トップページ > 王国のコラム > こだわり人 日本の和の文化の象徴、和菓子へのこだわり / 『梅花亭』井上 豪(東京都・新宿区)

王国のコラム

ページTOP

こだわり人[2019.02.14]

日本の和の文化の象徴、和菓子へのこだわり / 『梅花亭』井上 豪(東京都・新宿区)

こだ金下書き

人それぞれ。新しい年を迎えて、これからの進むべき道筋を夢見て手を合わせる。さあ、今年はどんな夢を描かれますか。こだわり王国のこのコラムも元気いっぱいのスタートダッシュです。

すると、年賀状に挟まれて『和の技術を知る会』から『子どもに伝えたい和の技術』というシリーズ本の案内ありだ。うれしいね、前々から愛読している本の第4巻「和菓子」の案内が新年早々からくるなんて、思わずにんまりだ。というのは、この本の中に紹介されている一級和菓子、製造技能士の井上 豪さんのことが非常に気になっていたからである。井上さんは東京・神楽坂で『梅花亭』というお店を経営しながら、東京都マイスターとして和菓子に対するひたむきな姿勢とその卓越した技術に業界を問わず、日本の和の文化を永らえる第一人者として世界中から注目を浴びておられるのだ。先頃もイギリスに招かれ、日本の和菓子の魅力を講演されている。また、この3月には東京・新宿の京王プラザホテルで東京菓子協会が主催する『知る、見る、味わう和菓子を愉しむ集い』のメインゲストとしてその技を披露されるというのだ。

ちなみにその案内には、“和菓子は千年を越える歴史の中を、日本人生活文化と共に育まれ、日本人を代表する食文化の1つとして親しまれてきたが、味わっておいしいことの他に長い歴史の上に積み上げられた伝統や季節感、手作りならではの個性、さらには健康性などの多くの魅力を持っており、現代人にとって必要な心の安らぎ、憩い、団らんに欠かせないモノとなっているその和菓子の魅力を愉しむ集いを開催する”云々と記されていた。こうなると一足先に井上さんの和菓子へのこだわりに触れたいものだ。ということで2019年最初のこだわり人として『梅花亭』の店主、井上さんに着目させていただいた。

こだわり人 ファイル077

日本の和の文化の象徴、和菓子へのこだわり

『梅花亭』井上 豪(東京都・新宿区)

●神楽坂の人に優しい老舗の和菓子店

神楽坂の魅力は改めて紹介することもないだろう。神楽坂は新宿区にある早稲田通りにおける大久保通り交差点から外堀通り交差点までの坂道である。この周辺は大正時代にご隆盛を誇った花街で、表通りから一歩入った路地裏に情緒があり、坂沿いに立ち並ぶ商店と並んで、独特の風情を作っている。横丁から風呂敷を小脇に抱えた粋な姉さんが今にも出てきそうで、ついつい引き寄せられるというものだ。『梅花亭』はそんな神楽坂の坂上の本店と飯田橋駅近くにもう1軒構えておられるが、足は自然と本店に向かった。すると幼子を店先に立たせて親御さんがスマホのシャッターを向けている。何かほのぼのしたものがあり、店先から『梅花亭』のやさしいおもてなし心が伝わってくる。

中に入ると、穏やかな和菓子が花畑の花のように迎えてくれる。色とりどり、形もとりどり。まさに和菓子のテーマパークのような華やかな雰囲気だ。するとガラス越しに和菓子を作る作業場におられた井上さんと目が合い、陳列された和菓子の前に出てこられる。いい香りだ、早くも和菓子にこだわる和菓子職人の心意気が見てとれる。気取らず、肩肘張らず、物腰のやさしさが和菓子に包みこまれているようで、この店主ならおいしく安心していただけるというものだ。店の中にも神楽坂の風情が溶け込んでいるようで、早くも人気のこだわり店の舞台裏を見るようにわが目に光が差し込んでくる。

