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こだわり人[2019.10.15]

伝統の江戸指物にこだわる職人の心意気 / 江戸指物の渡邊 彰氏(東京都・台東区)

いつもながらの有難い連絡だ。台東区の方が非常に気になる案内状を送ってくださった。早速、封を切ると、『現在に生きる北斎の世界観~北斎を見立て造りました』という標題の元に2019年10月24日(木)から30日(水)まで新宿の京王百貨店で行われる展示会の案内だ。これは気になるなんて思いながら中身を見ると、木彫、陶芸、竹工芸、市松人形などに勤しむ方と肩を並べて、江戸指物にこだわる渡邊彰さんの名が出ているではないか。

渡邊さんと言えば、平成28年に東京都の優秀な技能者に認定された『東京マイスター』ではないか。

東京都のHPなどでも紹介されているが、東京の江戸指物協同組合の副理事長として、江戸伝統の指物を自ら作ると同時に、その豊かな指物技術を後輩たちに伝えていこうとされているのだ。しかも、その工房兼店舗が『たけくらべ』や、『にごりえ』、『十三夜』などの名作を書いた小説家として親しまれる明治の巨匠 樋口一葉さんが暮らし、生計を立てられた台東区下谷竜泉寺町(現在は竜泉3丁目)の『一葉記念館』の眼と鼻の先にあるということで、非常に気になっていた江戸伝統の技術を永らえる職人だ。『一葉記念館』にはこれまでにも何度も立ち寄っているが、指物師についてはこの『こだわり人』62回で墨田区の益田大祐さんを紹介させていただいたが、また一味違う観点から江戸指物文化の維持・促進と啓蒙をはかっていると言われると、もうボクの好奇心は止まらない。これは一度、お訪ねしなければだ。

一葉記念館

ということで、今回のこだわり人はモノづくりの香りが漂う竜泉で江戸伝統の指物技術を面々と受け継がれている渡邊彰さんに着目させていただいた。暑かった今年の夏も終わり、昔なつかしい趣のある街を訪ねるのもいいものだ。

こだわり人 ファイル085

伝統の江戸指物にこだわる職人の心意気

江戸指物の渡邊 彰氏(東京都・台東区)

●伝統の江戸指物に熱い眼差しが飛ぶ

今、江戸の指物と言われる木工品が見直されているそうだ。確かに家具店などを見て歩くと、年配の方はもとより若い男女がじっくり眺めたり、スマホなどで写真を撮ってる姿をよく目にするようになった。思わず嬉しくなって、あの人の住まいは和風かなとかマンションかなあと勝手な想いを巡らしてしまう。“そうそう、手作りのこの独特の感触はいいいですよ”と、そばから声をかけたくなるというものだ。江戸の街を作った家康が全国から呼び寄せた職人衆の技がこんな形で日常化しているのかと思うと嬉しくなってくる。

改めて伝統ある指物文化に大拍手だ。

江戸指物協同組合の資料によると、“指物は板材や棒材に「ほぞ」と呼ばれる凸凹を彫り込み、それを組み合わせながら作っていきます。金釘を使うことなく組み合わせた継ぎ手部分は外から見えません。見えないところに技を施し、極めて堅牢に作られています。自然に育った木の美しさを生かし、実用的で素朴な味わいのある江戸指物は江戸の粋を表現した傑作と言えます”と記されている。まさに江戸職人の心意気が一途に宿った代物なんだと思いながら行き慣れた『一葉記念館』に一礼し、渡邊さんの店舗兼工房の前に立った。すると、早くも江戸職人の心を思わせる佇まいの入り口から、ガラス戸越しに多くの江戸指物が“早く入りなよ”と出迎えてくれるようだ。

