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こだわり人[2018.02.28]

神楽坂で木工家具にこだわる次代への夢 / 家具工房 ACROGE FUNITURE(東京・新宿区)

上京して早半世紀近くなるが、神楽坂と神保町という“神”がつく街に相も変わらず引き寄せられる。“神”という文字がその街の香りといったことだろうか、そこに息づく優しいこだわりが、何か心地よいのである。親しい仲間は「神楽坂にうまい酒あり、神保町に好きな本屋が並ぶのだからさもありなん」とからかうが、何をおっしゃるうさぎさんだ。「神が宿られる街だぞ、罰当たり」と、相も変わらず足が向いてしまうのである。

そんなある日、地元の人が“裏神楽坂”という所のマンション2階に、『家具工房 ACROGE FUNITURE(アクロージュ ファニチャー)』というちょっと気になる看板がかかったというのである。なんだ、あそこは。ACROGEなんて初めて目にした言葉だ、人通りの多い神楽坂通りと比べてまさに裏通りだ。看板の下には【SHOP】【SCHOOL】【FACTORY】という切り文字があるが、いったいあそこに何がオープンするかということだ。近づいてみると、入口脇に産地から送られてきた天板が2~3メートルもある一枚板が無垢材のままで山積されているのである。質感も風合いもよく、無垢のよい香りだ。そして、ガラス越しに中を覗くと、おそらくこれらの無垢から生まれ変わるのだろう、おしゃれな食卓テーブルや椅子を中心に食卓グッズや玩具が並んでいるのである。

なるほど、ここは木製の家具などを作ったり、販売する木工の館なんだ。神楽坂という都心の真ん中で無垢材を山積みなんて、久しくこんな光景は見たことがない。一瞬、何でこのような場所でなんて思うと、この館のオーナーに無性のこだわりを感じるではないか。

ということで、今回は『家具工房 ACROGE FUNITURE』のオーナー、岸 邦明さんのこだわりに着目させていただいた。

こだわり人 ファイル068

神楽坂で木工家具にこだわる次代への夢

家具工房 ACROGE FUNITURE(東京・新宿区)

●営業人生を一転、28才の時に家具工房を立上げ

東西線の神楽坂駅から赤城神社の横の急な坂道を下りて『ACROGE FUNITURE』へ。もう通い馴れた道だが、相も変わらず身も心も和らぐ。というのはこの神社は出世祈願とか大願成就といったご利益があるというものだから、自然と頭が下がってくるのだ。しかも、この由緒ある神社から新しい空気が流れ始めているというから、その行く末についつい勝手な夢を描いてしまう。

それもそのはずだ、実はこの神社は現在、東京オリンピックの主会場になる新国立競技場の設計デザイナー、隈 研吾さんの監修によりリニュ-アルされ(2010年)、私たちの業界の大きな関心事であるグッドデザイン賞(2013年)に輝いているのだ。神社でグッドデザイン賞なんて面白いではないか。しかも、坂道を下りきった600メートルぐらい先には私がよく立ち寄る親しき友人の出版印刷などの老舗『三晃印刷』という会社があるので、「岸さん、よくぞ、赤城神社と三晃印刷の間に工房を設けられた」だ。妙な縁を感じるのである。

このご縁、“やっぱり赤城神社の贈り物か”と岸さんが自ら作られた無垢の椅子に座るといい感じだ。心地よく、早くも岸さんのこだわりが身体に入り込んでくる。思わず、岸さんの手の指を見やったが、指先も目も澄んで優しい。40才後半と言われたが、とてもそう思えない若やいだ夢見る少年の顔だ。訪れる前にホームページで、事業の内容などを拝見してきたが、木工家具に対するこだわりはその言葉や動作からもひしひしと伝わってくる。すると、やはり気になっていたことを最初に伺ってみた。

「...そうですか、大学の商学部を卒業したのに、どうして木工家具の作り手を始めたかということですね。実は卒業すると、家電などを扱う物販の会社を始めたんですが、3年ぐらい経つと、“製作にかかわらず、与えられた商品をただ売ってるだけ”の自分に満足できず、製作から販売まですべてを責任もって一気通貫でできる仕事をやりたくなったんです。そこで、28才の時に家具工房を生涯の生業にしようと決心し、29才から3年間、世界をモーターホーム(キャンピングカー)で巡り、各国の生活様式や文化財に触れ、これからどんな家具を作れば喜ばれるかという技術を学ぶと共に感性を磨いたんです。そして32才で都立の技術専門校の木工技術科に入学し1年間学んだ後、個人工房で2年間修業した上で、35才の時に埼玉県の新座市で『ACROGE FURNITURE』という木工工房を立ち上げたんです。3年後には所沢市に移転し、2016年46才の時に、もう少し事業を拡げよう、特に本格的な木工に興味を持つ人を増やすことに力を注ごうということで、この神楽坂に事務所を移転したんです」