この本によると、“子供の頃から菓子作りが好きで、父や祖父の和菓子作りを身近に見て、将来はモノづくりに職人になりたいと思っていました”と書かれていたので、『梅花亭』の歴史と今日に至る井上さんの歩みをお伺いした。

「神楽坂『梅花亭』の初代井上松蔵は米どころで有名な新潟県南魚沼市の280年続く旧家の出身で、上京後は柳橋の『梅花亭』で修行の後、新宿淀橋の十二社で独立、開店しました。その後、第二次世界大戦で2度招集され、終戦後にロシアの捕虜となり、極寒のシベリアの炭鉱で強制労働を課されたのですが、その強制労働中に考えることと言えば食べること。特に子供の頃に母が作ってくれた『かきもち』のことです。もし生きて帰ることが出来たらこんな味の菓子を作りたいということで、それが今の銘菓『鮎の天ぷら最中』につながったそうです。形状の鮎は新潟の魚野川の鮎をモチーフにして、もともと餅を油で揚げるものが最中の皮であることから、これを油で揚げることにこだわりました。

戦友が次々と飢死凍死する中、炭鉱のネズミや芋虫を食べて命をつなぎ、たまたま日本に帰る帰還船に乗れ、無事に生還することができたのです。その2代目が戦後の復興の波に乗って和菓子と洋菓子を主体に受け継いだのですが寝食を忘れた生活で39才の若さで亡くなりました。その後、祖父にあたる3代目が後を継ぎ、現代は4代目の私が暖簾を引き継いでいるのです。昼間は美術大学に通い、夜は製菓学校で学び、卒業後は家業である『梅花亭』に平成7年に入社。平成10年にここ神楽坂に移転、今日に至るということです。平成26年には国家資格一級菓子製造技能士に認定され、平成28年には東京都の優秀技能者<マイスター>都知事賞をいただきました」

そこに持ってきて、先にも触れたように井上さんは昨年の2月に外務省の日本ブランド発信事業の一環で、日本の和の技術を紹介するためにイギリスに派遣され、日本の無形文化財の和菓子の啓蒙・発信専門家として各地で講演会を実施されている。また、昨年の10月には茶道裏千家坐忘斎家元から茶名『宗豪』を拝受されている。まさに和菓子職人の家で生まれた血筋が国内外に広がっているのだ。真摯で前向き、多面的な活動はお見事という他ない。そして、お菓子などの激戦区の神楽坂で、2店舗を経営されているのだから、そのこだわりの技量は押してしかるべきということだろう。日本の和の文化の宝だ。

●愛される、季節と素材へのこだわり

では、井上さんが作る和菓子は他の和菓子とどんなところが違うのだろうか。「とにもかくにも、“安心、安全、見て楽しく、食べておいしい”を心がけています」と言われるので、その具体的なこだわりについて紹介いただこう。

「私どもは基本的に『定番銘菓』、『上生菓子』、『季節の生菓子』の3つの分野から、納得のできる和菓子を作っていますが、こだわっているのは四季の移り変わりに対応した和菓子の提供と和菓子の素材へのこだわりです。定番銘菓というのは神楽坂福来猫もなかとか神楽坂古梅、お手玉、浮き雲、鮎の天ぷら最中、飛躍うさぎ最中、一口ようかん夢絞り、神楽坂石畳、あさどら・神楽焼、豆大福などがあります。また、上生菓子には蜜柑きんとんとか七五三上生菓子などがあります。さらに、季節の生菓子には黒糖わらび餅とか玉杏珠、あんず餅、葛桜、切り出し水羊羹、とろける水羊羹などがあります。いずれも、私どもの手作りの和菓子で、多くのお客様からご贔屓いただいています。

