高ですよ、富士山が見えたりして。しかも、描くのも墨だけでなく彩液を使って色文字などを書くというのもいいものです。書道を難しく考えないで自由に自分なりに楽しめばいいんですよ」
山頂での様子を記した写真が店頭に掲示されているが、みんないい笑顔だ。その風景に魅せられてカメラでフイルムに収めたり、絵具で写生をしたりするのと同じようにその時の想いを筆で描き留めるということなんだろう。しかも、「その用紙が和紙だと書いたものに奥行きが出て、長く置いておこうと思いますから」とは嬉しいね。別に山に登らなくても近所の公園だって、街角だっていい。書く楽しみをもっと日常化していこうということが吉田さんの想いなのである。
●書から生まれる、人の心の中にあるわくわく感
書く、描く、作る、飾る、貼る、包むなど多彩な用途のある和紙へのこだわり。また、人それぞれの心の写し絵ともいわれる書道へのこだわり。店を出る時に再びカメラを野外の看板に受けたが、「紙匠 雅」という屋号に魅せられた。時間に追われてアクセスすることなく、書でも書いてゆっくりとした時間を持って生きていきなさいよと教えられているようなのだ。そういえば吉田さんは、お会いした時に作務衣を着ておられたが、まさに日本の伝統的な文化継承の修行僧に思えてきた。これからもその想いは変わることはないだろう。
商店街の明かりが一段と明るくなってきた中を駅に向かっていると、かって読んだ日本書道芸術院という組織のコメントが浮かび上がってきた。
“書は人の心を長閑にし、豊かにするものだ。心地よい緊張感を持ちながら真っ白い紙に表現することは、大人はもちろん子供にも豊かな情操と感性を育てるのに最適だ”まさに書道の真髄なのだろう。
吉田さんはその真髄をもっと自由にやりなさい。そうすれば心もわくわく豊かな気分になってきますよということなんだろう。よし、今日はボクも遅まきながら、書初めだ。
文 : 坂口 利彦 氏