こだわり人[2019.05.22]
伝統的な日本橋の老舗、和家具へのこだわり / 株式会社小林寶林堂(東京都・中央区)
平成から令和へ。やはり時代の一つの節目を感じる。テレビなどで多くの人の声が寄せられている姿を見ると、おおむね好評で、これからの時代の進路に明るい姿を描いている。これを機に、身も心を改めて、次代への道筋を歩んでいこうということだろうか。確かに一つのわくわく感がこの国に広がっている。勢い、これを機に、やや閉塞感があるこの国も明るく元気に弾んでもらいたいものだ。
そんな折に、中央区の知人が我が愛読雑誌の『江戸楽』とフリーマガジンの『東京エキマチ』を送ってくれるともういけない。かつての江戸・東京の面影を残しながら、新たな時代の青写真を鮮明にしつつある中央区の日本橋、京橋、八重洲、丸の内、有楽町、大手町などの街並みが浮かんでくる。かつて、中央区の広報業務に携わっていたこともあるからだろう、やっぱり江戸城をとりまく往年の賑わいのある商家の数々を思うと、我が中央区行脚は早くも始まっているのだ。

特に今回は中央区おすすめの"和の専門店"とか"和家具修理情報館"を標榜する『小林寶林堂』に真っ先に立ち寄ってみたくなった。日本橋の三越百貨店の近くで、和家具に徹底的にこだわっている店で、伝統工芸品や職人さんの手づくりの品々は自ずと和の文化のミニ博物館の様相とお聞きしていたので、この『こだわり人』欄でも取り上げてみたいと思っていたところだ。元号も変わったメモリアルの日にお膳立てがすべて揃ったということではないか。早くも足はこの日本橋に向かって行くではないか。
ということで、令和元年の最初のこだわり人は日本橋の『小林寶林堂』の代表、國分孝一さんである。
■こだわり人 ファイル080
伝統的な日本橋の老舗、和家具へのこだわり
株式会社小林寶林堂(東京都・中央区)
●伝統の中に見え隠れする、次代への息吹

日本橋の三越百貨店の前から歩いて3分。老舗の店がかつての屋号をそのままに残す雰囲気のある街並みの一角だ。小林寶林堂の看板がもの静か、控えめにかかっている。ちょっと得意げに首を持ち上げるコレドなどのモダンなビル群とはひと味もふた味も違った空気感が醸し出す佇まいも心地よく、何か物語の始まりに導かれたような気分になる。
「昭和20年、焼け野原のこの街に伯父が立ち上げた店を、私が引き継いで早30年。ただひたすら、和の文化に魅せられて和家具や和食器をお届けしてきました。独特の肌触りや香りは今もなお変わらずで、その存在感は日常的工芸品という思いと同時に味わい深いアート作品を感じますね。そういう意味で、ここに来られるお客様は単に昔帰りということではなく、これらの中に何か新しい時代の香りのようなものを感じておられるようですね。

古さの中にある新しさということでしょうか。特に、最近増えた外国の方や若いOLさんや学生さんにはそんな思いがしますね。だから私どもも、単に古きを提供するということではなく、伝統に裏づけられた今日的な空気感をお届けしているという思いです。創業者の志を変えることなく、この種の商品にこだわるお客様の一途な心にお応えしていこうということにつきます。
また近年は、お客様の好みも多様化し、伝統的な"職人さんが作る本物"を求めるお客様も多いので、私ども一緒に勉強して共に高みへという思いです」

嬉しいね。いきなりの國分さんの和の文化に対する熱い思いに教えられる。ともすれば、和文化が時代からどんどん遠ざかっていっているとよく聞くので、國分さんの真摯な思いには魅せられるというものだ。
「ですから、ここ日本橋で和家具や和食器を取り扱う私どもの店はこの地に根づいた地元産業の息づかいだと自負しています」なんて言われると、もういけない。表情は穏やかだが、國分さんの体の中にはこの仕事に対する江戸職人の心意気がそのまま継承されているようで、こちらの眼もついつい明るく弾んでくる。
すると、「とりあえず、お店に並べた和家具や漆器を見てください」と言われ、1階から2階を案内されると、國分さんの情熱イズムが部屋の隅々までいきわたっているこことに心がゆすぶられて行くばかりだ。
和の佇まいの中に選りすぐられた品々が控えめに品よく居並んでいるのだ。思わず「ボクの父の部屋の再現ドラマを見るようですよ」と言ってしまったが、ボクの父や母が愛用していた職人手作りの指物家具や漆塗りの食器が次から次へと目に飛び込んできて、どんどん昔帰りさせられていくのである。
●職人さんの手づくりに、心がそば立つ

