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こだわり人[2017.07.28]

伝統的なものづくり精神を次世への架け橋に / 指物益田(東京・墨田区)

 いまから27年前、墨田区商工政策課産業経済課が出版した『すみだの産業を世界につなぐ―デザインガイド』という本に惹き付けられた。いまでも時々、ページをめくってみるが、地方自治体でデザインを区の活力源にしていこうというコンセプトが非常に新鮮に思えたのである。冒頭で、当時の奥山区長が"デザインがものづくり、まちづくり、人づくりに活気とうるおいを与えるので、デザイン振興に力を注いでいきたい"などと述べられているが、現在の墨田区の顔とも言うべき東京スカイツリーなどを見ると、まさにあの想いが開花し、次代へのエンジンここにありということかも知れない。

 そんなデザインに区の未来を夢みた墨田区の職員の方から、ちょっと気になるメールが送られてきた。“墨田区は東京の下町で、街を歩けばどこからともなくものづくりの音が聞こえてくる街だが、区の南の端の立川に区内唯一の江戸指物(さしもの)師からスタートして現在は、木工家具などの制作に携わる益田大祐さんという方がおられるから、話を聞かれたら”と。

 名前は伝統的な指物を作る若きホープということで、知っていた。年々、数少なくなっていく指物師の世界にあって、実用性、装飾性。毎日の生活に彩を添える指物に独特の世界観をお持ちなのだ。これはビッグチャンスだ。そのこだわりを目の当たりにしなければだ。

 ということで、今回は伝統的な指物という世界に止まらず、ものづくりの街、墨田区のDNAをしかと受け止めた益田大祐さんのこだわりに着目させていただいた。

こだわり人 ファイル062

伝統的なものづくり精神を次世への架け橋に

江戸風鈴本舗(東京・江戸川区)

●富士三十六景に描かれた本所立川

 戦後になって、家具業界も機械化が進み、洋家具が主流になってきた。それでも日本の伝統的な工芸品として受け継がれてきた指物を好む方は多いという。特に近年は若い世代の人が指物に魅せられて、マンションなどのモダンな世界に住んでいてもリビングや寝室に座卓や飾り棚などの指物を置く方も多いそうだ。

 嬉しいね。やっぱりこの気分は。弾む気持ちを車窓に映して都営新宿線で菊川へ。葛飾北斎の『富岳三十景』に描かれた堅川も往時の面影はまったくなくなってしまったが、益田さんの工房の前に立つと、早くも子供の頃によく耳にした木を削る鉋(かんな)の音だ。リズミカルな響きに、HPで拝見していた益田さんの穏やかな笑顔が重なってくる。

 そして、入口のガラス戸を開けると、もうそこは完全に益田ワールドだ。行儀のいい美しい木目に削りたてのやさしい木の香り。その周りには手入れの行き届いた鉋(かんな)や鋸(のこぎり)。すべてが益田さんのそばで居心地よさそうだ。まさにその姿、主を囲んで、"さあ、おいで"と、満を持しているようではないか。40才少々の若き指物師に多くの眼が注がれていることに、納得だ。

 指物師と言えば、ともすれば年期の入った労連の職人を思わせるが、まったくの思い違いだ。益田さんはその風貌からして木工家具の若き工業デザイナー、いや、インテリアアーティストという雰囲気をお持ちなのだ。

●伝統的な巧みの技を次世代につなぐ。

 すると益田さん、こちらの思いを察するように、こうだ。

「確かに私は、学生時代は工業デザインを専攻していましたので、そう見えるんですかね。私は高専を卒業して、最初は特注家具製造会社に就職しました。
 ところが、入った家具会社は機械が優先で、この形は機械では作れないからということで対応してもらえない。また、手のこんだものだと60才過ぎの職人さん頼みで、手工具の技術が失われつつありました。
 自分のデザインを表現することの難しさを抱える中、足を運んだ江戸指物組合の展示会で指物の技術に圧倒され、親方である江戸指物師の渡邊のもとを訪れました。初めて親方と話した時には給料の事や仕事をおぼえる事の大変さなどを説明され、「ちゃんと考えてからまた来なさい」と、出直すことになりました。
 すると、その数日後には仕事を辞め、親方の所に足を運んでいましたね。ただただ、江戸指物に一目惚れしてしまったのでしょう。伝統的なものを継いでいこうという意識はあまりなかったですね。ひたすら技術を身に着けたいの一心でした。
 そうした弟子時代の中で、技術と共に江戸文化や下町文化がしだいに身に付くようなり、30才の時に独立し、自分の工房を埼玉に構えました。そして2年後です。墨田区の先輩の職人さんが「墨田区には指物師がいないので来いよ」ということで、この立川で工房を立ち上げたのです」

