こだわり人[2019.09.26]
懐かしさもあり、革新的でもある木製眼鏡へのこだわり / 「63mokko」 神田 武蔵 氏(東京 立川市)
令和元年の夏も早くも終盤だ。地球温暖化の影響化の影響が一段と深まってきたと思わせられたことしばしば。暑い夏だった。汗を拭きながら街を行く人はもちろん、目に入ってくる木々も何か日陰が欲しそうで、やっぱり地球の行方を考えさせられてしまう。それでも元気な子供たちだ。前を行く3人の小学生が夏休みの宿題である工作作品を手にして、ちょっと誇らしげに声を上げている。何気なく耳をそば立てていると、どうやら小学生なりのこだわり談議で、盛り上がっている。

嬉しいね。人間、年齢など関係なくこだわり談議で盛り上がるなんて、本当にいいものだ。
というのは、先日、HPで読んだ立川市で『63mokko』という木工の工作工房を開いている神田武蔵さんが何か少年のような心の持ち主で、人にやさしい眼鏡をオーダーメイドで作っているというのだ。しかもその眼鏡のフレームはすべて木製仕上がりというから、頭から離れなくなっていたのだ。
そこで「お会いしたい」と連絡したら、神田さんの声もまさに少年のように声が弾んでいたのだから、目の前のこだわり小学生に神田さんのイメージが重なってくるというものだ。今日は幸先がいいぞ。早くもこの小学生がこだわり神田さんの露払いのようになっている。バスの車窓から見る武蔵野の木立も入道雲に負けず元気いっぱいで、緑の手足を空高く伸ばしている。HPによると、神田さんは若い頃には建築技術などに長けた工学院大学(東京・新宿)で学び、木工技術の総本山である飛騨高山で身に着けた木工技術を東京に持ち帰ってきたと書かれていたが、お客様一人一人の多様なニーズに応えながら木の感触を活かしたオーダーメイドの木製眼鏡を自分なりの手法で作りあげているなんて、多様な木に対するこだわりは察して余りある。
ということで今回のこだわり人は、本名の武蔵の名前から『63mokko』と名付けた工房を経営する木工家の神田武蔵さんである。
■こだわり人 ファイル084
懐かしさもあり、革新的でもある木製眼鏡へのこだわり
「63mokko」 神田武蔵氏 (東京都・立川市)

●木を纏う日常を求めて
五日市街道を西へ、砂川十番というちょっと気になるバス停の一歩中に入ったところに『63mokko』の工房がある。気になったのは砂川という駅名で、かつては砂川闘争という名で激しいぶつかり合いがあり、街は荒れていたからだ。
今は若葉町という穏やかな住宅地として人気があるが風の流れも穏やか、周りには緑の木々も多く、まさに木工の工房をここに構えた神田さんの心根がわかるというものだ、新宿などオフィスビルが立ち並ぶ所と違って、ちょっと時間が止まったような雰囲気に魅せられてしまう。

じっくりとモノづくりに専念できる恰好の場所ではないか。神田さんがすっかりこの地に溶け込んでいる姿が見て取れる。いい感じだ。そこに持ってきて、部屋には制作された木製の眼鏡のサンプルが並び、加工に使う道具、作業機械などが次から次へと目に飛び込んで来るのだから、木製の眼鏡づくりにかけた神田さんの熱い思いがまたまた身近に伝わってくる。まさに“この地から、人にやさしい眼鏡を生み出しているんですよ”という人恋しいメッセージが聞こえてくるようだ。すると、神田さんは自ら作った木製の眼鏡を愛しみながら言われたのである。
「この日本は世界でも有数の、しかもたくさんの種類の木々が存在する国です。日本人は古来から木と共に生き、生活のアイデンティティは木と非常に密接に結びついてきました。周りを見渡しても明らかのように住宅用の建築材や日用雑貨品など、使われる木は実に多いではないですか。私はそのような木をこれまで以上に日常化しよう。言葉を変えると、樹を纏う生活をエンジョイしていこうとしているんです」

