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こだわり人[2017.05.22]

廃校で、モノづくりデザインに挑むこだわり /木下 悟 氏(東京・世田谷区)

 ものづくりへのこだわり人を巡ってあの街、この街。こだわり人の真摯な姿勢と粘り腰には教えられることばかりだ。この国の底力に揺るぎなし。生意気だが、これからも永らえていかれることだと思うと、ついつい“よし、よし”なんて笑顔がこぼれてくる。

 そんな折に、送られてきた世田谷区の『ものづくり学校』の小冊子。世田谷区の地域産業や商工業の支援事業として、2004年の3月から開校されていたことは知ってはいたが、冊子のページを繰ると、改めて覗き見したくなるというものだ。というのは、この学校は廃校になった中学校の校舎を再利用するという『廃校跡地再生プロジェクト』の一環で、デザインを通じて"学び、体験し、働く"というものづくり精神の高揚を目的とするというからである。在りし日の教室をそのまま使った空間にデザイン、建築、アート、ファッション、食などに従事するクリエーターたちが入居し(約40の企業や個人事業主)、この学校の基本コンセプトである『3Rする』を共有しながら、リサイクル、リユース、リセットを主眼にそれぞれのクリエイティブ活動をするなんて実に理に適っているではないか。

 聞けば、デザインを地域活性化に活かすというプロジェクトは全国各地の自治体で推進されているが、この『世田谷ものづくり学校』はもう10数年以上にもなる先輩格だ。よしここは、ここの入居者で、前々から気になっていたこだわりのインテリアデザイナー、木下 悟さんを訪ねよう、だ。

 ということで今回は、この学校で『Notcho's Workshop』の看板を掲げた木下 悟さんに着目させていただいた。

こだわり人 ファイル060

廃校で、モノづくりデザインに挑むこだわり

木下 悟 氏(東京・世田谷区)

●昔懐かしい校舎が職場に

 相変わらずの交通量が多く、喧騒とした首都高速3号線だ。東急田園都市線の三軒茶屋駅から少し渋谷よりの横道を入ると、何度も写真で見ていた『世田谷ものづくり学校』だ。先ほどまでの喧騒とした音が一気に消え、たちまちの内に昔懐かしき校舎が現れ、我が学生時代に引き戻してくれる。

 見ると、校舎入口の上部に横文字で『IKEJIRI INSTITUTE OF DESIGN』とあるから、あれあれだ。インスティテュートなんて研究所のことで、そんな雰囲気はまったくない。やっぱり親しみやすく学校の方があっている。すると、ボクはすっかり中学生気分で、廊下沿いの教室に飛び込みたくなっている。しかも、各教室の入り口脇にはそれぞれのクリエータの仕事ぶりなどが表示されているので、ついつい立ち止まって見入ってしまうというありさまだ。

 教室ナンバー117。ドアを開けると、穏やかで、少年の面影を随所に残した木下さんだ。目が明るく輝いている。おそらく学校というこの環境がなせるわざなんだろうなんて、勝手な想いを巡らしながら、やっぱり気になっていたここに入居した理由を最初に伺ってみた。

「ここを仕事場に選んだ理由ですか?やっぱり環境ですね。学校というあの独特の環境なんて、最高のロケーションですよ。いつも少年の気分で仕事ができるんですからね。また、テナントビルなど違ってドアを開けると、同じような志を持ったクリエータがいるんですよ。同級生気分ですよ」

 わかる気がする。そこに持ってきて、校舎の1階から3階にはギャラリーやショールームや美術館が並んでいるし、ミーティングルームやカフェまであるのだからうらやましい限りだ。廃校になった学校の跡地をこのような生命感あふれる空間にしたことに大拍手というものだ。

「ありがたいのは、多目的ルームなどがあって、ものづくりのイベントやワークショップを開催することができるんですよ。お年寄りから小さな幼児まで、世代に対応したワークショップなどは世田谷だけではなく、他の地域の方でも気軽に参加できるんですからね」」

●こだわりが、こだわりに拍車をかける

 とやっぱり、想像していた通りの学校の利用だ。そこには、オフィスビルやテナントビルとは違ったこだわりが満ち溢れている。すると、木下さんの作品にもこの学校の空気感が現れているように思えてならない。
成長していく子供たちの夢を応援したかっての校舎に射し込む光はどこまでも優しく、ガラス越しに見える緑の木々の揺れもいい。時の小鳥たちのさえずりも聞こえてきて、まさにクリエイティブ環境としては最高の贅沢だ。
そこで、伺ってみた。木下さんのものづくりへのこだわりを。

「そうですね。私はインテリア会社から独立して、特注家具を造る目的でこの学校に入居したのですが、二級建築士としての資格を生かして、家具や什器のデザイン制作を中心にインテリア空間やショップ空間に特化しているのがこだわりです。
特にショップ空間については店のオーナーが何をどう売りたいかを理解するのが出発点です。そして、その店にお客様がどんなものに興味を持つのか、どんなライフスタイルを望まれているのかを徹底的に追及してデザインコンセプトを固めています。デザインコンセプトが決まれば、空間の持つイメージの創生であり、細かなディテールで、素材選び、カラーリング、家具や什器のデザインへと移行していきます」

 なるほど、木下ワールドとも思えるこだわりが見て取れる。部屋を見渡すと、木下さんのそんな想いを集約したのだろう。独創的で個性的なインテリア家具が並んでいる。どれを手にしてみても、日常的な生活を"楽しんでください"というメッセージが込められているようで心が弾ける。その一部をWEBギャラリーとして、写真で紹介しておこう。

「デザインへのこだわりは、偉そうなことは言えませんが、自分で楽しみながら制作し、お客様にも楽しんでいただくということですね。作り手と使い手が一体となって初めて、いいデザインといえるんではないですか」

木下さんの想いがよくわかる。ともすれば、デザイナーの独りよがりになりがちな世界の警鐘として、あくまでもお客様があってのデザインと見たがどうだろう。特にショップデザインはこのことが最重要視されなければということなんだ。

●ものづくりは能力開発や生涯学習の一助にもなる

「ところで、私がこだわっていることがもう一つありますので、紹介させてください」といって、木下さんは次のようなことを言われたので、その言葉をそのまま掲載しておこう。

「私はものづくりに対しては、まず自分が楽しんでという所を出発点にしていますが、同時にお年寄りから小さな幼児に至るまで多くに人にものづくりを楽しんでもらいたいという想いが非常に強いのです。そのため、木工に関する体験教室やワークショップをに力を入れています。これらの写真はその模様です。子供たちが夢中になって、手や身体を動かしているんです」

 確かに子供たちの姿はいい。社会がどんなに進歩、発展しても、与えられたものをただやみくもに使うのではなく、自ら手を動かして日常生活をエンジョイしてくださいという木下さんならではの温かいメッセージが聞こえてきそうだ。

 そんな意味で、廃校の跡地再生事業は人間の能力開発や生涯学習といった面でも非常に意義があるので、嬉しくなった。

 帰りに再び、いくつもの教室を覗かせていただいたが、やっぱりうらやましい限りだ。快適な環境で伸び伸びと手足を動かしている。まさに世界に向かって、『世田谷ものづくり学校』からさまざまな情報が発信されているようだ。

 人それぞれにものづくりのスタイルは違うが、 "これはこちらも負けておられんぞ"という想いに自然と込み上げてくるのである。

文 : 坂口 利彦 氏