2階は畳に障子なので、思わず腰を下ろし、子供の頃の我が家に戻ったようでボクの中の再現ドラマがどんどん進行していくのだ。中にはオリジナルの新しい和食器なども並べられ、新旧揃い踏みという感じがドラマをより一層、盛り上げていくのである。
「江戸から明治へ。職人さんの伝統的な手作り技術は凄いですね。こうして並べてみると改めて教えられますね。機械では出せない味わいがあるので、それ絶やすことなく提供していきたいですね。また、これらを末永く使う喜びを知ってもらうために商品のアフターケアにも力をいれていますが、昔からある思い出の和家具や漆器を当店では修理を承り、いついつまでも何代にもわたり大事に使っていってほしいと思っています」
まさに、和の専門店ならでは心意気とこだわりだ。これらの品と接するお客様の毎日の生活を思い浮かべると、やっぱり嬉しくなってくる。その家の穏やかな営みが見えるようではないか。
●奥の深い和家具のこだわりを、今に伝えて
ところで、國分さんのこだわりに着目した理由はもう一つある。和家具などを作る"職人"としてではなく、和家具などを提供する"商人"として和文化の啓蒙、促進に非常にこだわっておられることだ。自社の工場に職人を抱えるだけではなく、全国の優秀な職人さんと連携しながら、この分野の伝統を守り、その伸長、発展を永らえておられるのだ。
その様子は雑誌やHPなどでも紹介されていることは知ってはいたが、伝統的家具職人さんなどのこだわりを徹底的に奨励したり支援したり、自ら一緒になって江戸指物や漆器の更なる日常化に思いを巡らしておられるのだ。
そこで、このことについてお聞きしたかったので、この分野におけるものづくりへのこだわりを伺ってみた。すると、職人さんの仕事ぶりを思い浮かべながら和家具と江戸指物と漆食器に対する自分の思いとこだわりと言って次のようなことを話されたので、その大要をそのまま紹介させていただこう。ある面では伝統的な和家具を今に伝える"語り部"という趣があったものだ。
和家具について
粋な江戸っこの象徴と言われる江戸指物、自然から取れる樹液を活かした漆塗り。日本の伝統工芸品として名高い輪島塗や越前漆器などが現代まで育まれてきた歴史の背景には多くの職人さんたちの努力と良質な素材が得られる自然環境が存在したことだ。また、こうした和家具は家族で何代も使うことができ、年数を重ねるごとに趣が増していくのだから、時代を越えていつまでも残していきたい。
江戸指物について

指物は釘などを一切使わずに板と板を組み合わせて作ることを言う。なかでも江戸時代の武家や町人や商人の家庭用に作られた指物を江戸指物と言った。特に江戸指物は宮大工の流れを組み、隠し蟻つなぎなどの高度な仕口を使い、組み上げた後の組み手が見えない作りが多く用いられ、手をかけたことをあえて隠すことに江戸子の粋さを求めた。桑や欅や桐などを素材として美しい木目を最大限に生かし、高度な組手を使って華奢に見えるが壊れにくいところが重宝にされた。素材、意匠、組みたて、使い勝手などの良さが今もなお愛されている。
漆器について

漆は主にアジアに生育する漆の木の樹液を生成して作られる。塗装として、また接着剤としても優れた性質を持っていており、木材に塗った場合、虫喰いや浸水を防ぎ、とても硬い表面を作ることができる。
また、仕上げによればとても光沢の美しい品物に作り上げることができるし、鉱物を入れ反応させることにより、美しい朱色や黒色を作ることができる。
漆黒という色は漆しか出せない美しい黒で、ヨーロッパの貴族には宝石より珍重されたそうだ。
また、漆は何にでも塗れる塗料として、金属やガラスや革にもOK。最近では抗菌作用も証明され、漆の魅力が一段と増している。唯一、漆器を使う日本人としては先人から伝えてこられた漆文化を後世にも伝えていかなければならないのだ。
【ワンポイント】伝統的工芸品
経済産業大臣指定伝統的工芸品のこと。2018年11月現在232の品目が指定されている。木工では下記のような技術がある(『世界にはばたく日本力』(ほるぷ出版)より)。
- 彫物(ほりもの)
- 何種類もの彫刻刀を使って木を彫り、置物などを作る。
- 曲物(まげもの)
- 檜や杉の薄い木材を曲げて両端を閉じてから底板や上板をはめ込み、桶、樽などを作る。
- 刳物(くりもの)
- 木の内側をくり抜き、お椀、鉢などを作る。
- 挽物(ひきもの)
- 轆轤を使って木を丸く削り、子皿、盆などを作る。
- 指物(さしもの)
- 数枚の板を釘などを使わず組みたて、箱などを作る。
●日本の和の文化をいつまでも永らえて

もうこれだけで、和家具などに対する國分さんの伝統的、かつ未来的な思いはわかるというものだ。あれやこれや、多様な和家具の存在感が改めてわが身に入り込んでくる。時に愛らしく、愛おしく。まさにものづくり日本人の心意気、ここにありということではないか。すると、國分さんは1枚の紙を取り出し、こんなことを言われたのである。
「私は現在の事業に携わる傍ら、日本の歴史や文化にも一方ならぬ興味と関心を持っています。10年前に日本の問題点について考える機会があり『日本を知る会』という会を立ち上げました。毎月1回勉強会を行い、現在110回を超え多くの方にご参加頂いております。毎月行っている勉強会には、いろいろな分野の専門家を講師として招いていますが、会の目的は1つです。日本人が日本の素晴らしさを知り、日本が世界の見本となる素晴らしい国となり、世界の人の心を1つにまとめていく、そして地球を慈愛で満たし慈愛で包み、この美しい地球を未来につないでいくこと。そのために多くの人の意識を変えていきたいと活動を続けています」
ある面では、和家具の店ということもあるので当然のように受け止めたが、日常的な商いを通じてこのような思いを深めておられるかと思うと改めて國分さんに大拍手だ。この伝統的な日本橋に心優しい方がおられるんだと、またまた日本橋に行くことが楽しみになったものだ。
文 : 坂口 利彦 氏