ありがたい。やっぱり木の感触はいいものだ。見た目も手触りもいい。渡邊さんが自ら丹精を込めて作られた江戸指物の心まで我が心にじわじわと入り込んでくる。『一葉記念館』にはよく来ていたのに、なぜ、もっと前にもっと立ち寄らなかったのかと悔やまれるというものだ。そこで、早速、渡邊さんが江戸指物にいかに魅せられたのかをお聞きした。

「私は、祖父、父に次ぐ3代目です。この竜泉という街と共に生き、暖簾を守ってきました。いや、街の雰囲気が私を支えてくれたんですね。子供の頃から両親の江戸指物への想いを見てきましたので、学校を出ると当然のごとくこの世界の職人になる決心をしました。江戸指物は将軍家や大名などの武家や商家、さらには歌舞伎役者用といった形で江戸幕府が職人たちの手業にこだわってきたという歴史の重みと、祖父と父が目の前で何年も生き貫いてきた木材とが向かい合っているんですよ。何の迷いもなく自分でもやりたいということですよ。18才の時です。
それから30年、近所のさまざまな職人衆に可愛がられて、今日の家業の面白みを味わっていますので、やっぱり地元の人々と共に生きているという実感がありますね」

渡邊氏と店内の様子。「江戸指物」の提灯が飾られている

●いつまでも色あせない百年家財を作り続けて

確かに台東区は地域に根づく地場産業が盛んで、長い歴史の中で培われた技術や技法を受け継ぎ、手仕事に生きる職人さんが多い街だ。多くの職人と共に言う渡邊さんの想いに改めて魅せられる。その街に育てられたという真摯な渡邊さんの想いが目の前に並ぶさまざまな江戸指物に現れているのだろう。木工品などの職人さんを褒める言葉に“腕がいい”とか、“腕が立つ”という言葉をよく耳にするが、渡邊さんの人生はまさに、その道なりの人生なのだろう、2014年には経済産業省の『伝統指物伝統工芸士』、2016年には『台東区の優秀技能者顕彰』に選ばれ、2018年には『東京都のマイスター』に認定されている。

そして現在は江戸指物協同組合の副理事長という要職にあるのだから、“腕が立つ”ということはもちろんのこと、江戸指物の伝統を守りながら、永らえていこうという想いが非常に強いのだ。

そんな渡邊さんから目の前に並ぶ江戸指物の見どころをいくつかピックアップしていただいたので紹介しておこう。

江戸指物の魅力
飾り棚
シックな和室を拡張高く演出する逸品。香炉や花器を置き、優雅な生活を楽しめる。
文机
座敷に座って使用する座卓タイプの机。本を読んだり書き物をしたり。愛着が増すものだ。
長火鉢
時代劇などの必需品。日本の伝統的な暖房器具として親しまれている。
鏡台
座敷などで座りながら化粧する女性の必需品。風情と奥深さが人気である。
茶箪笥
湯呑み、急須などの茶道具を収納する箪笥。和風サイドボードとしても人気がある。
小箪笥
小振りで品が良く引き出しも多い、身の回りの物を収納するのに適している。

それぞれの手触り感が違う。

「親やから子へ、子から孫へ。いつまでも色あせない百年家財。それが江戸指物の魅力です」
と言われたが、納得だ。一つ一つに存在感があり、物語性がある。かっての江戸職人の声が聞こえてきそうだ。改めて江戸指物の使い心地や息づかい、いや、“粋づかい”を感じてしまうではないか!すると渡邊さんが「これを見てください、私のオリジナル作品です」と言って、これまでに見たことない家具を指さされたのである。

「伐採した木から直接切り出した無垢材を使った「大黒柱」と名付けたオリジナル品です。多くの仕掛けやからくりを施したのが話題を呼んでいますが、江戸指物の新しい魅力を作っていこうということですよ。自分で面白くしてやろうということがお客様にも受け入れられていくなんて、本当に痛快ですね。江戸指物の未来には終わりがありませんよ」

