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こだわり人[2017.06.19]

都内唯一、江戸風鈴への老舗のこだわり / 江戸風鈴本舗(東京・江戸川区)

 伝統の継承とか伝統の一戦とか、伝統という言葉についつい心が動く。綿々と生き永らえていく人間の生き様というのだろうか。過去から現代、そして未来に続く時の刻みに何か勝手なイメージが想い膨らんでくるのである。これから先も、その想いは変わることはないが、このほどデパートの高島屋から送られてきた『日本の伝統展』開催という案内がまたまた我が心を動かし、足を自然と会場に向かわせた。

 というのは、この展示会はもう38回というまさに伝統のある催しで、日本全国の伝統的な技術が目の当たりにできるからである。今回も57件の伝統の技が一堂に集結されたが、そこにはやっぱり“この道、一筋”という真摯な想いがあって、我が心をいやが上にも揺さぶり続けるのである。中でもその揺さぶりが大きかったのは江戸切子、江戸木彫、江戸べっ甲、江戸風鈴といった江戸という言葉を背負った伝統文化である。この目まぐるしく移り変わる東京という大都会にあって、江戸の伝統を永らえているなんて、やっぱり敬意を払わざるを得ないということである。

 今回のこだわり人は、その中で前々から気になっていた江戸風鈴の製造元、篠原風鈴本舗に着目させていただいた。現在、東京で風鈴を製造しているのはここ篠原風鈴本舗と親類筋の篠原まるよし風鈴だけだが、風鈴一筋に102年、そのこだわりぶりを紹介させていただこう。

こだわり人 ファイル061

都内唯一、江戸風鈴への老舗のこだわり

江戸風鈴本舗(東京・江戸川区)

●伝統の技にこだわる若い力

 高島屋日本橋の『日本の伝統展』はまさに現代の暮らしに生きる伝統技術へのこだわり、ここにありだ。多くの来場者の賑わいにこの国の底力を見たようで、嬉しくなった。しかも、その喜びに追い打ちをかけたのが篠原風鈴本舗の篠原由香利さんだ。ベテランの職人さんや技術者が多い中、何と36才の由香利さんが篠原風鈴本舗の創業者、篠原儀治さんの孫娘として江戸風鈴の製造に勤しんでおられるのだ。

 その由香利さんのことは江戸川区のHPなどでも紹介されているので前々から着目していたが、後日、作業現場での再開を約束して都営新宿線の瑞江駅にある自宅兼作業場に向かったのである。

 正直、その趣きのある佇まいに好奇心は全開だ。いただいた小紙によると、“風情、風雅風趣という言葉がある通り、世界広しといえども“風”の愛でる心を持つのは我々日本人だけでしょう。中でも、風を音に変えて、その風情を楽しむ風鈴は、まさに日本人ならではの楽しみにと言えるでしょう” と記されているが、まさに、風鈴のチリン、チリンという音色はどこか懐かしく、涼しげな気分にしてくれる。ある学者先生が“風鈴は江戸庶民が生んだエコ生活の典型ですよ”と言っておられたが、納得だ。

「江戸風鈴は中国から渡ってきた風鐸がルーツです。竹林に下げて風の向きを確認したり、音色で物事の善し悪しを占うために使われていたのです。その後、風鐸として日本に仏教と共に伝えられてきたのですが、いまでもお寺の四隅などにかかっているでしょう。魔よけとして使われてきたんです。ところが、それが江戸中期になるとガラスなどで作られるようになり、昭和になると一般庶民も軒下などに下げるようになったんです。
その時、祖父の父である又平がガラス風鈴を積極的に作るようになり、後を継いだ儀治がその風鈴を江戸風鈴と名付けたのです。ですから、江戸風鈴というのは私どものブランド名なんです」

左から、江戸風鈴創業の儀治さん、現在代表の恵美さん、孫娘の由香利さん。

●魅力は、アート感覚の工芸品

 なるほど、風鈴にも人間的な物語があるということだ。その後、由香利さんの父が儀治さんと江戸風鈴を作っていたのだが、その父が3年前に急死されたので、この火を消してはいけないということで、奥さんの恵美さんが代表に、孫の由香利さんが儀治さんの教えを乞い儀治さんの教えを乞い、江戸風鈴を作ってこられたのだ。

 江戸風鈴に歴史あり。いや人に歴史ありだ。「風鈴という小さな世界ですが、夏の風物詩として、永らえていきたいですね」と、由香利さんは江戸風鈴への想いは熱い。いつでも儀治さんの「日本の風情を感じる仕事に従事してきて本当によかった。風が音になって語りかけてくるんですから、その声を聞いただけで他の人にも聞いてもらいたくなるんですよ」の言葉が頭から離れないそうである。

「でも、単に伝統に終始しているだけではありません。流行やトレンドを常に考え、江戸風鈴の世界にも新しい風を吹き込みたい想いがありますからね」

 わかる気がする。江戸の職人さんたちも時代の波に流されることなく、若い感性で洒脱や粋と言われる世界を追いかけていたものだ。おそらく由香利さんもこれまでの常識を破る風鈴を数多く作っておられる。付け加えるならば、その風鈴が東京都の伝統的工芸品チャレンジ大賞に輝いていると言われるから、まさに若い力が江戸風鈴の世界に新しい風を吹き込んでいるということだろう。