●木工を通じて毎日に暮らしに彩りを添えたい

まさに、人に歴史ありだ。もうこれだけで、岸さんの木工家具に対する熱い想いに魅せられるばかりだ。名刺には一級家具製作技能士(家具手加工作業・家具機械作業)と記し、今では、「ただひたすら自分でしっかりしたものを作りたい、ひいては、木工人口のすそ野を広げたいということです。ですから、社名のACROGEというのはACROSSとGENERATIONの造語ですが、世代を越えて永らえる家具を提供していこうという想いを込めました」と言われると、岸さんのこだわりに恐れ入りましただ。

ところで、現在は入り口にも表示されていたが、【SHOP】【SCHOOL】【FACTORY】の事業の3本柱にされているが、この神楽坂移転の大きな目的になった【SCHOOL】、木工教室について独特の感性をお持ちなので、最初にその大要を紹介していただくことにした。

「自分たちで納得するものを作り、お届けするということはもちろんですが、木工の楽しさや奥の深さを伝え、仕事や生活を豊かにする一助になればという想いで開いたのが木工教室です。新座で始めて早10年。本格的な家具材を使用し、正しく家具を作る方法を修得していただくことを目的にしてきましたので、生徒の顔ぶれも多彩です。木工を生業にしている家具職人や大工さんをはじめ、木工のプロをめざす職業訓練校生、ものづくりに携わる設計士や加工技術者、木部を仕事に活かしたい革作家やタイル作家。さらには自分で家具を作りたい人、趣味やライフワークでモノづくり時間を持ちたい方もおられます。東京近郊だけでなく、山梨や長野など遠方から通ってこられる方もいるし、通って10年という方もおられるので本格的に木工に取り組んでみたい人は着実に広がっている想いです」

勢い、岸さんをはじめ、現在、6名おられる講師陣も一級家具製作技能士の国家資格を持つ職人さんで、生徒の多様なニーズに丁寧に向かい合っておられのだ。それはこの神楽坂で開校した当時は40名だった生徒がいまでは200名近くになっていると言われるのだから納得だ。また、「近年は20代から40代の女性が増えてきて、家具の木工教室では現在、日本一の規模ですよ」と言われると、岸さんの想いが着実に根づいているもんだと、大拍手だ。我がごとのように嬉しくなるというものだ。

となると、授業の内容が気になるではないか。すると、「カリキュラムとその特徴は下記の通りです」と言って、印刷物をいただいたので、そのまま掲載させていただこう。

カリキュラムの一例
箱物の制作

鑿・鋸等の道具を使って、基本的なほぞ加工を練習します。
ある程度加工が出来るようになった後、あられ組みを使用した箱物を製作します。

スツールの制作

立体的な造形物を作る課題として、スツールのデザインから製作までを行います。
鉋を多用し、一枚の板から立体的なスツールを削り出す楽しさや難しさも学びます。

自由製作

機械を使わない指物的な小物製作、デスクやテレビ台といった家具、椅子のような造形物、皆さんいろいろな物にチャレンジしています。

基本的な基礎練習

木工の仕事をしている方、プロを目指している方も通われています。「刃物の研ぎ」「道具の仕込みや調整」「加工精度の向上」などに専念し学んでいく方も歓迎します。

教室の特徴
使用する大工道具の整備

教室で使用する大工道具は人数分用意してあります。
手道具を持っていない方でも気軽に始められます。
ある程度手加工が出来るようになってきた段階で、希望する方は少しずつ手道具を購入していきます。
多くの手道具は正しく使えるように、しっかりと仕込む必要があります。
教室の中で仕込みや調整も学んでいきます。

木工機械・電動工具の使用

家具を製作するのを全て手加工だけで行うのは困難なのが現実です。
機械を使う必要も出てきますが、誤った使用をするととても危険です。
木の性質に慣れ、手加工がある程度できるようになってきた方から、安全な加工方法を学びつつ、少しずつ木工機械や電動工具も使用していきます。

