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こだわり人[2019.04.03]

今日も、世界のこだわりの木製玩具を届けて / 『アトリエ ニキティキ』西川敏子(東京都・武蔵野市)

明るい春の始めの光が身体に心地よい。雀の親子が窓越しにこちらをうかがっている。思わず“元気だな”と声をかけたくなる。その時、机の上の一冊の本が、ボクを子供に戻した。その名は『玩具とデザイン アトリエ ニキティキとトイメーカーの歴史』、編者は上條桂子さんという。

行きつけの近所の図書館で初めて出会ったのだが、表紙から非常に印象的だったので今しがた借りてきたものだ。表紙は玩具のパーツだろうか。明るくカラフルなグラフィックがリズミカルで、さまざまなイメージを描かせる。正直言って、上條桂子さんって初めて知る名前だ。ページをパラパラとめくると、西川敏子さんという方が1971年に創業された『アトリエ ニキティキ』の玩具に対する熱い思いと、ヨーロッパの名代の玩具メーカーの奥行のある商品が写真入りで丁寧に紹介されているのである。いくつかは見たこともあるが、ほとんど見たことのないもので、その温かみのある、しかも木製の玩具に引き込まれていくばかりだ。これは面白い。安価なコマーシャリズムに毒されず、健全で優しい心。子供たちの知的好奇心をかきたてる玩具で満ち溢れている。これはじっくり読んでみたいということだ。早速、図書館で借りて中を見ると、『アトリエ ニキティキ』の店舗は我が街の隣、住みたい街のトップで人気の吉祥寺の商店街にあるというではないか。情けない。そんな店があることに気が付かなかったことを恥じると共に、今すぐその店に行ってみたい。西川敏子さんの勧める木製の玩具のテイストに触れてみたいと思ったのだ。

ということで今回のこだわり人は、木製玩具にこだわる『アトリエ 二キティキ』の代表,西川敏子さんに着目させていただいた。子供のみならず、大人にも優しい木製玩具を届けて約50年なんて心はほっこり、何か無性にワクワクさせられるのである。

こだわり人 ファイル078

今日も、世界のこだわりの木製玩具を届けて

『アトリエ 二キティキ』西川敏子(東京・武蔵野市

●西欧の木製玩具に魅せられた、“おもちゃ愛”

行きなれた吉祥寺だ。お会いする前に西川さんのプロフィールが『玩具とデザイン』で紹介されていたので、その大要を最初に紹介させていただこう。西川さんは女子美術大学を卒業すると、日本のグラフィックデザインの黎明期の第一人者で、女子美術大学の教壇に立ち、愛知県立芸術大学の学長になられた河野鷹思氏の事務所『デスカ』に学生時代にインターンとして通っていたのだ。河野先生と言えば、あの大阪万博で日本政府館などを担当された著名な方で、ボク自身も、事務所の門下生たちと付き合ったこともあるので河野先生の名を知ると何か縁のようなものを感じたのである。

その事務所時代にデンマークやスイスなどの玩具と出会い、その世界観に魅せられドイツの国立美術大学に留学したというから、玩具に対する西川さんの思いは、察して余りある。その後、ドイツや周辺諸国の幼稚園や玩具店や見本市などを見て回って木製の玩具に魅せられ、いずれ、日本の子供たちにもこれらの玩具で遊ばせてあげたいと思ったというのだから、西川さんの玩具に対するこだわりはボクの想像をはるかに越えるものがあったということなんだろう。その時、日本はプラスチック玩具がブームだったそうだ。

だが、幼児教育や美術に関心のある西川さんは西欧の玩具の世界に共感。1970年、日本に帰国し、1971年に『アトリエ ニキティキ』を立ち上げられたのである。だから、西川さんの提供する玩具にはデザイナーとしての目、事業者としての目、そしてさらに言うと子供たちの健全な成長を見る目は確かで、自分で見て、触って、納得できるものしか店頭に並べないという、今でいう“おもちゃ愛”が着実に根付いていたと思えてならないのである。

「日本と同じ敗戦国なのに、ドイツでは当時もう伝統に基づいたものづくりが生き返っていました。ケラーの力強い乗り物玩具や木馬、デュシマの黄色い編み袋に入ったミニ積木などは、今でも作り続けてられています。玩具見本市の木製玩具会場は地味な印象でしたが、よく見ると、素晴らしい玩具の宝庫でした。日本の子供たちがこの素晴らしい玩具で遊んでいる姿を想像すると、私はもうこれらの日本への輸入、販売の可能性を考えていましたね」

帰国してからの西川さんの精力的な行動は語り尽くせないということだろうが、その活動は目を見張るものがあったことが想像できる。西欧の木製玩具の魅力をショップに集約、愛され、親しまれる店を吉祥店にオープンされたのだ。

あいも変わらず人通りの絶えない吉祥寺の商店街の一角だ。少し着飾ったお母さんたちが子供を連れて次から次へとショップに入っていく。すると、店先から西川さんの玩具に対する優しい心に包まれて、こちらも一気に西川パラダイムに包み込まれてしまったということだ。西川さんのお墨付きの玩具が次から次へと目に飛び込んできて、その一つずつの存在感に魅了されるばかり、西川さんのテイストにどんどん引き込まれていくのである。

やっぱり本物は写真などと違う。思わず手が出て本物の感触を味わっていると、手にしたものしか味わえない心の弾みが始まり、それと遊ぶ子供たちの姿がイメージされていく。まさに、本物だけが与えてくれるリアルでメッセージ性のある世界への誘いということだろうか。すでにボクの子供は成人しているが、子供の頃にこんな玩具を与えてやればと思うのも、子を持つ親なら当然ということだ。周りのお客さんもそんな思いに違いないと思うと、西川さんの玩具に対する真摯な思いに改めて拍手、拍手になってくるのである。