 まさに、人に歴史ありだ。工業デザイナーを目指した後に指物師として腕を磨き、ここ立川に工房を構えてからは、2009年に『墨田区伝統工芸保存会』に入会、2011年に『すみだブランド』認証、2013年に職人グループ『もの語り』発足、2014年に『すみだマイスター』に認証されておられる。
そして、2015年にはあの歌舞伎の名門『中村芝翫丈襲名の楽屋鏡台』を制作されているし、2016年には『LEXUS NEW TAKUMI PROJECT』の東京の匠に選出されている。まさに、一途な江戸職人の心意気を永らえた御仁、ここにありということだろう。

●指物文化を生活文化につなげていきたい

「私は家業としてではなく外から弟子入りしたので、伝統工芸としての自分の仕事を意識したのは独立してからの事でした。まだまだわからない事ばかりですが、生活と文化のつながりを大切にしてもの作りをしていきたいと思います。生活スタイルが変化していく中で、ただ昔の物ばかりを作っていてはいけない。しかし、流行に流されてはいけない。 何をまもり、何を変えていくかが大切だと思います。重要なのは作品そのものではなく、それを作り出す職人の技術や考え方であると考えています」

 指物というと確かに、この国では日本の伝統的な木工品というイメージがあるが益田さんは、そこに止まらず、時代の新しい空気にも積極的にチャレンジしていこうとされているのだ。

 益田さんの工房には墨田区が認定する「小さな博物館」として隣接する「指物博物館」がある。電話での要予約制だが、小さいながらも作品はもちろん道具や資料等も展示されている。

 そこに貼られた指物の製造工程表が目に飛び込んできたので、どのように作られているのか、その流れを記した看板がかかっていたので、それをそのまま添付させていただこう。

表:指物の製造工程表
 1. 材料の木取り
しっかりと乾燥させた木材を選ぶ。製作に必要な量の板材の取り方を決定します。
 2. はぎあわせ
必要に応じて板と板を接着し、幅の広い板材にします。
 3. 削り
木取った板を正確な厚みで正しい寸法に鉋をかけて削ります。
 4. 仕口、接手
板と板を組み合わせ、その組み合わせ方を仕口といいます。さまざまな仕口や継手を必要な場所に施すことにより、堅牢で美しい指物が出来あがります。
 5. 彫り、くり
小刀やノミを使い、板に曲線を取り入れます。模様を入れた「透かし」、柱の脚の下から反らせる「テリ」、その他、框戸や引き出しに化粧する「ヒモ取り」「額上げ」など様々な技法があります。
 6. 組立
仮組立のことで、接着剤などを入れる前に、ホゾの硬さや水平・直角などを調整します。
 7. 仕上げ削り
いろいろな面取り・模様を施します。「銀杏面」「切り面」など様々な面取りがあります。
 8. 研磨
指物は塗装に漆を使うことが多く、その拭漆の仕上がりを最高にするためとても重要な作業です。鉋、木賊(とくさ)、椋(むく)の葉が順に使われます
 9. 塗り
拭漆などで塗装を施します。
10. 仕上げ
引手や蝶番等をつけて、引き出し、引き戸を微調整して完成させます。
●モノづくりの土壌が根をはっている

 取材して改めて痛感したのは、指物で作られる物は、多種多様にあることだ。

「ちゃぶ台・鏡台から茶道具・仏具など一度しか作った事のない物や、まだ作った事のない物もたくさんあります。また、 木で作れる物であれば何でも作る事ができます。まだまだ勉強ばかりの毎日です。
伝統的なものから現代の生活スタイルの中でも使いやすいものの提案など使う人に寄り添うものづくりをこれからも目指していきます。お客様に木のすばらしさ、伝統技術を伝えられる事ができれば幸いです。」

「最後に墨田区の産業の伝統は、小さなものづくり職人がお互いの技術を分け合い、連携しあい、厳しく評価しあって製品を作り上げて行く『ものづくりネットワークの集合』なのだと感じた。これからもその伝統を未来に繋げ、都市生活者を彩るさまざまな感性豊かな製品を生み出す力を身近にかんじてつけていきたい。そういう意味で、工房ネットワークといった存在が都市づくりの一翼を担っていくことを夢みてやまない」

文 : 坂口 利彦 氏