木に対する神田さんの熱い思いが伝わってくる。そして言葉を加えられたのである。
「樹を纏う。この精神を私は飛騨高山で学びました。飛騨高山は高度な木工技術の総本山だったので、ここで学んだ経験を元に木の種類ごとに違う特性や肌触り、さらには時間と共に変わる木の息づかいを活かして、懐かしくもあり、革新的な輝きもある木製の眼鏡を作っているのです。これまでの概念にとらわれない自分なりの手法で、あなただけのオンリーワンの眼鏡という発想ですよ」

●奥の深い木製眼鏡の魅力
なるほど、たかが眼鏡ではないんだ、されど眼鏡だ。木の存在感を損ねることなく、木の心を掘り下げ、人それぞれの生き方を大切する“愛着品”にしようとされているのだ。そこで、お客様の注文を受けてから手に入れるまでの流れをお聞きした。すると、神田さんは

「基本はオーダーメイドです。お客様が最も気持のよい状態でお使いいただけるように注文を受けますと、お客様一人一人の顔に合うフィッティングを採寸していきます。ですからお客様の好みに合わない眼鏡をかけるなんてことは絶対ないのです。レンズについてはお客様の眼鏡の処方箋を見せていただいたり、かけておられる眼鏡をお借りして推奨眼鏡店でも対応します。もちろんお客様自身で眼鏡店で注文頂いても大丈夫です」
では、木製の眼鏡はどんなところがよいのだろう。すると、神田さんは間髪入れずにちょっと誇らしげに言われたのである。


「木製の眼鏡のいいところは軽くて疲れにくく、肌触りが良いところです。私どもの眼鏡は肌の敏感な方でも、汗をかく夏場でも肌が荒れないという有難い言葉をいただいています。また、金属アレルギー方にも“病気やアレルギーに悩むことなく快適に過ごしています”との声を数多くいただき、金属アレルギー協会様からも栄誉ある賞をいただいていますので、木製眼鏡の存在感を改めてお勧めしています。プラスチック製品があふれる現代社会にあって、自然素材を使うことは、ある面では環境保全社会にお役に立っているんですね」
●木製眼鏡の未来に、輝きがあり
すると、“懐かしさもあり、革新的な輝きもある。私だけの眼鏡を作っている”という神田さんの言葉が再び蘇ってきた。まさに木を纏うという真髄なのだろう。目の前に置かれたさまざまな種類の木を材料とする眼鏡が、窓から差し込む夏の光に冴えていい感じだ。
“Egg”オーバル型(黄楊)
“Jazz”ボストン型(桑と紙)
“John Lennon”ラウンド型
(ブラックウォールナット)“Train”スクエア型(神代欅)
“Queen”クラウンパント型
(パドック)“Fragrant Man”ウェリントン型
(染井吉野桜と紙)
それぞれ個性あふれる木の材質がひとつずつの表情を作っている。
「最近では、現在使っているプラスチックの眼鏡の一部を木に変えることにも取り組んでいます。フロントは今のまま残して肌に触れる耳と鼻のところを木製にします。元のプラスチックなどの形状に合わせて手造りの対応ですから、お客様の様々なご要望に応えられるのも木製眼鏡ならでは身近さですね」
まさに至れり尽くせりの対応だ。おそらく街でこの眼鏡をしている方と出会うと、ボクはピースマークをしてしまうだろうと思うと、街はもっともっと華やぎ、木製眼鏡の未来に夢が広がっていくことをイメージするばかりだ。ある面では日常的な生活の中から、人それぞれが元気はつらつ、その周りも明るく華やいでいくなんて環境は、これからの我が国の大きな財産ではないか。
思えば我が国の木材産業、林業が行き詰まりと言われる現代にとって、“木製眼鏡がその突破口になっていけばいいね!”なんて、改めて思い描いた。最近読んだ畠山重篤氏(京都大学フイールド科学研究教育研究センター)の『人の心に木を植える』が何度も何度もよみがえってきて、武蔵野の帰り道が一段と輝き、神田さんに光を浴びせているようにこちらも心弾んだ、ね。
文 : 坂口 利彦 氏