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こだわり人[2018.08.01]

"用の美"、民芸家具へのあくなきこだわり / 工芸花森(東京・目黒区)

いささか旧聞になるが、昨年の秋に、“日本人が愛した英国の椅子”という『ウインザーチェア展』を見に行った。ボクのぶら~り博物館巡りの一つになっている井の頭線の駒場にある『日本民藝館』である。趣ある佇まいは相変わらずで、日本の伝統的な民芸品にいつも心がそばだてられる。かつてここは知識で見るのではなく、直感で見ることが大事だと教わったが、ウィンザーチェアなどはまさにその通りで、すべての部材に木を使い、座板に脚や背もたれが直接差し込まれた自然で素朴な加工に堪能させられた。まさにこの『日本民藝館』の設立者、柳宗悦氏、ここにありということだ。素材の魅力を活かした確かな加工技術と、伝統に根差した造形美には時間が経つのも何のそのと見とれてしまう。

ところで、今回のこだわり人は、そんな柳氏の民芸品への想いを胸に、松本民芸家具の提供にこだわる『工芸花森 目黒店』の会長、花森良郎さんである。目黒駅からインテリアショップが建ち並ぶ通称“インテリア通り”を西へ行き、山手通りと交差するところから北に向かった所に、その独特の構えの店舗が見えてくる。テレビや雑誌などで松本民芸家具に対する深い識見とその利用を通じて毎日の暮らしを快適で豊かに過ごしてほしいという人間味のある想いに魅せられてきたが、店舗の前に立つと、改めてその想いに身が引き締まるというものだ。

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“用の美”、民芸家具へのあくなきこだわり

工芸花森(東京・目黒区)

●民芸の生みの親、柳宗悦の志に魅せられて

民芸の生みの親、柳宗悦という名を知ったのは高校の時だった。工芸家や芸術家などの名のある専門家が作ったものではなく、民衆によって作られた機能的で日常的な美しさにこそ本物の美『用の美』があることを説かれたのだ。だからだろうか、民芸喫茶とか民芸家具、民芸玩具、民芸衣装、民芸品、民芸雑誌といった“民芸”という言葉を見聞きすると、一般の庶民でも肩ひじ張らずとも身近に接することができる、手に入れることができるということで、妙に親しみを感じたものである。

柳氏は、まさにその先頭に立って民芸運動の発展と普及に尽力を注ぎ、浜田庄司氏、河井寛次郎氏、さらにはバーナード・リーチ氏らとともに一大文化啓蒙運動の支柱として、その理念を不動のものにされたのである。その後、民芸調とか民芸趣味といったブームの盛り上がりや低迷などの紆余曲折があったが、終始一貫、民芸運動にこだわって、あの『日本民藝館』(1936年開設)を残されたのだからその功績は推して知るべしだろう。生粋の民芸こだわり人だ。

その民芸運動に共鳴された花森さんは、静岡県静岡市の、小大工と呼ばれた家具づくりの店に生まれたので、『松本民芸家具』に当然のごとく魅せられた。地元の木材を使って地元の職人が腕を振るって作る独創的な家具に心奪われ、伝統的で土地の香りのする松本民芸家具の保存、継続、普及等に猛進してこられたのだ。御年、74才。その情熱は今なお衰えることなく、元気に店に立って松本民芸家具の魅力を熱く説かれている。

その説得力あるこだわりをお店に来られたお客様とのやり取りで垣間見たが、さすがに長年の経験から生まれた松本民芸家具の魅力を語る物腰はどこまでも優しく、時間をかけてじっくりということであれば、時を重ねるほどに価値を増す松本民芸家具同様の趣があるではないか。「とにかくこの椅子の良さは自分で座っていただいたところ、身体で感じるところから始まるんですよ」と進めておられたが、背中が自然とまっすぐ伸びる座り心地から始まる松本民芸家具の魅力にただただ引き込まれて行くばかり。お客様の心の襞もどんどん緩んでいっているのである。