特に喜ばれているのは季節の生菓子で、和菓子を通じて四季をお届けするということにこだわっています。日本の誇りである春夏秋冬をイメージした和菓子で、お菓子で季節感を味わってくださいということですよ。今の時期では新年の干支をモチーフにした猪の最中や春の到来を予感させる梅をあしらったものが楽しく、その後は桜やサツキ、夏のひまわり、秋の紅葉などをモチーフにしたものへと優しく続きます。」

一方、素材については安心、安全の面から徹底したこだわりを見せておられる。

「和菓子にとって非常に重要なことで、れもん、砂糖、飴、小麦粉、色素、あんず、栗、柚子、ジャムなどについて徹底した本物主義を貫いています。例えば、レモンについて言えば皮と果汁を使うので減農薬の瀬戸内レモンをつかいます。レモンの島と呼ばれる岩城島産を中心に収穫や季節によって産地を変えて仕入れ、手作業で皮をすり果汁を絞ってレモン大福を作っています。また、砂糖について言えば、和菓子によって6種類(鬼双糖、グラニュー糖、上白糖、和三郎盆糖、黒砂糖、粉糖)を使い分けています。さっぱりとした甘みを出すには、単に砂糖を減らすのではなく素材の味の強さとバランスが決めてとなります。

また、飴についていえば、北海道の小豆、大福豆、手亡豆、赤えんどう、青えんどうなどを使ってお菓子の種類ごとに飴を炊き分けて自家製飴にしています。小麦粉はポストハーベスト(収穫後農薬散布)していない国産の小麦粉を使っています。色素はすべて天然色素で赤はベニバナ。黄色と緑はクチナシ、青は葉緑素からといった具合です。さらに、あんずは長野県更埴の契約農家から生の杏の実を購入しています。2週間かけて自家製の蜜漬けをして和風ゼリーを作っているのです。そのほか、栗は手剥きのものを9月半ばに茨城県から、柚子は徳島県や埼玉県から送ってもらっています。ジャムはもともと自家用であったものが口コミで商品化したものですが、瀬戸内産レモンとザラメだけを使っている、といった具合です。

私は幸いにも美術学校を出て絵心が少しありますので、これらの和菓子を作るにあたって自分なりのイメージを描いて、その出来上がりを追いかけています。私なりの和菓子作りの楽しみです」

●和菓子は日本文化の入口であり、時代の良き友です

ところで、井上さんは若い和菓子職人を育てることについても非常に積極的だ。今も作業場で8人の若い人の面倒を見ておられたが、8人の若者はいずれも地方から出てきて、「和菓子の手作りを学んで故郷に帰ります」と言っていたが、井上さんの思いやりのある優しい指導に拍手だ。若者の1人が言った「和菓子作りには茶道や華道、歌舞伎、俳句や短歌など幅広く日本の伝統文化を学ぶことが必要なんですね」なんて嬉しいね。その言葉を返すように井上さんもこうだ。

「若い人が和菓子作りにチャレンジしてくれるのは非常にうれしいですね。もちろん和菓子の世界だけではなく、我が国のモノづくり精神を絶やすことなく、どんどん広げていきたいじゃないですか。ある面では和菓子はアートでもあるし、芸術ですね。暮らしにほっとした安らぎをもたらしてくれるアナログ的な、人の手から生まれた和菓子の存在は貴重ですよ。たかが和菓子ではない、されど和菓子ですよ。これからも伝統を受け継ぎながら、新しいことにどんどん挑みながら、ちょっとしたいい時間をお届けしていきたいですね」

帰りにやっぱり口で味わうのが一番なので一口咥えると、さすがにこれまでに食べたものと全く味が違う。井上さんのあの職人魂が帰り際に言われた「和菓子は時代の優しい音色であり、日本文化の入口であり、時代良き友です」という言葉が身体の髄の髄まで入り込んで来たね。

新年早々いい時間をいただいた。今日はこのまま、『梅花亭』のすぐ裏にある赤城神社に参っていこう。何か明るいよい年になりそうな年明けだ。

文 : 坂口 利彦 氏