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こだわり人[2017.12.20]

伝統的な江戸横笛〈篠笛〉へのこだわり / 大塚竹管楽器(東京都・足立区)

早いものだ。2017年も早や最終ラウンドだ。さまざまな出来事があったが、ここに来て一段と気になってきたのは“モノづくり日本”を代表するような名門企業の事件簿である。経済学者の多くはその動静を嘆き、この国のものづくりマインドは堕落していくばかりだ。しかも、それが会社ぐるみというから、もう一度タガを締め直せと警鐘を鳴らしている。

そんな中、いつもこの『こだわり王国コラム』を愛読いただいている足立区の方がちょっと気になる1冊、『足立が誇るものづくり』を送ってくださった。このような冊子は区や市でもさまざま形で作成されているが、まさに官民一体となって地元ブランドの啓蒙、拡大のためにということなのだろう。普段なかなか目にしないことが熟知できるのだから本当にありがたいものだ。これからこまめに目を通していこうと、『足立が誇るものづくり』のページをめくると日本の伝統的な横笛〈篠笛〉を作る大塚竹管楽器という企業が気になった。というのは、篠笛づくりの名人『獅々田流』笛師の新山氏に師事した中村甚五郎氏を初代とする創業100年近くの企業で、現在4代目の大塚 敦さんが引き継いでおられるからである。

祭り好きなボクのことである。先日も近所の神社で、あの祭囃子の音色に心を踊らしたものである。祭囃子と言えば篠笛ということは知ってはいたが、秋祭り賑わうこの季節、今日も全国各地であの独特の音色が響き渡っていることを想像すると、“どうぞ、あの雰囲気を次代の子供たちにも伝えてやってください”と思う。
ということで、今回はこの国の伝統的な江戸横笛〈篠笛〉にこだわる大塚竹管楽器の4代目、大塚敦笛師に着目させていただいた。

こだわり人 ファイル066

伝統的な江戸横笛〈篠笛〉へのこだわり

大塚竹管楽器(東京都・足立区)

●1本の竹を楽器に変える、こだわりの技

大塚竹管楽器の本社は足立区の西新井で、工房兼ショールームは同区の最北端部にあたる入谷にある。日暮里から『日暮里・舎人ライナー』に乗って約20分。工房のある『舎人駅』に向かった。この界隈は、かつては農業地だったそうだが、ライナーなどの敷設によって新興住宅地や流通・物流地に生まれ変わりつつあるそうだ。その変化は車窓からもうかがうことができるが、新旧が上手に混じり合って、次代への新たな街づくりが着実に始まっていることが見て取れる。モダンでありながら、のどかな雰囲気のライナーなどもそれを先取っているようで、この街に溶け込んでいる。

舎人という名前も何か訳ありそうなので、その謂れを調べてみたが、土豪舎人由来説、舎人親王由来説、地形名称設、聖徳太子由来説などがあって、いまだ確定していないそうだ。

『舎人駅』から歩いて20分。工房&ショールームは周りの雰囲気とひと味違ったモダンな佇まいだ。近づいて見ると、その佇まいは住居の横に止めたトレーラーを改装したもので、この空間に対する大塚さんのこだわりが伝わってくる。中に入るとまたまたおどろかされる。8畳ぐらいの空間に篠笛の藤巻を作業場の一角と、1000本以上はあるだろう、ブランド品の『竹峰』『竹渓』『東雲』『麗』がいまかいまかと出番を待つように行儀よく陳列されているのである。

篠笛だけをこれだけ多く並べた姿をこれまでに見たことがない。1本1本が見事な存在感を見せる姿には、大塚さんのこだわりをいま一度見る思いだ。そこで、初歩的なことだとことわって篠笛の特徴について伺ってみた。

「篠笛というのは日本の伝統的な竹管楽器です。材料に篠竹を使うから、このように呼ばれています。篠竹には唄口という空気を吹き込む穴と指孔という指穴が開いており、竹の内部には漆や合成樹脂が塗られています。また、竹が割れるのを防ぐために籐を巻いています。かってはほとんど装飾のない、竹そのものといった素朴なのが特徴でしたが、現在は装飾を施したものが主流になっています。貴族などの上級階級が使ったちょっと派手目の『龍笛』や『能管』と違って、庶民的な気軽さが魅力だと言われています」

『龍笛』『能管』を見せていただいたが、改めて『篠笛』の素朴さに納得だ。すると、大塚さんは篠笛には大きく分けて三つのタイプがあると言う。

「一つ目は『古典調』と言われる主にお祭りのお囃子で使われる笛です。私どものブランドで言えば、『獅子田流』を受継いだ『竹峰』や『竹渓』です。指穴の大きさや間隔、音階は『獅子田流』の伝統をもっとも守った“日本の音”と言われています。二つ目は『邦楽調』と呼ばれる笛です。古典調を長唄や民謡などに合わせやすいように改良した音階の笛です。唄用と呼ぶ人もいますが、私どもはドレミに近い音階として『雲雀』というブランドを提供しています。三つ目は洋楽調という邦楽調をさらにドレミに調律、改良した笛です。日本での歴史は新しく、洋楽器などとセッションしやすいのが特徴です。私どもの『調律笛東雲』や『東雲麗』です」