●魅力は、土地が生んだ本物の家具に対するこだわり

まさに商品を知り尽くした本物の売り職人さんという感じだ。ともすれば、派手な広告で人を集め、商品のデザインや機能ばかりに“ああだ、こうだ”と御託を並べる家具専門店が多いが、花森さんは違う。そこで伺ってみた。松本民芸家具のいったいどこに魅せられるのですか、と。

「現在、花森の店舗はここ東京・目黒店と、他に静岡の沼津店、静岡店、両替町店、浜松店を設けて、私自ら先頭に立って御客様と接していますが、“松本の職人さんが作る民芸家具には間違いない、本物だ”という信念が私をして“松本民芸家具へ、松本民芸家具へ”と引っ張るんですよ。具体的に言えば家具の街という伝統と材料になる木に恵まれている土地柄と、その上に立って本物の職人さんが鍛え抜かれた本物の腕を振るっているということですよ」

なるほど。伝統ある土地とそこで育った地元の木。その上に立って腕を振る職人さんの家具に対するこだわり。すると、花森さんは言葉を添えてこうだ。

「“家具の街”と言われる松本という土地は城下町として発展してきた匠の街です。木材が豊富で良質な上に、この地方は空気が乾燥し風通しがいいので、木材の乾燥に適しているんです。勢い、家具づくりに最適な土地ということですよ。歴史的に見ても、恵まれた自然環境の中から生まれた家具は安土桃山時代から作られてきていますから、伝統的な家具として存在感もあり、昭和51年には家具業界で初めて通産大臣から伝統的工芸品と認定されています。

一方、松本民芸家具に使われる材料の木について言えば、木は地元のミズメサクラです。固く粘り強いので、家具の材料としては大変適しています。しかし、その木質ゆえ、加工には機械を寄せ付けず、職人の手によって加工するしかなかったんです。ですから、あの温もりのある手触り感は欠点から生まれたありがたい恵みということです。手作りで仕上げているんですからね。

美しく堅牢。松本民芸家具が生涯の友とか一生モノと言われるのは、まさにここにありということなんですよ」

●時代を越えて受け継がれる民芸の理念
店内内装

松本民芸家具に対する深い愛情が花森さんの言葉の節々に溢れている。感激だ。そこで、お店の理念ということで、花森さんは民芸運動にかかわられた池田三四郎氏の言葉を引用されているのでその大要を紹介させていただこう。

近頃、多様化などという薄っぺらな、見かけだけの、ちょっとした思い付きで、役に立たず、いずれは使い捨てになるような品物が氾濫しているうえ、見識上考えなければならないような、国を代表する大企業までが同調している始末を、嘆かないわけにはゆかない。多様化、などという体裁のよい言葉でいったところで、そのような無責任な商品の濫造は、流行に流れやすい一般消費者に無駄を強いるだけである。しかし考えてみれば、このような混乱が永久に続くはずもなく、また無駄を続けられる時代がこのままであるわけにはいかなくなるようにも考えられる。いつかはまともな人たちによってまともなことが復活してきて、自然に収束されるのが歴史の推移というものであろう。あらゆる地道なものが見直される時代が来るということである。

少し長文だが、池田三四郎氏の著『原点民藝』に記された前書きである。花森さんはこの文章に工芸花森の理念が込められていると言われ、その後に次のように綴られている。

重厚であること。本質に根ざすこと。有益であること。愛用に耐える堅牢性など。使ってこそ輝く『用の美』の追求、歳月と共に深まる本物の味わい。材料となる木材資源を有効に活かし、長く使ってゴミ化しないという、今最も新しいエコロジーの思想にも通じています。これは庶民の生活にある実用性を尊び、素朴な美しさを愛する日本民芸運動の一つの確かな実践です。ヨーロッパの優れた家具を手本としながら、松本民芸家具は輸入家具やアンティーク家具とは明らかに違います。それは日本の生活文化や食文化をしっかり見つめ、日本の気候風土や日本人の体格に合わせてつくられているからです。

