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こだわり人[2019.08.08]

伝統と革新で紡ぐ、心のつながり / 明治座(東京・中央区)

「笑って泣いて、人は人と共に感動したいんだよ」 かつて、劇作家の菊田一夫さんからこんな言葉をお聞きしたことがある。以来、ボクの劇場文化への思いは尽きることがなくなった。そんな劇場追っかけ人生に、またまた気になるニュースが飛び込んできた。日本のみならず世界中をアートで魅了しているチームラボと、東京で最も古い歴史を持つ日本橋浜町の明治座がコラボして“緞帳(どんちょう)”に革新的な変貌をもたらしたというのである。

平成5年開場の現明治座

明治26年開場の旧明治座

明治座の歴史を紐解けば明治5年(1872年)の法令よってそれまでの三座(中村座、市村座、守田座)以外での興行が許可され、翌年に現在の久松警察署の南側に『喜昇座』を開場したのが始まりだ。その後の改称、再開場などを経て明治26年(1893年)に初代 市川左團次が座主として新築したのが現在の『明治座』の出発点である。洋風建築で観客定員1200余人の大劇場、左團次は前売り制度や大入袋などの生みの親としてさまざま革新的な事業を立ち上げられたと言われているが、創業145有余年を迎えた現在も、その伝統的な開拓精神は連綿と受け継がれ、現在の代表、三田芳裕社長の『伝統と革新』という思いのもとに独特の存在感を見せているのだ。

その由緒ある明治座が舞台と客席を結ぶ劇場の顔である“緞帳”に、現代技術の先端を行くデジタルアートで『伝統と革新』というメッセージの(今の世で言う)見える化を実現されたと言われるのだから、これは見逃せない。職工の手によって彩糸が一本一本織り込まれる芸術性の高い緞帳が先端のデジタル技術により、『四季喜昇座 ― 時を紡ぐ緞帳』の標題のもとに4K解像度と同等の高画質で縦7メートル、横20メートル上に再現されているのだ。まさに、日本独自の工芸美が凝縮された美術品の価値を持つ緞帳の大革命だ。

伝統ある劇場で時代の先端を行くデジタルアート。今回のこだわり人は劇場のハードチックな部分にとどまらず人の心を揺り動かすソフトチックな面にこだわる明治座の『伝統と革新』の紹介である。

こだわり人 ファイル082

伝統と革新で紡ぐ、心のつながり

明治座(東京・中央区)

●先端のデジタルテクノロジーで描く緞帳

あいも変わらずの人形町だ。いま。中央区はこだわりの区を合言葉にさまざまな事業を展開されているが、明治座のこだわりも眼が離せないということだ。お客様の喜びと感動を追求する明治座はまさにその象徴的な存在である。それは、緞帳に描かれた『四季喜昇座 ― 時を紡ぐ緞帳』を見れば明らかで、明治座の前身である喜昇座が誕生した文明開化の頃の日本橋の町並みや人々の営みがデジタルテクノロジーによって描かれている。当時の多様な職業や歴史上の人物が町に登場し、時間や季節と共に日々変わっていく姿に思わず引き込まれてしまう。日本橋の街が日の出と共に明るくなり、日の入りが近づくと夕焼け空になる。日本橋に雨が降れば作品世界でも雨が降る具合だ。また、凧揚げ、お花見、お祭り、雪景色などの季節の営みも非常に印象的で、街と共に、人と共に息づいている明治座の長年の歴史が想起できるというものだ。連綿と受け継がれてきた明治座の歴史の奧深さと次代への熱い展望を示した「伝統と革新」の姿勢にただただ魅せられていくばかりだ。

伝統を最先端で語る。三田社長の熱い思いに納得だ。

「東京で最も歴史の長い劇場である明治座がこれまで大事にしてきた「伝統」と常に新しいものに挑戦し続ける「革新」の姿勢を融合させた「伝統×革新」を体現するような作品となります。緻密に描かれた緞帳の絵柄がデジタルテクノロジーにより、生き生きと動き出す、新しい芸術体験を是非ともお楽しみください。」