 ところで、江戸風鈴は形と音と絵柄が重要なアイテムだそうだ。形は宙吹きで作り、絵付けを内側からするのが大きな特徴である。だから、作る人の手がすべてで、形も絵柄も同じものがないそうだ。

「型に入れて吹くと同じものが作れますが、江戸風鈴は宙吹きなので一個一個吹く人の感覚だけです。また、絵付けも一個一個内側からやりますので絵付けする人の個性が出ます。裏を返すと、この手づくり感が江戸風鈴の魅力なんです。ある面でアート感覚にとんだ工芸品なんですよ。昨今は外国製の風鈴が売られていますが、江戸風鈴と違って型吹きで絵付けも外側にプリント加工されているだけなので、少し趣きがないかなぁ。
私たちは日本の伝統を守っていきたいんです。また、音について言えば、取り口がギザギザであることが重要です。ギザギザがあの江戸風鈴独特の音色を出しているからです」

●昔も今も江戸風鈴へのこだわり、ここにあり

 では、そのような魅力一杯の江戸風鈴はどのように作られているのだろうか。その工程を紹介していただこう。

「簡単に紹介しますと、江戸風鈴はソーダガラスを使い、よく洗浄し、割いて窯の中で溶かします。溶けたガラスは二人一組で、一人は鳴り口と言われる小さい玉、もう一人が風鈴の本体になる大きな球を口で吹いて膨らませます。
大きな球ができると、次は絵付けです。江戸風鈴は先ほども言いましたように裏から塗ります。この時、作業効率を考え同じ絵柄のものをまとめて、1色ずつ塗っていきます。
大事なのは色の乾き具合と、裏から色を塗るので反転した状態で仕上げていくということです。特に文字については神経を使いますね。」

「余談ですが、江戸風鈴は赤を基調とするものが多いですね。と言いますのは、風鈴は音で魔除けという意味がありますので、魔除けとして使用されていた赤色を使ったものが多くなったんですね。また、野菜のカブと千両の小判が描かれたものがあります。カブは花札で、おいちょかぶで勝つというところから、勝負ごとに勝つという意味があったんですね。江戸職人の粋さですね」

 ところが、現代は見た目が涼しげな金魚や花火が人気だそうだ。暑苦しい赤よりも涼しげな絵柄が好まれる時代ということだろう。また、形について言えば従来は直径8cm、高さ7cmの小丸型と色数が豊富な特選小丸型が基本になっていたが、現在はさまざまなバリエーションのものが作られているそうだ。例えば、江戸切子とコラボした江戸風鈴や人気のキャラクターを描いたものが登場しているのである。

 そしてさらに、江戸川区では行政が江戸風鈴に力を入れて美術学校や企業との連携はもとより、産学公連携による江戸風鈴事業の推進などを積極的に進めているそうだ。

「ありがたいですね。江戸狂歌にこんなのがありますからね。“売り声もなくて 買い手の数あるは 音に知らるる 風鈴の徳”なんてね。伝統を守っていきたいですね」

●老舗というのは、常に先端を走ること

 一口に風鈴といっても、その存在に改めて教えられる。ある面では季節と共に生きる日本文化の一つの象徴だ。かっては風鈴と言えば、軒下に吊り下げてというのが多かったが、マンションなどの高層住宅によって軒下のない家が増えている。だが、風鈴生活を楽しみたいというニーズも高く、スタンドタイプの風鈴も誕生しているそうである。

 時代がどんどん進んでも、あの涼しげな音色に依然と引き寄せられるということだろう。江戸風鈴の生みの親の儀治さんは江戸風鈴のこれからについて、由香利さんに熱く語っておられるのでその言葉を最後に紹介しておこう。

「人間は生まれも育ちも十人十色、生活環境も十人十色。そのため音に対する感覚も人それぞれですから、風鈴も一個一個、音を変えていきたいですね。例えば、ドレミの音を作り、音階が出来るようにして、いくつか並べると、一つのメロデイーが流れるなんてね。
老舗というのは、常に先端を走っていなければダメですね。また、職人は好奇心の塊であってほしいですね」

 今年は、一味違う風鈴生活が楽しめそうだ。

《ワンポイント》
篠原儀治さんのプロフイ―ル
昭和57年
江戸川区無形文化財認定
昭和58年
江戸川区伝統工芸会・会長
昭和59年
NKE朝の連続テレビドラマ「ロマンス」でガラス工芸の指導
昭和60年
大東京祭功績賞を受賞
平成元年
東京都知事賞 優秀技能賞を受賞
平成4年
江戸川区産業賞(優良事業)を受賞
平成5年
国際芸術文化賞を受賞
平成9年
日本オーデイオ協会「音の匠」に認定
平成16年
東京都知事より名誉都民に認定 江戸川区文化賞を受賞
平成18年
文部科学大臣賞を受賞

文 : 坂口 利彦 氏