●生徒も講師も、この国のモノづくり精神を共有だ

ところでこの教室は、右側の部屋が【FACTORY】と記された制作エリアで、左側が【SHOP】と記されたショールーム兼販売エリア。その中央にあるので、いい感じだ。生徒はここに来るたびに加工前の無垢材を見たり、出来上がった一枚板の天板をはじめ多彩な商品を目にすることができるので、木工家具に対するモチベーションは一段と高まるということだろう。こんなところにも岸さんならではの細やかなこだわりが見て取れるではないか。

そこで、居合わせた生徒に教室への想いを伺ってみた。すると一人の生徒は「一枚板を木工機械で切る音、玄翁で鑿を打つ音、無垢材を扱っているというリアル感がいいですね」と、また別の生徒は「一枚板なんか、サクラ、ナラ、クリなどが身近にあって、それが数週間後には食卓テーブルや椅子に変っていくのを目の当たりにしてるんですからね、最高の気分ですよ」だ。

講師もそんな生徒を見て、「ともすればゲームなどに目がいってしまう若い人が無垢材と向かい合い、鑿や鉋の正しい使い方をマスターして、自ら作っていくなんて気分がいいんでしょうね。出来上がった時のあの笑顔には私たちも感激ものですよ」である。

生徒も、講師も心が通いあう快適環境でいい汗を流しているんだ。岸さんの想いがまさに実を結んでいるのだ。ある面では日本の伝統的なモノづくりの世界、ここにありだ。

なんだろう、この空気感は。得も言われぬ次代へのフレッシュな空気を吸わせていたいた気分だ。これまでにも多くのこだわり人にお会いしてきたが、技術を追いかける人は人それぞれだ。でも共通しているのは、その技術の先に優しい人間の営みを夢みておられることだ。昨今の、データをごまかしてよく見せるなんてとんでもない。大看板を掲げて最先端の技術を声高に誇るのもいいが、ある面ではこのような伝統的なアナログの世界に次代への夢を描くなんて、岸さんに大拍手だ。

●技術の先に人あり、人の先に毎日の暮しあり

すると、岸さんは「私どもの事業の3本柱である家具の制作エリア【FACTORY】と【SHOP】エリアを紹介させて下さい」と言って、教室の左右の部屋に案内されたので、最後にそちらの様子を紹介させていただこう。

【FACTORY】にはやはり独特の趣きと香りがある。大きな無垢材が鋸で切られていく姿をこんなに身近に見るのも久しぶりで、ついつい見入ってしまう。近づくと、主婦の一人が講師に教えられながら慣れない手つきで無垢材と向かい合っている。それでも、「子供のために玩具を作ろうと思っているんです」と言われると微笑えましくなってくる。出来上がった玩具を手にした子供の姿を想像すると、「がんばってください」だ。

「ここでは、お客様にご注文いただいたオリジナルの家具を作ったり、時にはお客様と一緒になって無垢材と向かい合っているんです。そして、ここで作ったものは、あちらの【SHOP】で陳列したりしているんです」

一方、【SHOP】にも独特の趣きと香りがある。やっぱりここにも岸マインドが染み渡り、いい感じだ。ガラス越しに見ていた雰囲気とはまったく違う。あれもいい、これもいいとついつい手が伸びていく。すべてが優しく生きている。すると、岸さんは言われたのである。

「家具の作り手はいつもお客様の心に響くものを届けるのが使命ですね。その一つの代表が音楽界の充填の石田善之さんとコラボしたものです。今、曲を流しますから、その音の拡がりや奥行きに納得していただけると思います」

やっぱり音の感触が違う。上質な音だ。岸さんによると無垢の木ならではの無垢効果だそうだ。「木の素材の良さを改めて実感しましたよ。このようなお客様の心に響いていくものをこれからもお届けしていきたいですね」

そして「この10年間多くの人に出会い、私自身も“皆さんが必要とする木工をわかりやすく伝える姿”を学びました。やめられませんね。木工文化は奥が深すぎますよ。教室の生徒なんか、年齢も、男女もなく、技術の優劣もなく、木工談議に花を咲かせるなんて本当にいい姿ですよ」

そこで、帰り際にそんな言葉を言わせるのも赤城神社のせいなんでしょうねと言ったら「そうですね」だ。すると、岸さんのそばにおられた奥様、「何気なく過ごしている日常的な生活空間が、木工家具などによって一段と心地よくなるなんていいわね。もっとお手伝いしなければ」だ。

確かに。これからも、この国の木工文化にこだわっていただきたいものだ。岸さんの信条である“技術の先に人あり、人の先に毎日の暮しがあり、社会がある”という想いを今一度思い出しながら、再び帰りの赤城神社に手を合わせていた。

文 : 坂口 利彦 氏