  • 春
  • 夏
  • 秋
  • 冬
●お客様の喜びを一つに集約した感動の劇場

改めて劇場に対する明治座の思いに魅せられる。まさに伝統ある歴史の重みだ。お客様の喜びを追求した事例のあれやこれやをもう少し紹介させていただこう。

現在の明治座は平成5年(1993年)に18階のオフィスビルの中核に位置する形で建てられた我が国最初の純鉄骨造りの本格的な劇場だ。注目すべきは伝統の『櫓』を演出した劇場の正面である。江戸時代の芝居小屋には必ず座紋入りの『櫓』が飾られていたが、それを現代風にアレンジしたものが劇場正面に設けられているのである。江戸時代の芝居小屋の伝統を現在によみがえらせ、これからも継続していくというメッセージが込められているのだ。

そして、この劇場の中では歌舞伎、新派、スター歌手公演、ミュージカルなど多彩な演目が連日繰り広げられているが、そこにあるのは多様なお客様の喜びにいかに幅広く応えていくかということだろう。和の国、日本の時代のリズムと足並みに歩調を合わせたエンターテイメント施設、ここにありだ。どの客席からも見やすい座席設計、長時間の公演でも疲れず観劇できるクッションの設置など、お客様から圧倒的な支持を得られている。 また、来場されたお客様に明治座でのひと時を快適に過ごしていただきたいという思いを営業部の林菜穂子さんはこんな風に語ってくれた。

「お芝居は勿論ですが、開演前や幕間、そして終演後までもお客様に楽しんでいただきたいというのが明治座の願いです。1階のエントランスには観劇チケットがなくても利用可能で、お待ち合わせに便利な喫茶『花やぐら』、2階には外の銀杏並木で季節を感じながらゆっくりとおろくつぎいただける喫茶ラウンジ、3階、4階の客席ロビーにはさまざまな劇場売店を設けており、明治座でしか買えないオリジナルグッズや公演にちなんだ商品などを取り揃えております。ロビーで販売している幕の内弁当や劇場内の食堂では【芝居+幕間の食事】という昔ながらの観劇スタイルを大事にしてきた明治座伝統の味をお楽しみいただけます。また、各フロアの豪華な内装やロビーに展示された日本画の数々をご鑑賞いただくのも幕間の過ごし方のひとつです。そして芝居がはねた(終了した)後は、人形町、浜町界隈の小粋な下町風情を感じつつ明治座観劇の余韻に浸っていただけることでしょう」

●劇場文化が人間の生命文化に

至れり尽くせりのこだわりの明治座だ。快適で豊かな時間を過ごせる空間の構成と演出に改めて魅せられるというものだ。そこにあるのは伝統に裏づけられたお客様への熱い思いと、それを具体的な形にしたきめ細やかな愛情があるということだろう。

いまや、明治座は劇場文化の極致であり、人間の生命文化の拠り所だと思うのだ。芝居好きなボクにはたまらない。すべてが『伝統と革新』の事業精神が根強く息づいているということだ。笑いあり、涙あり。人の生きざまを共にして、今日の元気を明日につなげていこうという明治座の役割に、ともすればハードチックな世の中にあってソフトタッチな人の触れ合い、絆の大切さを思うのはボクだけだろうか。

そういえば、『令和』という新しい元号をいただいた現在のボクは、明治チョコレート、明治大学、明治屋、明治通りといった『明治』という言葉に新しい時代に挑んでいったエネルギシュな幕明け感、維新をついつい呼び起こされてしまう。停滞するこの国の未来に、『明治座』のこだわりが舞台文化を越え、人間の生命文化の行く手に明るい光明、幕を開けていってくれそうに思えてならないのだ。ほら今日も、そんな夢を背負って、こだわりの緞帳が開いていっている。思わず大向こうから元気な掛け声だ。

「いよ、日本一!伝統と革新の心!」

文 : 坂口 利彦 氏