これもまた『用の美』の基本と呼び掛けておられるのだ。

●多様な品数に、見えないところに込められた技と心
テーブル

改めて、花森さんの松本家具に対する熱い想いに教えられる。いや、魅せられる。商品に対する信頼があるからこそ、自信を持ってお客様に熱く語られるのだろう。では現在、どのような家具を扱っておられるのだろうか。その大要を写真で紹介させていただいておこう。あの伝統的なデザインの美しさを持つウィンザーチェアを筆頭にロッキングチェア、羽付きベンチ、食卓、食器棚、サイドボード、茶箪笥、和タンス、鏡台、書棚、袖机などなど、個性的で確かな存在感はさすがだ。

椅子

ところで、お店に並べられたこのような松本民芸家具はどんな特徴持っているのだろうか。

「やはり、きめ細かな手作りというのが一番大きな特徴です。松本民芸家具は基本的に職人たち一人ひとりが一つの品物を受け持ち、仕上げていくという責任を負っています。何人かが分業で流れ作業でということはありません。それぞれがそれぞれに異なる無垢材の癖を読み、木と語り合いながら時間と手間をかけて、手製のノミやカンナで削り、磨き、組み立てていきます。まさに品物ごとの職人による手仕事ということです。」

では、個々の職人たちはその加工工程において、どんなところにこだわっているのだろうか。

「そのこだわりをあげれば紙面は尽きませんが、基本的なところでいえば、鉋(カンナ)かけ、木組み、塗装、轆轤(ろくろ)の4つです。
まず鉋かけとは、職人たちは自分の仕事に合わせて手作りした大小何十個ものカンナを使い分けて、手のひらでその出来上がりを何度も確認しながら、椅子の座板などを仕上げています。
2つ目の木組みは丈夫で堅牢な松本民芸家具は日本古来の伝統的な技術を活かして組み立てていることです。最終的には見えなくなってしまう接合部にも徹底的にこだわっています。
3つ目は木肌に優しく浸透する塗装です。使い込めば使い込むほど、深い味わいが生まれるポイントなので徹底的にこだわっています。よくしぼったぞうきんで水抜きするだけでOK。メラミン塗装のように表面が剥離するということがないようにしています。
4つ目は轆轤。家具の強度を支え、美しいフォルムを作る袖や脚は入念な轆轤の作業から始まっているということです。また、椅子などの微妙なカーブと陰影を持つデザインは欧米の優れたアンィークチェアなどを手本にしています」

●インテリア家具で生活を豊かにエンジョイ

毎日の生活に実際に使われることを目的に製作された実用性、作る人も使う人も一般の民衆であるという民衆性、機械による大量生産品ではない手仕事性、日本の土地から生まれた地域性などなど、松本民芸家具の魅力は尽きない。だが今日では、昔ながらの材料の入手困難や職人不足などによって伝統な手法を継続することは難しくなってきているが、松本民芸家具ならでは独自性、特異性は維持、発展していくということだろう。

その時、僕は思ったものである。例えば、松本民芸家具の魅力の一つである木組みの美しは、その木組みと一体化された鑄物の帯金具や鋲などの機能性や伝統的な美粧性、さらには耐久性であると。そのため、多様な家具金物を提供するスガツネ工業もまた、そのようなニーズに応えていかなければならないのだ。ある面では松本民芸家具は、木材芸術と金属芸術のコラボした最高の職人技の象徴なのだ。

やっぱり工芸花森には独特の空気感があった。あの『日本民芸館』とはまた一味も二味も違う光景を見せてくれた。時間的な歴史の流れを学ぶ博物館も味わいがあるが、いまこうして店に並べられ、これらに触れながら購入しいくお客様の姿を見るのもよいということである。

そこで、もう一つ欲張って、せっかくの機会だ。インテリアショップが居並ぶ“インテリア通り”を散策した。店内の雰囲気は工芸花森と随分違うが、やっぱりいいものだ。ここにきて目黒は駅前開発も進み、自然とビジネスと住まいと文化のバランスもよく、住みたい街ランキングのベスト10に連ねているが、インテリア通りの賑わいは何かわかるような気がした。

おしゃれでファッション性の高い店あり、民芸花森のようなクラシックの店あり、お客さんの家具選択の楽しさを一段とかきあげているのだ。すると、花森さんも言われていた。「選ぶのはご本人だ。ただ、本物を選んで毎日の生活を楽しんでいただきたい」と。

文 : 坂口 利彦 氏