なるほど面白い。単なる伝統を追いかけるではなく、新しいことにもチャレンジされているんだ。そこで、ちょっと気になっていた価値ある家財を作るための工程について伺ってみた。すると、渡邊さんはこれが基本的な工程と言って組合の小冊子を示されたので、その大要をそのまま転載させていただこう。そして言われたのである。

「今、一番やりがいがあることは、ちょっとスケールは違いますがモノづくり体験に訪れる子供たちに鑿(のみ)や鉋(かんな)の使い方をやさしく伝えていくことですね」

江戸指物の基本的な工程
乾燥
材料の刻材を用途に合わせた厚さに製材し自然乾燥させる。
木取り、木削り
木目が美しく見えるように各部の寸法に合わせて気を取っていく。
板の厚さをはかる罫引きなど使いながら板の厚さを平らに整える。
組み手加工
組み合わせる板にそれぞれ「ほぞ」を彫り込む。板の側面を鉋(かんな)で正確な長さと幅に削り、彫り込む位置に線を入れて鑿で「ほぞ」を掘っていく。
組み立て
「ほぞ」を掘って組み手を施した板と板を組みたて行く。必要に応じて木槌を使いながら組み立てる。
外部仕上げ
表面を鉋で仕上げ、過度の丸みをつけるなどの加飾加工をした後、サンドペーパーやトクサを使って表面を磨く。
塗り・金物取り付け
漆を塗って乾かす作業を繰り返し最後に取っ手などの金具を取り付ける。
●樋口一葉のこだわりとイメージが重なって

ところで、これらの工程を聞くと作業の実施の現場が気になるというものだ。すると、渡邊さんはすぐさま店舗の2階の作業現場に連れて行って下さった。

一歩入ると、まさに職人の部屋だ。ボクはかってに工房なんて呼んでいたが、世に言う仕事部屋だ。エコロジカルな材料になる欅、杉、桑、桐、タモ、キハダ、ヒノキ、ケンボナシなどなど人にやさしい、環境にやさしい木材がボクを包み込んでくる。もうこれだけで材料に対する渡邊さんのこだわりがひしひしと伝わってくる。そして、木材越しに、愛用されているカンナや鋸や鑿(のみ)や錐(きり)などが次々に眼に飛び込んでくるから、これらを使って江戸指物に向かい合っている渡邊さんの姿がどんどん膨らんでいき、こちらもついつい手に取りたくなってくる。これらから階下に並べられた、あの百年家財の茶箪笥などが生まれるかと思うと、それらを使って生活する人々の姿が鮮明に浮かび上がってくるのである。

もっとこの場にいたい欲求は止まらない。だが仕事の邪魔になると申しわけない。腰を上げて帰路に就く前に帰りにあの『一葉記念館』に立ち寄ってみた。もう何度も訪れているが、改めて一葉の24才という短い人生に胸が熱くなる。17歳の時に父を亡くし、生活と闘いながら母と妹を養うためにこの竜泉で雑貨・駄菓子屋を営んでいた一葉が小説へのこだわりを立ち切らず、あの『たけくらべ』などの日本の近代文学に燦然と輝く名作を残しのだ。

何だろう、その一葉がなぜか渡邊さんの心意気に重なってくる。係の人に聞けば、この3階には渡邊さんの祖父の松太郎さんが作った一葉の文机のレプリカが展示してあると言われるのだからさもありなんということだろう。渡邊さんは元気いっぱいの江戸伝統の指物師だ。こだわりの形は一葉とまったく違うが、一つの目標に向かってこだわりのある仕事を追いかけるというスタイルには教えられることが数多い。

浅草に向かって歩くと、懐かしい街かどから超近代的な東京スカイツリーが見え隠れする。伝統と最先端が入り混じったこの街のハーモニーに心が弾む。思わず「渡邊さん、一葉さんも見ていますよ。江戸指物の火は消さないで、永遠ですよ」なんてつぶやいていたね。

文 : 坂口 利彦 氏