●子供の心弾ける、魅力の粒ぞろい

そこで、『玩具とデザイン』の本を見ながら実物を見ていると、ボクの玩具への思いは西川さんの世界と完全にハモっている。偽りのない本物だけが持つ存在感に、海を渡ってこの国の子供たちに会いに来てくれたという、何か気高いものを感じるのである。すると、ボクの好奇心は一段とヒートアップして、一つ一つの玩具に優しく穏やかに語りかけられたようなので興味津々。魅せられた逸品をいくつか、写真でクローズアップさせていただいておこう。その時,ボクは完全に子供にもどっていましたからね。

スイスのネフ社
玩具の世界にデザインの概念を持ち込んだ、超人気のリグノをはじめ玩具史に刻まれる逸品を生み出している。
ドイツのケラー社
木馬と言えばケラー社の名が出る。生きている木にこだわり、堅いブナ材を使った力強いラインにファンが多い。
ドイツのデュシマ社
楽器製作と数学的な発想から始まった90年以上の歴史を持つ老舗。色と形を自由に使って新たな造形を生み出せるのが人気である。
フィランドのユシラ社
森の文化で支えられたフィンランドのイメージそのまま。実直なものづくりイメージが好評だ。
スウェーデンのミッキィ社
玩具づくりの村、ゲムラから誕生。子供のイメージのまま、遊びを広げる北欧らしいシンプルな汽車セットがロングセラー。

どれをとっても、手触りもよく心地よい。さすが河野先生ゆずりの西川パラダイムがそこに溢れているということだろう。今後、後輩たちの子供にプレゼントする機会があれば、これらの中から選んで送ってやろうと思うばかりだ。もう、わが子は大きくなったと思いながら、いや待てよだ、部屋のインテリアとしても面白いから送ってやろうと、ついつい財布の紐を緩めていたものだ。

何かこちらの気持も豊かになってくるのは何故なのだろう。玩具が好きで、いろんな玩具売り場などに立ち寄るが、今一つ定型的で商業中心的。中身が薄っぺらくて深みのないことに失望することが多い。だが、このショップではそんな感じに微塵もならない。子供目線で選ばれた西川さんの“おもちゃ愛”にボクの心はただただ子供に戻っていっているのだ。

●時代が西川さんの深い愛を呼んでいる

そこで、西川さんに、これらの玩具に対する“おもちゃ愛”の心を伺ってみた。すると、西川さんは

「ネフ社の創業者は玩具についてこんなことを言っています。“小さいときに肌で感じ取った感触や心に触れたことはその子の人生に大きな影響を与える。小さいときから美しいものに触れる機会を与えることで子供は知らず知らずのうちに良いもの、美しいもの、本物を見分ける力をつけていきます。子供はおもちゃを通じて世界を知っていく。だからこそ、美しい優れたおもちゃを子供たちに手渡すべきです”と。私の思いもこれと全く同じです。ニキティキは子供たちの心を育てる美しいおもちゃ、創造力を育むおもちゃを届けることを使命としています。環境が変わっても子供の本質は変わりません。こんな時代だからこそ、子供たちの心が育っていく玩具が大事なのです」

そして玩具を選ぶ基準について、次のような言葉を添えられたのである。

「ニキティキの玩具に対する選択基準は簡単です。理論ではなく感性を大切にし、自分の子供に与えたいおもちゃか否かを判断基準にしています。

  • おもちゃは、子供の創造力を引き出すシンプルなものであってほしい。
  • おもちゃは、こわれにくい丈夫な作りであってほしい。
  • おもちゃは、できるだけ自然素材を使用した、安全性の高いものであってほしい。
  • おもちゃは、大人でも側においておきたくなるような、美しいものであってほしい。
  • おもちゃは、作り手の子供への愛情が感じられるものであってほしい。

私たちの取り扱う玩具の原点です。すべてはここから始まっていきます。いい加減なものを勧めるということはありません。ですから、重要なことは作り手のオリジナリティと商品化までの苦労を私たち自身が身近に感じることですね。私はもう80才を過ぎましたが、私の後を継いだ息子や若いスタッフたちもそのことを大事に継承していく空気ができているのが非常にうれしいですね。誇りです。」

今や、我が国は親が子を虐待したり、死に追いやる時代だ。ロマンあり、理のあるこのような木製玩具を目の前にすると、親も心して、時代を背負った子供たちの成長、発展に温かい目を注ぐだろう。一方、西欧の木製玩具の生産の面からみると、多彩な手作業や生産コストの高騰や後継者不足といったことで、難題が絶えないそうだ。そのための、安易なコピー商品が売り買いされたり、心のこもらないものが店頭に並ぶようなこともあるそうだ。

需要と供給の間にある多様な課題をかかえる中で、ニキティキはこれまでの経験と実績をもとに、納得のできる、夢のある玩具環境、玩具文化の行く先を描き、繰り寄せておられるのだ。その時、ボクは思ったね。小さな子供へ玩具を届けるということは、裏を返せば、大人の同調、共感を得ることだ。そのためにいま必要なことは、大人たちも心に“おもちゃ愛”をしっかり持とうと。するとこの間、窓辺にいた親子の雀が頭に浮かんだので雀をモチーフにした玩具を買って帰った。窓際に置くとどんな表情をするのか、二羽の表情が見たくてねぇ。ボクはもう完全に子供に生まれ変わっていたんだ。

文 : 坂口 利彦 氏