●1本の誕生に60工程を経て

確かに篠笛は素朴で、気軽さが魅力だ。だが、あの独特な音色を思えば奥が深いということだ。もう何千年も前から祭りなどの場で息づいてきているのだから、まさにこの国を代表する楽器と言えるのではないだろうか。
では、このような伝統的で味わいのある篠笛を大塚さんはどのように作っているのだろうか。基本的には外見(巻き、塗りなど)、全体の長さ、指孔の数、調律のバリエーション、内部の塗りといったことが重要な構成アイテムだそうだが、細かい工程まで入れると、最低60以上の工程があるそうだ。ここでは主要なポイントだけを紹介させていただこう。

篠竹の選別
篠笛の材料になる最適な篠竹を、素材を見ながら選別をする。微妙な音の世界だから国産の上質なものに徹底的にこだわる。
篠竹の切断
仕入れた篠竹を節間で切断し、天日干しする。竹を落ち着かせるために数年間は寝かせる。現在、『竹渓』ブランドは2年以上、『竹峰』ブランドは5年以上寝かせたものを使用している。
サイズ別に選別
篠竹の太さ、長さなどによって音の調子が違うので「何本調子」という呼び方で基本音を指定する。 大塚竹管楽器では一本調子から十ニ本調子を製作。調子の数が小さくなると、基本音が半音低くなり、管はその分太く、長くなっていく。
穴あけ
指で押さえる部分に指孔を開ける。指孔の数は6個ないしは7個が多く、六つ孔とか七つ穴と呼ぶ。
頭部の閉じ
管頭と呼ばれる篠笛の頭の部分を閉じる。
調内の塗装
管の内側を漆ないしは合成樹脂で塗る。
仕上げ
内側が乾燥すると、最後の仕上げとして管まわりに籐などを巻いたり、漆を塗ったりする。巻きには両巻きとか総巻きといったものがある。
●日本の伝統的な音色に籠る夫婦の絆

このような細かな工程を経て、手触り感、吹奏感を前提に篠笛が1本、1本、作られているのだ。機械で大量生産という世界ではない。すべて手づくりだ。そのために、大塚笛師は言われる。

「ある面では家内工業ですよ、そのために妻の支えが大切ですね。作る工程において、また、ショールームなどの運営において、内助の功あっての篠笛ですね」

すると、傍らの奥様の美智子さんもにっこりだ。

「篠笛の伝統を絶やすことなく、次代の人々に伝えていきたいですね。お祭りなどのあの音色はこの国の文化ですからね。伝統を守り、次に次代に伝えていく苦労は私なりに理解しているものですから、これまでも、これからもですよ」

まさに内情の功あればということだろう。お似合いの夫婦だ。大塚笛師にとって奥様の存在は夫婦であると同時に篠笛のためのよきパートナーなのだ。そういえば、『足立が誇るものづくり』の冊子にも仲睦まじい仕事ぶりが写真入りで紹介されているが、そばにこんな言葉が添えられている。“呼吸を合わせ、夫婦で竹を矯(た)める。切り出された篠竹は何年も寝かされた後、江戸末期から代々受け継ぐ技といくつもの工程を経て、日本人の心に響く澄んだ音色の篠笛となる”と。奥様が炭火の上で竹を転がし、熱を加える。それを大塚さんが1本ずつ抜き、熱いうちに矯める。手は止まらずに夫婦の息はピッタリだ。

江戸から連綿と続く篠笛。その裏にはこのような夫婦の愛の絆ありだ。最近の著名な企業の不祥事などとついつい比べてしまい、足立区というこのような地域から伝統的な文化を守り、全国に届けるという夫婦に大拍手だ。すると、大塚笛師のさわやかな笑顔が一段と輝き、これからについてこうだ。

「この国には、この国独自の音があります。また、各地方にはその土地なりのお囃子がありますので、笛ならどんなものでも作っていくというスタンスはこれからも変わりません。同時に、現状に満足することなく、篠笛の世界をもっと広げていきたいので、いまあるドレミ音階の世界をもっと広げていくことはもちろんのこと、昔からある日本の音の維持、継続ですね。ドレミファソラシドが入ってくる前にある日本独自のすばらしい音階を基本にして、皆さんにより親しんでいただけるような笛の提供です。伝統を守りながら次代への進路を描きながらね」

大塚さんの次代への想いは熱い。祭りを盛り上げるあの音色のように次代を明るく元気にしてもらいたいものだ。「そのためにはとにもかくにも本物の篠笛で、本物の音色を届けることですね」と言いながら、「これが私どもの歴史です」と言って簡単な企業史をいただいたので、最後に添付しておこう。

大正13年
『獅子田流笛師の新山氏に師事した初代の中村甚五郎、『篠笛製作業』を継承して、台東区蔵前で『中甚』を立ち上げる。初代印号『甚』
昭和42年
伊東忠一2代目。足立区千住で『獅子田流篠笛製作業』を継承して『伊東竹管楽器製作所』を立ち上げる。2代目印号『竹水』
平成元年
大塚義政3代目。2代目を継承して『伊東竹管楽器製作所』を『大塚竹管楽器製作所』に改称。3代目印号『竹峰』
平成8年
平成4年に足立区西新井に移転に移転していた製作所を大塚 敦が引き継ぎ、4代目になる。4代目印号『竹渓』
平成15年
社名を『大塚竹管楽器製作所』を『有限会社大塚竹管弦楽器』に改称。
平成17年
本社を足立区西新井、工房を足立区入谷とする。
平成26年
大塚 敦4代目、代表取締役社長に就任する。入谷工房にショールームを設置する。

文 : 坂口 利彦 氏